「子どもの頃もっと●●しておけばよかった」という人に足りないのは努力ではない。


「子どもの頃、もっと●●しておけばよかった」と言う人が、世の中には少なくないようです。

でも、このような方々は、仮に勉強や部活にもっと打ち込んでいたとしても、同じことを言っていたはずだ、と私は思います。

足りないのは、努力ではなく、自己肯定感だからです。

 

論点は「勉強をするか、しないか」ではない

現時点で、3,000いいね! 以上をいただいています。

「子どものころ死ぬほど勉強させられたから、いま幸せです」という人に、会った経験がない。

必ずしも、肯定的な意見ばかりではありません。

実は、この話の論点は、「勉強をするか、しないか」ではありません。

当然ながら子どもは、多かれ少なかれ、勉強をするものです。

問題は、親が先回りして子どもに必要なものを勝手に決めてしまい、勉強を強制するかどうかです。

上記の記事を書くきっかけになった、ペティ民子さんからメールがきて、

時期がくればトイレトレーニングと同じように出来るようになるものを
時期がきてない子に一生懸命出来るようにさせようとする先生の苦労は
相当なものだと思います。

という文面に、なるほど的を射た表現だな、と感心しました。

どちらが正しいというわけではなく、“子どもが本来持つ能力を信用する” という考え方を肯定するか、否定的に捉えるか、という、価値観の違いなんでしょう。

 

そもそも「いま幸せです」と答えられる人が少ない

上記記事へのFacebookコメントで、

どんな質問をしたとしても、今幸せです、と答える人が少ないのでは?と思いました。

という見解を見かけました。

実はこれが、本質をついていると私は思います。

私はいま幸せです。あんまりこういうことを言うのは、自己啓発セミナーや宗教みたいで嫌なんですけど、断言できます。

人生に不可欠なものはすでに揃っていて、ストレスは皆無といっていい日常で、さらに予想のつかない未来にワクワクしています。

欲を言えば、もう少しお金があったほうが、行動範囲を広げられるので嬉しいですけど、でも際限のない欲だと割り切れます。

でも、人生をこんなふうにポジティブに捉えられている人って、すごく少ないんですよね。

 

私は我が子に「幸せです」と言い切れる大人になってほしい

経済的、社会的成功は、必ずしも幸福感と結びつきません。

お金持ちになっても、高い役職についても、満ち足りていると感じるかどうかは別問題です。

ここは完全にそれぞれの価値観なので、それぞれのポリシーに従えばいいのだと思いますが、私は我が子には、第一に、幸福を感じられる大人になってほしいと思っています。

経済的成功も、社会的成功も、あればもちろんいいけれど、それよりもなによりも、人生に満ち足りていることが重要だという考えです。

幸せですか? と尋ねられたら、幸せですよ、とさりげなく回答できる大人になってほしいんです。

 

「幸せです」と言い切るには、自己肯定感が必要

では、満ち足りた人生を送るために必要なものは何か、というと、自己肯定感です。

モノでも、お金でも、ステータスでもありません。

あるいは幼少期の努力や、何かに打ち込む経験でもありません(努力が自己肯定感の源泉になるケースもあるとは思いますが、短絡的に、努力=幸福、満ち足りた人生、というわけではないはずです)。

「幸せです」と言い切るために必要なのは、自己肯定感なんです。

もちろん、お金がなかったり、人間関係がうまくいかなければ、幸福とは思えないでしょう。

でも、自己肯定感さえあれば、芯が折れません。ギリギリのところで踏みとどまって、チャレンジを続けられます。

 

勉強を強制しつつ自己肯定感を育む方法はあるのか?

だから私は、勉強の強制に否定的です。

どうしても、子どもの感情を無視したり、個性を否定したり、枠にはめようとしたり、という行為に繋がってしまうと思うからです。

勉強を毛嫌いしているというより、自己肯定感を潰してしまうのが怖くて、勉強の強制なんかできない、というほうが近いですね。

勉強を強制しつつ、自己肯定感を育む方法があるのであれば、そのやり方もアリだと私は思います。

ただ私には、ほとんどムリゲーに思えるんですよ。

 

“ありのまま” でいればいい

私は、自分の親(特に母親)からもらった宝物に感謝しなければいけない、と常々思っています。

他人は他人。自分は自分。あなたは特別な存在なんだから、“ありのまま” でいればいい。

言葉だけでなく、態度でもそれを伝えてくれたから、私はこんなにも人生を楽しむことができるんだと思います。

私も我が子に、同じメッセージを伝えていきたいと思います。

 

子どもに勉強を強制しないやり方は、究極のスパルタ

蛇足ですけど、子どもに勉強を強制しないやり方が「ゆとり」だと思っている人がいるとしたら、これは、大間違いなんですよね。

授業のない学校『東京サドベリースクール』へ娘と遊びに行ってきました。

でも書きましたが、尋常でないくらいのスパルタです。

だって、なにもかもが自己責任なんですから。失敗しても、教育機関や教師のせいにはできない。

それから、学歴がなければやりたいことができない、充分にお金が稼げない、という見方は、(公務員など、ごく一部の職種になりたいケースを除けば)、都市伝説でしかないというのが、フリーランスとして生きている私の意見です。

フリーランスなんてただの下請け、と思っている人、多いみたいですね。

でも私は、嫌な仕事はすべて断って、やりたいことしかやっていないですよ。

自らの個性を知り、社会の中での居場所を見つけ、スキルをお金に換えるマーケティング感覚さえ見つけられれば、不自由しないだけのお金を稼ぎながら、世の中を自由に泳ぎ回れるんです。

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