『asobi基地』を主宰する小笠原舞さんと小澤いぶきさんによる、子育て支援先進都市カナダ・トロントの視察報告会へ行ってきました。
トロントは移民が多い都市で、多様性を尊重した子育て・家族サポートシステムが充実しています。示唆に富んでいてとてもおもしろかったので、紹介したいと思います。
『asobi基地』について
asobi基地は、保育士の小笠原舞さん、こども精神科医の小澤いぶきさん、子育てアドバイザーのよしおかゆうみさんの3人が始めた、子育て支援システムです。
僕は今までに2回、家族みんなで遊びに行っているんですけど、その特徴は何と言っても、子どもの個性を尊重し、子どもそれぞれが持っている力を、のびのび発揮できるような「場」づくりをしているところ。うちの子どもたちは毎回、大喜びして遊んでます。
例えば大人は、子どもが新聞紙をちぎって遊び出すと「散らかるからやめなさい」と制止します。親はただでさえ時間が無いのに、後片付け・掃除という仕事が増えるわけで、僕も経験がありますけど、余裕がないとイライラしちゃうんですよね。
でも、新聞紙なんかで遊べるなんて、冷静に考えると子どもって凄くないですか?
大人からすれば、ただ文字が書いてあるだけの薄紙の束。それを子どもは想像力を膨らませて「雪」や「お化け」や「洋服」に見立てて、遊びを作りだしてしまうんです。つまり「新聞紙なんか」で遊ぶのを止めさせるのは、子どもが持つあらゆる可能性を殺してしまうことに繋がりかねないわけですね。
asobi基地へ行くと、そこにあるのは段ボールであり、紙コップであり、画用紙であり……と、すべてが遊びの素材。4つの素敵なルールを共有しながら、子どもはもちろん思う存分に遊び、大人はそんな我が子を見てたくさんの発見をするんです。
asobi基地4つのルール
- ここはオトナもコドモも全ての人が平等です
- (ダメ!)等の否定する言葉は禁止!
- 何か言う前にオトナもコドモと同じ目線になり、やってみる
- 自分の価値観を押し付けずフェアに対応する
asobi基地Facebookページ
https://www.facebook.com/asobikichi
クラウドファンディングで支援を募り、本場トロントを視察
asobi基地のモデルは、カナダの子育て家庭支援システム『ファミリーリソースセンター』。書籍などで知り、昨年(2012年)7月にasobi基地を始めたものの、小笠原舞さんはそろそろ現地を視察しておきたいとの思いが強くなったそうです。
せっかくだから、自分たちだけで行って終わりにするのではなく、多くの人に伝えられたらと、クラウドファンディングで支援者を募りました。今回の視察報告会は、支援者の方々に成果を報告する場でもあったわけですね。
大人も子どもも平等でいられる場「asobi基地」(小笠原舞) – READYFOR?
子育て支援先進都市・トロントの特徴
トロントは、カナダの中でも子育て支援において先進都市なのだそうです。
具体的には、子ども持つ家庭をサポートシステム(子育て支援というより、家庭支援)が充実していたり、移民やひとり暮らしの人が孤立しないように、お互いにサポートしあえる仕組みが作られていたりする特徴があります。
また、カナダ政府も幼児保育に重点を置き、所得の多寡にかかわらずサービスが受けられるように、補助金を多くかけて仕組みを作っています(この点、日本は先進国の中でかなり低い水準とのこと)。さらに、子どもの人権に対する意識が高く、「子どもの人権を守るために、どういう仕組みをつくればいいか?」という考え方が徹底されています。
加えて印象的だったのが、フリージェンダーのトイレの話でした。日本では、トイレと言えば(障害者用トイレ等を除き)男女別が当然です。ですが、トロントでは多様な人種が住んでいるだけでなく、地区によっては同性愛者の家庭も少なくない。例えば男親が2人いて子どもは養子、という家もあるんですね。そこで性別に関係なく入れるトイレがあると。
街中に子どもを連れたお父さんがたくさん
15時くらいになると、父親が保育園や小学校へ子どもを迎えに行ったり、一緒に手を繋いで歩いていたり、という光景がたくさん見られたそうです。びっくりしました、と小笠原舞さんは言っていました。
日本のフルタイム勤務システムではあり得ないですから、もっともですよね。
ソーシャルワーカーの存在感
日本にもソーシャルワーカーはいますが、高齢者が多い印象があったり、それほど主導権を握って何かを動かしていく感じではありません。
トロントでは、家庭支援はもちろん、何か新しい取り組みを始めるとなれば、常に出てくるのはソーシャルワーカー。ソーシャルワーカーが街づくりをしていく、というような雰囲気があったそうです。
しかも、働き盛りで、意識の高い人が、しっかり勉強してソーシャルワーカーになっている。「ソーシャルワーカーにならなければ社会を変えられないから」という考えなのだそうです。
小笠原舞さん(保育士)から見たトロント
多様性をどう育てるか?
保育士である小笠原舞さんは、トロント視察を通じて、「子どもの多様性をどう育てるか?」に常に目が向いていたとのこと。
トロントでは、単にスローガンを掲げるだけでなく、「多様性」というテーマをしっかり教育プログラムにまで落とし込んでいます。例えば、小学校の廊下に、自分の髪の色や目の色を表を作って掲示してあったり、保育施設には様々な人種の家族写真を必ず張らなければいけないと決められていたり、遊び道具の人形も白人・黒人様々あったりします。
つまり、多様性を「教える」というよりは、日常の中で多様性を当然のものとして受け入れられるように考えられているわけですね。
子どもそれぞれがやりたいことをできる環境
そして何と言っても、asobi基地のモデルになった、「子どもそれぞれが、やりたいことをできる環境」があります。
水遊び、楽器遊び、お絵かき、絵本を読む……などなど。
誰もが子育てについて学べる権利がある
完璧な親なんていない、という考え方のもと、無料で受けられる『Nobody’s Perfect』 というプログラムがあります。看護師が資格を取り、ボランティアで子どもを持つ親に教えているそうです。
『Nobody’s Perfect』日本語版の冊子を見せてもらったんですけど、これがなかなか興味深いものでした。繰り返し出てくるのは、「自分だけで解決しようとせず、周囲を頼ってください」ということ。これは核家族化が極まっている日本の都市部でも言えることですね(ただ、地域コミュニティが機能していなかったり、社会システムが整っていないので、現実的ではないのが実情かもしれません)。
一方で、「完璧な親はいない」というより、「あんたはわからないに決まってるんだから」と、まるで出来の悪い子どもに教え諭すような雰囲気があり、個人的には読んでいて意外にカチンときました(^^;) ただ、書かれている内容は、確かにはじめて子どもを持った親は知らない可能性が高い大切な情報が多かったので、単に伝え方の問題ですね。カナダの文化では、これでベターなのかもしれません。
ペアレントブックセンター
トロントには、子育て家庭や教育者のための本屋さんがあります。小笠原舞さんは、このペアレントブックセンターを日本にもつくりたいとのこと。ここで一番というくらい買い物してしまった、と笑っていました。
例えば、兄弟が生まれたお兄ちゃんお姉ちゃんが読む本のコーナーだったり、ADHDの子どもを教える先生のための本のコーナーだったり、父親のための本のコーナーだったり、とても充実しています。しかもコンシェルジュがいて、必要な本を探し出してくれる。
個人的にもこれは大賛成。本当にプロフェッショナルなコンシェルジュがいれば、需要もあるし、話題にもなるでしょうね。
小澤いぶきさん(こども精神科医)から見たトロント
トロントはどんな人でも生きていける社会
普段、虐待児や発達障害児及びその家族と関わることの多い、こども精神科医の小澤いぶきさんは「トロントは多様性を受け入れる都市」だと感じたそうです。移民や同性愛者など、本当に様々な人が住んでいるなかで、どんな人でも生きていける社会になっていると。
また、政治でも子育てでもなんでも自分事に捉え、例えば学校と親、学校と子育て支援機関が対立したりせず、共助が自然になされていること。それから、子どものライフステージを支える意識があり、(例えば日本では小中高大とそれぞれが分断されがちだが)今かかわっている先にも子どもの人生があるという事実をきちんと考え、ネットワークがすごく上手にできている印象を受けたと語っていました。
厳しすぎると感じるほど、子どもの権利が守られている
「子どもには、その子の人生があって、生きていく権利がある」という考え方が、きちんと制度として浸透しているそうです。それは小澤いぶきさんの感覚でも「厳しすぎるな」と感じるほど。
例えば、13歳未満の子どもが一人で留守番をしたり、外を出歩いたりしたら、それだけで育児放棄と見なされます。あるいはちょっと手をあげただけでも、身体的虐待と見なされます。即座に警察に通報され、トロントの人々もそれが当然という意識でいるようです。
さらに、通報された家庭には、子どもと親にソーシャルワーカーがついて、どうしたら家庭がうまくいくのか、導いていくそうです。
日本でも、法律の上では子どもの権利は規定されていますが、外部はほとんど手を出せない(あるいは、明らかに行き過ぎているケースを除けば、自由を尊重して、出さない)のが実情ですよね。ましてやソーシャルワーカーが家庭のあり方をあれこれ指摘して、改善するよう主導するなんて、まったく考えられません。
「あなたは一人じゃない、相談できる人がいる」というメッセージに溢れている
子ども自身が「自分の権利が侵害されているんじゃないか」と疑問を抱いたときに、相談できるアドボカシー・オフィスがあるそうです。子どもの駆け込み寺、という発想は、あまり日本にはなさそうですよね。
また、養護施設出身などの場合、社会への適応が遅れる傾向があるそうですが、25歳になるまでは社会への適応を丁寧にサポートしてくれる施設もあるそうです。
どんな子にも居場所を
日本では、発達障害だったり、個性が強すぎたり、保育園や学校に適応しにくい子がいたときに、みんなと同じようにやっていくという意識が主流です。「みんなと同じ」から外れてしまうと、居場所がなくなってしまいます。支援学校や支援学級はあるんですが、そこへ行くのがあまり良いことではないと捉える風潮があるのが実情です。
ところが、小澤いぶきさんが、トロントのファミリリソースセンターへ行き、「障害を持ったお子さんはどうしているんですか」と尋ねると、みなが口を揃えて、質問自体がナンセンスだ、どんな人でも孤立しないように居場所を作っていくのが自分たちの仕事だ、と返答したそうです。
自立ではなく自律、の子育て・家族支援
自立とは、自分の力で生きていくこと。一方の自律は、自ら選んで、納得して生きていくこと。トロントでは、自律のための子育て・家族支援がなされていると小澤いぶきさんは言います。
保育園からして、教育者はチェックリストをつくり、子どもの長所と短所を把握するよう徹底されています。評価をするためではなくて、親はもちろん、子ども自身が自分の強味と弱みを知るため。
強味ならば、社会の中でどう活かしていけばいいのか考え、弱味ならば今は何をするべきなのか考え、大人からの押しつけではなく、子ども自身が納得して行動できるような仕組みになっているんですね。
どうやって日本社会に取り込んでいくか?
とても興味深い様々な事例と、大きな課題を感じた報告会でした。
小澤いぶきさんも言っていたんですが、トロントは移民社会であるがゆえに、バラバラにならないことが大切です。だからこそ、制度にまで徹底して落とし込む必要があったし、また実現できたのではないかと感じます。
一方で、歴史的にはアイヌや琉球、渡来人との混交があったとはいえ、感覚的には単一民族である日本人からすると、トロントのやり方は「厳しすぎる」「あまりに窮屈」と感じる人が多いはずです。高圧的ですらあると、個人的には思います。
少なくとも、トロントのやり方を単純にコピーするだけでは、うまくいくはずがありませんよね。
日本では、震災が起きても略奪が起きません。世界から称賛された国民性は、多くの人が誇りに思っているはずです。例えば、この協調性は、「個性」よりも「みなと同じ」をよしとする日本人の感性の賜かもしれないわけです。
日本社会の良さとは何なのか? 本当に変えるべきは何なのか? 変えて得られるものと、失うものは何なのか?
しっかり見極めないといけないな、と僕は思いました。「自律」の考え方をはじめ、うらやましく感じる事例もたくさんあったので、うまく日本社会に取り込んでいく方法を考えていきたいと思います!