こどもにゲームをやらせている言い訳を探す必要はない


子育て・育児ライターの狩野さやかさんの記事を、いつも楽しみにしています。

狩野さんは、母親が抱えるモヤモヤを解きほぐして、わかりやすく描写する感性に長けておりまして(と、私は感じています)、つい先日も、とても興味深い記事がUPされていました。

子どもとゲームをめぐる悩み ――いつから?どうする? : MAMApicks -子育て・育児・教育ニュース&コラムサイト-

 

こどもとゲームについて、親が抱えるモヤモヤが的確に表現されている

記事を楽しみにしている、とは言っても、必ずしも全面的に論旨に同意するわけではありません。賛同する部分もあれば、考え方が違うと感じる部分もあります。

見解・価値観の相違は、言わばどうでもいいことであり、特に話題にするつもりはありません。言うまでもありませんが、いろいろな考え方の人が共存するのが社会というものだからです。

今回のこどもとゲームについての記事も、親が抱えるモヤモヤを実に的確に表現していまして、あくまでも一般論として、このように考える親は少なからずいるだろう、と感じました。

そして、個人的に思うところがありました。

 

前向き思考の得手・不得手

私は比較的、強い自己肯定感を抱いている人間だと感じています。迷っているときは弱さがあるものの、いったんこうと決めたら、物事をポジティブに考えることを、一切ためらいません。

見方によっては「自信過剰で危うい……」と感じる人も、きっといるだろうと思います。

これは本当に、自分の親に感謝しなければいけないんですが、誰もが自分と同じようにポジティブになれるわけではない、ということは、何となく今までの経験から理解しています。

だから、これから書く内容について、「これが正解だ」と言うつもりはありません。あくまでも「こういう考え方もある」というスタンスにとどまるものです。

 

完璧主義すぎると、都会に住んで保育園に預けることすら否定しなければいけなくなる

今回の狩野さんの記事『子どもとゲームをめぐる悩み ――いつから?どうする?』を読んでいて、私が最も発言をしたくなったのは、以下の部分についてでした。

■大切なことがほかにある
幼児のうちにこそ経験した方がいい大切なことは、ほかにたくさんある。

色々なものを触り、自分の足で歩き、耳を澄まし臭いを嗅ぎ、周りのあらゆるものをよく見て観察する。寒い、暑い、痛い、たくさんの感覚を体で知る。人と手をつなぎ、人と会話をして、喧嘩もする……。やっぱりそういうことは、絶対に必要。

そういうことが大切な時期に、まだ知らなくても困らないゲームにばかり心が向くのはもったいない。

せめて、時間感覚が身につき日常のルールを守れる精神年齢くらいまでは、ゲームとの付き合いを待ちたい気はする。子どもが幼いほど、ゲームをめぐる親子の攻防ストレスは大きい。

これは一見、同意する方も多いかもしれません。

ただ私は個人的に、あまりこのように、完璧主義的な方向で考えるのは、得策だとは思わないのです。

“幼児のうちにこそ経験した方がいい大切なこと”

確かにそれはあります。山ほど存在します。

でも現実には、それぞれの環境、仕事、能力などによって、どこかで割り切らなければいけません。

もし妥協をしないとすれば、都会の狭いアパートの一室に住んで、保育園に預けながら働くということすら、とんでもない!という話になるはずです。

 

我が家では無制限にiPadで遊ばせている

参考までに、我が家のゲーム事情を紹介しておきます。

我が家には5歳と2歳半のこどもがいますが、ふたりとも自由にiPadで遊ばせています。むしろ、積極的に与えました(理由は後述します)。

ルールは1つだけ設けています。

他に優先すべき用事(たとえば、歯を磨いたり、着替えをしたり、ご飯の時間になったり、出かける時間になったり)がある場合は、ただちに中断して、先に用事を片付けてしまうこと。

モバイル機器の特徴は、細切れの時間でも充分に実用的である点です。ゲームをやっていても、YouTubeを観ていても、すぐに中断でき、いつでも再開できます。

こどもたちは、時間が許せばいつでも好きなだけ遊べると体験的に分かっているため、大抵はルールを守ります。

2歳半ではまだグズるケースがありますが、5歳になればしっかり守れています。ルールを守れないときは絶対に妥協せず、根気強く一貫して叱っているのも、効果的なのかもしれません。

 

積極的にiPadを与えた理由1:ゲームは優れた娯楽である

こどもたちに積極的にiPadをやらせている理由は、大きく3つあります。異論も反論もあるとは思いますが、私は以下のように考えています。

第一に、「ゲームはおもしろい」という揺るぎない事実があります。

私自身、スーパーファミコンはよくやりましたし、メガドライブやセガサターン、学生時代にはパソコンのオンラインゲームにのめり込みました。今はさすがに、遊ぶのにまとまった時間が必要なゲームはやっていませんが、iPhoneで少し前はパズドラ、今はディズニー ツムツムなどで、ちまちま遊んでいます。

これだけゲームで遊んでいれば、「良質なゲームは、優れた娯楽である」と知っています(すべてのゲームが、とは言いません)。単純に、これを我が子に教えないのはありえない、と感じています。

これは、ディズニー・ピクサーやドリームワークス、ジブリのアニメーション映画でも一緒だし、東京ディズニーリゾートのショーやパレードでも一緒だし、あるいはキャンプやスノーレジャー、あるいは仕事(これとか、これとか)に連れ出して、「ほら、楽しいんだぜ!」というのとも完全に同じです。

ゲームをするとバカになる、と信じているのであれば話は別ですが、私は昭和の迷信だと考えているため、気にしていません。ゲームだけをことさら差別的に扱う理由などないと感じています。

 

積極的にiPadを与えた理由2:制限すれば欲求が強くなる

現実問題として、こどもをゲームから遠ざけておくのは不可能です。前段のとおり、優れた娯楽であるからです。

そして制限すればするほど、欲求が強くなり、結果的に依存しやすくなります。たとえば、「不確実な報酬は依存性が高い」という事実は、依存症の研究で証明されています(その意味では、最悪な状況は、ゲームを制限する場合に、親に一貫性がないことです)。

[依存症の研究]親に一貫性がないと、こどもの「あれ買って」「これ買って」は激しくなる
こうした依存症の解明を目的とした動物実験のなかで、不確実あるいは不定期の報酬は依存性が高い、という結果が出ているそうです。 …

我が家のこどもたちは、「いつでもできる」という感覚があるからこそ、“優先すべき用事があるときは、すぐに中断する” というルールを守れています。

そして、意外かもしれませんが、好きなだけ遊んで飽きれば、別のことを始めます。無制限に与えたら延々とそればかりをやっているかというと、通常はまずそんなことはありえません。

iPadが好きなだけできる環境でも、本を読んだり、おままごとをしたり、プラレールで遊んだり、そのときに本当にしたいことを自分で見つけて遊んでいます。

幼少期にゲームを制限されれば、自分で自由にできるようになったときに、逆にゲームにのめり込み、依存してしまう可能性が高くなるはずです。むしろ、ゲームを日常的なものにしておくことで、相対的に優先度が低くなる、というのが、我が家で見られている現実です。

 

積極的にiPadを与えた理由3:時代への適応

モバイル&インターネットが当たり前のように隣にある、というのが、これからのスタンダードになると私は考えています。

ご存じのとおり、インターネットは使いようです。

一般家庭にインターネットが普及し始めたのは、おおよそ2000年前後です。このとき50歳前後だったいわゆる団塊の世代は、(あくまで一般論ですが)思うようにインターネットを使いこなせていないように見えます。

私の場合、母親が先進的で、2000年よりもう少し早く(10代半ばくらい)から、パソコンに触れていました。おかげで苦にした経験がありません。

が、それでも、物心ついたときからインターネットが普及していた、一回り下の世代と比較すると、インターネットやSNSの捉え方が大きく違っているのを感じます。

モバイル、そしてインターネットが当たり前の環境にこどもたちを置いてあげることが、将来の利益になるはずだ、と直感しています。

もちろん、これが成長にどんな影響を与えるのか、未知数な部分も多くあります。親としては、今まで誰もやったことがない育児をしようとしているわけで、不安もあります。様々な要素を呑み込んだ上で、常にiPadが手元にある、という環境を選択しました。

 

「ゲームが日常のすべて」でなければ、何の問題もない

親である私たちは、こどもの頃からゲームをやっていたせいで、バカになったのでしょうか。

もちろん、ゲームが無かった昭和の時代と比べれば、失ったものもあるはずです。が、昭和の古風な子育てを理想としているのでなければ、現代にあった能力や感性が代わりに伸びている点を喜んでいいのではないでしょうか。

狩野さんの記事に、「ゲームに熱中するこどもを見て、親がイライラする」という描写があります。親はなぜか、ゲームをするこどもに後ろめたさを感じているように見えます。

でも、「ゲームが日常のすべて」という事態に陥っているのでなければ、なにも問題はないはずです。ゲームは別に、悪者ではありません。世の中にありふれている娯楽の一つでしかないのですから。

ゲームを制限するよりもむしろ、いっしょに夕飯を作ったり、おもちゃで遊んだり、謎の踊りをしたり、寝る前に本を読んだりと、しっかりこどもたちと向き合う時間を作るほうが、後ろめたさを感じなくなるケースがあるかもしれません。

あるいは、ゲーム以外にも様々な体験をさせてあげられている(我が家で言えば、プール&体操教室だとか、asobi基地だとか、地方の古民家に泊まるだとか、アウトドアだとか、一緒に仕事に行くだとか)という自信が持てれば、こどもがゲームに熱中していても、イライラしないのではないでしょうか。

こどもにゲームをやらせている言い訳なんか、探す必要はない。

私はそう考えています。

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