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312月

印象論で語る人は話にならないと実感させてくれるデータ読本|安藤光展『この数字で世界経済のことが10倍わかる』

CSRコンサルタントの安藤光展さんより、『この数字で世界経済のことが10倍わかる ~経済のモノサシと社会のモノサシ~ (数字がわかれば見えてくる)』を献本いただきました。

バランス感覚を養い、説得力のあるプレゼンテーションを実現するために、訓練になる一冊。個人的には、我こそはという学生をはじめ、若い世代に読んでほしいと感じました。

この数字で世界経済のことが10倍わかる ~経済のモノサシと社会のモノサシ~ (数字がわかれば見えてくる)

安藤 光展 技術評論社 2013-12-03
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データは文脈を解釈できてこそ価値がある

目の付け所に共感したのが『日本の食料自給率68%はホントなのかウソなのか』というセクションでした。

日本は食料自給率が40%を切っていて、食料自給率がかなり低い国である、と思い込んでいる人は多いのではないかと思います。

これは、例えば河野太郎代議士が強く主張しているんですが、農業の過小評価に繋がっています。

食料自給率が40%を切っているという数字は、カロリーベースで計算しているからこそ出てきたものです。

細かい説明を省いて問題点を箇条書きすると、

・国内生産が多い野菜はカロリーが低く、例えば肉類やバターといった高カロリー輸入品と比べて相対的に過小評価されてしまう
・カロリーベースは、国内生産 / (国内生産+輸入ー輸出)という計算式のため、仮に輸出入が途絶えると食料自給率100%という珍妙な事態になる(もちろん国民は飢える)
・国内生産+輸入ー輸出で農林水産省が出した、一人あたりの消費カロリー2436kcalという数値は、計算上のものであり、厚生労働省が実態を調査した1840kcalとも大きくかけ離れている

【わかりやすい解説】
河野太郎の主張 農業シリーズ1 「食料自給率」のワナ |河野太郎の動画一覧|河野太郎公式サイト

これを生産額ベースで見ると、食料自給率は68%になり、農業のポテンシャルは世界的に見てもかなり高水準であるとわかるわけです。

つまり、ひとくちに食料自給率と言っても、文脈をきちんと解釈できなければ、まるで正反対の意味になってしまうケースがあるわけです。

 

絶妙なバランス感覚が印象的

読んでいて、フェアに言葉を紡いでいる実感がありました。

例えば、『環境先進国になれない、世界6位のリサイクル率の日本』というセクションでは、二酸化炭素排出量について言及しています。

通常、環境対策を語る際には、二酸化炭素を問答無用で悪だと決めつけてしまうケースもありますが、本書では二酸化炭素の悪影響について、次のように記しています。

二酸化炭素がなぜ環境によくないとされているかといえば、それは地球温暖化の原因の一つだからです。ただ、科学者によっては、二酸化炭素は地球温暖化に大きな影響を与えないという立場の人もいます。

上記に代表されるように、偏った価値観に基づいて断定するのではなく、バランス感覚をもってデータを解釈していこうとする姿勢が、好印象でした。

 

批評的に読める人にこそ、おすすめ

本書は、豊富なデータにより世界や日本を取り巻く状況を浮き彫りにしています。が、持論の補強に使おうと思った人には、個人的にはおすすめしません。

そういう方は、“都合の良い事実だけを抜き出す傾向が強い” と考えているからです。

恣意的に利用するのでは、せっかくの本書のフェアな姿勢が、台無しになります。

むしろ、批評的に読める人にこそ、価値があります。

本書におけるデータの解釈は、あくまで安藤光展さん個人の見解です。鵜呑みにするのではなく、賛同できるかどうかを考えながら読むべきです。

僕自身、なるほどと思いながら読んだ箇所も多くありましたし、逆に注目している分野では、本当にそうなのか?と疑問を持ちながら読んだ部分もありました。

見解の相違や、疑問が発生したときに、その理由や原因を丹念に掘り下げていく作業が、物事の本質的な理解に繋がっていきます。

若い世代がバランス感覚を養い、例えば説得力のあるプレゼンテーションを実現するために、非常に訓練になる一冊です。

1010月

あなたが “分析” を崇拝している限り、その問題は絶対に解決しない

何歳になっても成長できる……と言うか、目から鱗が落ちて感動するようなことがあるんですよね。

 

 
この本はすごいです。

 

 

まず、世界観を変えよ――複雑系のマネジメント

田坂 広志 英治出版 2010-01-29
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by ヨメレバ

 

 
複雑系とはなんぞや。

 

 
僕は、物事を分析するのが好きなタイプの人間です。

 

 
どうなっているのか仕組みがわからないと気持ち悪い。経験則で「こうなる」とわかってはいても、それを理屈に落とし込んでおかないと、せっかくの知恵が手元をすり抜けて、逃げて行ってしまうような気がするんです。

 

 
僕の土台には分析があります。それは事実です。

 

 
でも、分析ではうまくいかないケースがあるのにも気づいていました。

 

 
たとえば、Appleはなぜ成功したのか。どうしてスティーブ・ジョブズは世の中を変えることができたのか。

 

 
ためしに「Appleが成功した理由」とGoogle検索をすると、さまざまな記事が見つかります。

 

 
様々な方が、様々な見地から、様々な内容を語っています。

 

 
中にはちんぷんかんぷんな記事もあるかもしれないけれど、基本的にはどれも間違ってはいないはずです。「なるほど、確かにそういう面はある」と納得できるんじゃないでしょうか。

 

 
一方で、どの記事を読んでも、物足りなさを感じると思うんです。

 

 
Appleやスティーブ・ジョブズが好きな人ほど、「大切な何かが抜けてしまっている……」ように感じるはずです。

 

 
なぜか。

 

 

なぜ、我々は、「複雑な問題」を解決できないのか。

この疑問を抱いている方に、本書を読んで頂きたい。

そして、この疑問に対する答えは、明確です。

我々が、一つの「根本的な誤解」を抱いているからです。

どれほど複雑な問題も、徹底的に「分析」をすれば、必ず解決策が見つかる。

それほど巨大で複雑な問題も、それを小さな部分に「分割」し、それぞれを詳細に「分析」し、最後にそれを「総合」すれば、必ず解決策が見つかる。

我々が、そう信じ込んでいるからです。

しかし、実は、「複雑な問題」は、それを小さな部分に「分割」し、どれほど徹底的に「分析」しても、その解決策は見つかりません。

なぜなら、この世の中には、一つの冷厳な「法則」があるからです。

物事が複雑になっていくと、「新たな性質」を獲得する。

その法則です。

それゆえ、物事を「分析」するために、それを小さな部分に「分割」すると、その瞬間に、獲得された「新たな性質」が消えてしまうからです。

田坂広志『まず、世界観を変えよ――複雑系のマネジメント』
※太字は引用者による

 

 
僕は今まで、うまく答を見つけられない理由を、分析が足りないからだと思っていました。あるいは、僕自身の能力不足だと考えていました。

 

 
どんな大きな対象も、丹念に解きほぐして、根気強く要素を並べていけば、余すところなく理解できる。Appleが成功した理由も、スティーブ・ジョブズが世の中を変えられた理由も、詳細に分析して言葉を尽くせば説明できる。

 

 
と思っていました。

 

 
でも、違ったみたい。

 

 
重要な事実を見落としていました。

 

 
物事が複雑になっていくと、「新たな性質」を獲得する。

 

 
物事を「分析」するために、それを小さな部分に「分割」すると、その瞬間に、獲得された「新たな性質」が消えてしまう。

 

 
ヾ(*´∀`*)ノ

 

 
Appleの真似をしているのに、世界一の企業に近づくどころか、業績が上向きすらしない。

 

 
成功したマーケティングを流用したのに、なぜか成果が出ない。

 

 
原因はわかっているのに、社会問題を解決できない。

 

 
すべて同じ理由、というわけです。

 

 
田坂氏は言います。

 

 

複雑なものには、「生命」が宿る。

この言葉通り、この世の中のすべての物事は、複雑になると、あたかも「生き物」のような性質を示し始めるのです。

そして、それゆえ、生きた魚を「解剖」すると「生命」が失われてしまうように、複雑なものを「分割」し、「分析」すると、新たに獲得された「生命的な性質」が、消えてしまうのです。

いや、そればかりではない。
「生き物」は、それ自身の「意志」を持つため、自由に操れないのと同様、物事は、複雑になると、「生命的な性質」を獲得するとともに、あたかも「意志」を持っているかのように振る舞い始めるため、それを自由に「管理」し、「制御」し、「操作」することができなくなるのです。

田坂広志『まず、世界観を変えよ――複雑系のマネジメント』

 

 
では、どうすればいいのか。

 

 
同書には、

 

 

まず、世界観を変えよ。

それが答えです。

すなわち、我々が無意識に抱いている「機械的世界観」。
それを「生命的世界観」に変えること。
そのことによってのみ、高度な「複雑系」(complex system)になり、高度な「生命的システム」(living system)になった現代の企業、市場、社会に、賢明に処することができるのです。

田坂広志『まず、世界観を変えよ――複雑系のマネジメント』

 

 
とあります。

 

 
また、別のインタビューでは、

 

 

生命的システムは、機械と異なり、操作や管理ができません。その代わり、「ツボ」と呼ぶべきものがあります。たとえば、東洋医学は「複雑系の医学」でもありますが、「ツボ」を押せば生命的システムとしての「人体」の状態を変えることができることを熟知しています。

RECRUIT とーりまかし33号 2013年9月発行 田坂広志氏インタビューより

 

 
なぜブログ記事を意図的にバズらせることが難しいのか。

 

 
なぜ地域の課題解決にフューチャーセンターが向いているのか。

 

 
なぜディズニーやAppleの魅力を語り尽くすことができないのか。

 

 
長年の疑問が氷解しました。

 

 
また、直感で始めた自身の活動が間違いではなかったことが、論理的に説明されもしました。

 

 
目から鱗が剥がれ落ちた。

 

 
いや、目からコンクリが剥がれ落ちた気分。
 

 
“分析” を崇拝している限りは絶対に解決しない問題が存在する。しかも世の中にありふれて。
 

 
田坂広志 – Wikipedia

まず、世界観を変えよ――複雑系のマネジメント

田坂 広志 英治出版 2010-01-29
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1010月

ディズニーのマーケティングの神髄「これでもか、これでもか」を理解するための8つのキーワード

東京ディズニーランド開業の2年前からマーケティング全般に携わり、ゼロから1000万人の入園者を集めた渡邊喜一郎さんの著書『ディズニー こころをつかむ9つの秘密 ー97%のリピーター率をうみ出すマーケティング』を紹介します。

2013年は上半期(4月〜9月)の入園者数が200万人以上も増えて過去最高(約1535万人)を記録するなど、向かうところ敵なしの東京ディズニーリゾート。マーケティングの神髄は、期待を超えるサプライズを「これでもか、これでもか」と徹底して提供することだと言います。

内容としては東京ディズニーランド開業前後の実体験に基づいた話で、現状とは違う部分もありますが(例えばブランド管理について、現在はかなり時代に適応して変化しています。僕もプレス枠で東京ディズニーリゾートを取材するのですが、本書にあるような「マスコミの記事や写真の事前チェック」はしていないと思われます)、根本的なマーケティングの考え方はとてもためになる内容です。

ディズニー こころをつかむ9つの秘密

渡邊 喜一郎 ダイヤモンド社 2013-05-17
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ブランドに関わる目に見えるものすべてをコントロールする

冒頭に、本書の価値、誰もが知りたい回答がシンプルに記されています。

ディズニーのマーケティングとは何か。
まず、その最大の特徴を端的に挙げるなら、ブランドに関わる目に見えるものすべてをコントロールする、ということだと思います。そうすることによって、作り上げたブランドを確固たるものにし、浸透させていくのです。
そしてブランドは、人々が欲しているものを見定め、“絶対的な価値”として送り出すということ。
大事なことは、自分たちの信念を揺るがせないことです。

「言うは易し、行うは難し」と言ったところでしょうか。

実際のところ初期は、米ディズニーが持っていたマーケティングのノウハウを忠実に実践していたのだとわかる記述が散見されます。

というより、アメリカ側が日本人(オリエンタルランド側)を信用しておらず、ほとんど命令されていたようなものだったようです。

というのも、アメリカのノウハウを学ぶことが基本でしたから、いくら日本側が「絶対大丈夫だから、こんなものを売らせてくれないか」と言っても信用してもらえなかったのです。

もちろん、実績が出始めれば次第に信頼関係ができあがっていったわけですが、寄り道することなく一つの考え方を貫徹できたのは、結果的に良かったのかもしれませんね。

ゼロから米ディズニー流のマーケティングに取り組む様子が事細かに紹介されていて、本書は非常に参考になります。

 

期待を超えるサプライズを提供する

さらに、これはマーケティングに限らず、ですが、ディズニーが人を惹きつける重要なポイントがあります。それは人々が持っている予想を超えたものを提供する、ということです。
しかも、予想外のところで、あるいは期待のないところで。
いきなり度肝を抜いたり、最後の最後え「えっ!」と言わせたりする。
これを私は、「これでもか、これでもか」と称しています。実はあらゆるところで、ディズニーは「これでもか、これでもか」を実践しているのです。言葉をかえれば、その行いのすべてが、ディズニー的マーケティングであるとも言えます。

「これでもか、これでもか」は本当に言い得て妙だと思います。マーケティングやブランド浸透に近道など存在しない事実は、今さら僕なんかが指摘するまでもありません。地道に積み重ねるのが最低条件です。

その中でコツがあるとすれば、地道な積み重ねだけで満足するのではなく、常に客の一歩先を行って、期待を超えたサプライズを提供することだと言えるでしょう。

 

リピーター獲得のための8つのキーワード

第4章「なぜ、これほどリピーターが多いのか」に、リピーター獲得のための8つのキーワードが記されています。「これでもか、これでもか」を理解するために最適だと思いますので、紹介します。

 

1. いつも何かが変わっている

実際、東京ディズニーランドは、年がら年中、何かが変わっています。
エントランスを抜けるとミッキーマウスの顔をかたどった花壇がありますが、これも年中入れ替えられている。
(中略)
また、これだけ大規模にアトラクションを展開しながら、今もなおアトラクションが増え続けています。
(中略)
ウォルト・ディズニーが有名な言葉を残しています。「ディズニーランド・ウィル・ネバー・ビー・コンプリーテッド」。つまり、「ディズニーランドは、永遠に未完成」なのです。

 

2. 心をくすぐる

ディズニーランドは、「すべてのお客さまがVIP」という言い方をしています。これは、言葉を変えれば、すべてのお客さまが心をくすぐられる場所だ、ということです。

 

3. アニバーサリーグッズ

こうしたアニバーサリーグッズは、基本的に無料配布です。どうしてコストをかけて、こんなことをするのか。言ってみれば、大盤振る舞いするのか。
それは、グッズは単なるモノではないことを知っているからです。
バッジやキーホルダー、小さなグッズひとつでも、手にしたり身につけることによってそれはひとつの「ディズニー体験」になるのです。グッズを身につけているだけで、ディズニーが身近な存在になる。親近感が高まるのです。
そしてもうひとつ、人はもらったことは忘れない、ということです。心がくすぐられるからです。

 

4. 優越感

もちろん、おトクになることが第1の特典ですが、「マジックキングダムクラブ」という会員証を持つことに「心くすぐられる感」があったようです。さらに、きっとこれは喜ばれるだろう、ということで「マジックキングダムクラブ」専用の特別なお土産売り場も作りましたが、これも大好評でした。

 

5. 都市伝説

その中でも有名なのが、こんなところにミッキーマウスの絵や形が、という「隠れミッキー」。ミッキーが壁のところにちょっと描いてあったり、塀の様子がよく見るとミッキーだったり。
本当にあるのか、といえば、本当にあります。開業時からたくさんあります。

 

6. 地方重視

地方で何かイベントがあるたびに、仕掛けを組んでいました。お祭り、公共機関の開設、スポンサー企業の関連施設のオープン——そういうニュースを聞きつけたら、なるべくミッキーマウスを送り込んでいました。
(中略)
そうすることで、生まれたときからディズニーキャラクターがそこにある、という感覚の人たちが日本にどんどん増えていったのです。

 

7. リサーチ

このヒアリングをまとめられ、レポート化します。そして「10人に何人のお客さまがどんな不満を持ったか」など、データ化されてフィードバックされました。
ここから、リピーターをさらに増やしていくためには、何をすればいいのか、ということを常に洗い出していたのです。

 

8. イベント

言うまでもありませんが、季節のイベントは、その季節に来なければ見ることはできません。リピーターにとってとても大きな訴求力を持つのが、イベントでした。

なお蛇足ですが、ハロウィーンを日本で流行らせたのも、クリスマスに大々的にイルミネーション装飾をするようになったのも、東京ディズニーランドが火付け役だと語っています。

今、40歳以上の方々ならよくわかると思うのですが、東京ディズニーランドができるまで、そもそもクリスマスというのは今のような派手なものでは決してなかったのです。
(中略)
ところが、東京ディズニーランドのクリスマスが街のクリスマスを変えていきました。商業地はどんどん明るく、派手になっていったのです。

ディズニー こころをつかむ9つの秘密

渡邊 喜一郎 ダイヤモンド社 2013-05-17
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※Kindle版もあります

49月

クリエイター必見。「風立ちぬ」だけじゃないポール・ヴァレリーの突き刺さりまくる名言集

引退表明した宮崎駿監督の、最後の長編映画『風立ちぬ』。この “風立ちぬ” という言葉は、ポール・ヴァレリーの詩の一節を、堀辰雄が訳したものと紹介されています。

この作品の題名「風立ちぬ」は堀辰雄の同名の小説に由来する。ポール・ヴァレリーの詩の一節を堀辰雄は“風立ちぬ、いざ生きめやも”と訳した。この映画は実在した堀越二郎と同時代に生きた文学者堀辰雄をごちゃまぜにして、ひとりの主人公“二郎”に仕立てている。後に神話と化したゼロ戦の誕生をたて糸に、青年技師二郎と美しい薄幸の少女菜穂子との出会い別れを横糸に、カプローニおじさんが時空を超えた彩どりをそえて、完全なフィクションとして1930年代の青春を描く、異色の作品である。

http://kazetachinu.jp/message.html

ところでこのポール・ヴァレリーですが、ただの詩人ではありません。「20世紀最大の知性」とさえ称する人がいるのをご存じでしょうか。

僕は、学生時代にゆいいつ尊敬していた美学の鬼才・谷川渥教授を通じて、ヴァレリーの存在を知りました。

中でも『ヴァレリー・セレクション 上』に収蔵されている「言わないでおいたこと」という警句集が、とんでもなく素晴らしいんです。

何となく思っていたんだけどうまく言えないでいた、というようなことが、見事な手際で言語化されています。


 
 
 
 
 

 とても偉大な芸術とは、模倣されることが公認され、それに値し、それに耐えられる芸術だ。そして模倣によってこわされることなく、価値が下がることもなく、また逆に模倣したものがその芸術によってこわされることも価値が下がることもない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 新しさ。新しさをねらう気持ち。
 新しさというのは、例の興奮性の毒物のひとつであって、最後にはどんな栄養物より必要になってくる。いったん毒物がわたしたちを支配すると、その量をつねに増やさなければならず、死なないまでも、致死的な量にいたらしめる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 もっぱら新しさを好むことは、批評精神の一種の退化を示す、というのも作品の新しさを判断することぐらい簡単なことはないからだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 自分の作品をながめる作者のまなざし。
 あるときはアヒルを孵(かえ)した白鳥、あるときは白鳥を孵したアヒル。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 詩人の偉大さは、精神がかすかにかいま見たものを、自分のことばでしっかりとつかまえるところだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 インスピレーションというものはひとつの仮説であって、作者を観察者の役回りにおとしめる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ほかの作品を養分にすること以上に、独創的で、自分自身であることはない。ただそれらを消化する必要がある。ライオンは同化された羊からできている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 飾った文体。文体を飾ること。
 本当に文体を飾ることのできる人とは、裸の明確な文体が可能な人だけだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 仕事をしている人は自分に向かってこう言う。もっと強く、もっと賢く、もっと幸せになりたい——「このわたし自身」よりも。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 偉大な人というのは、自分の去ったあと、他の人々を途方に暮れさせる人のことだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 もっとも偉大な人とは、自分自身の判断を思いっきり信じられた人たちのこと、——もっとも馬鹿な人も同じだが。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 人が気晴らしに書いたものを、他の人が緊張と情熱をもって読む。
 人が緊張と情熱をもって書いたものを、他の人が気晴らしに読む。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 かつて一度も自分を神々のたぐいに近づけようとしたことのない人は人間以下である。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 もっとも激しくもっとも抑えがたい憎しみは、わたしたちが自らなりたいと望むような人たちに向かう。そしてこの状態が当の相手に密着していればいるほど、憎しみは鋭くなる。他人がほしがって財産とか名とを手にいれようというのだから、これは一種の窃盗である。だれかが自分の理想と思う肉体とか頭脳とか才能を所有しようとするのは一種の暗殺だ。その人は自分の理想が幻想ではなく、自分の場所が占拠されていると一目で悟らされるのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 親友。
 本当の親友になるには、同じ程度のつつしみ深さをもつ者同士でなければならない。それ以外のもの、性格とか教養とか趣味はあまり重要ではない。
 本当の親しさはお互いの廉恥心と口の堅さのうえになり立っている。
だからこそその親しさが、信じられないような自由を許すのであって、この二つ以外のことは何を言ってもいいのである。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 馬鹿な人たちは、ふざけることはまじめさが書けていることで、駄じゃれを言うと答えになっていないと考える。
 どうして彼らはそう信じ込んでいるのか?
 それはその方が彼らの得になるからだ。それが彼らの存続基盤であって、彼らの存在がかかっているのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 わたしたちには実に明瞭に見えているのに、表現するのがとてもむずかしいものは、いつだってそれを表現する努力を自分に課す値打ちがある。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 知性をともなわない直感はまぐれにすぎない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 非常に危険な状態とは、自分は分かっていると信じること。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 自殺が許されるのは、完全に幸福な人だけだ。
 
 
 
 
 
※以上『ヴァレリー・セレクション 上』「言わないでおいたこと」より一部を引用

155月

実務家・馬淵澄夫がいなかったら福島第一原発はどうなっていたのか

なぜ、こんなにつまらないタイトルをつけてしまったのでしょうか。『原発と政治のリアリズム』だなんて、まるでイデオロギー本にしか見えません。

実際には、福島第一原発事故当時の、大混乱の様子を詳細に伝え、実務家ならではの鋭い分析を加えた、おもしろすぎるドキュメンタリー。ぐいぐい引き込まれて、夢中で読んでしまいました。

当時の政府や東電の対応は、事故調による総括が終わった今も、多くの謎が残ります。現場で対応に当たり、福島原発4号機建屋にも足を踏み入れた馬淵代議士の視点は、とても貴重なものです。

馬淵代議士が、その実直さを遺憾なく発揮して、釣りタイトルを嫌ったのかもしれませんが、これではあまりにももったいない。

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原発と政治のリアリズム (新潮新書)

 

買収した企業を一から立て直す手腕を発揮した実務家

馬淵澄夫代議士は、奈良1区選出の衆議院議員で、当選4回。大逆風だった2012年総選挙でも生き残った、数少ない民主党議員です。2011年と2012年の民主党代表選挙に立候補しているので、名前だけは知っている、という人も多いでしょう。

東日本大震災後の2011年3月26日には、首相補佐官に任命され、福島第一原発事故対応に当たっています。

馬淵代議士は、ビジネス界出身です。建設・不動産会社で「雑巾がけ」から勤め上げ、買収した印刷機器関連会社の経営と再建を任されます。本のタイトルになっていますが、ここでの経験から、収益を上げ社員の雇用を守る徹底した“リアリズム”と、マネジメント力を身につけたようです。

 

実務家から見た大混乱の原因は統合本部の存在そのもの

『原発と政治のリアリズム』の前半では、細野豪志補佐官(当時)から前触れなく携帯に電話がかかってきた3月25日から語り起こし、当時の現場の大混乱の状況と、その原因の分析に紙が費やされています。

混乱の最大の原因は、端的に言うと、法的権限のない統合本部の存在だったと分析しています。政府と東京電力が一体となって対応に当たるために設置されたはずの統合本部ですが、政府側には指示や命令といった権限がありません。

例えば政府側が、国民第一の姿勢や、諸外国への配慮から、「こう対処してほしい」と要請しても、東電側は「持ち帰って検討します」と応じます。決めるのは東電というわけです。

すれ違いが生じ、政府と東電は、別々にプロジェクトを進め始めていた……という信じられない状況のなか、馬淵代議士が着任します。

 

馬淵代議士がいなかったら一体どうなっていたのか

会社で働いた経験のある人なら、当時の絶望的な状況が、嫌というほど想像できると思います。『原発と政治のリアリズム』を読んでいて感じるのは、「いま福島第一原発がなんとか持ち直しているのは、実は奇跡だったのか……」という、愕然とした感情です。

馬淵代議士は、企業を再建してみせたリアリズムとマネジメント力を発揮して、最悪の現場を、それでも一つ一つ、根気強く解きほぐしにかかります。

本を読んだだけでは、馬淵代議士が全体の中でどの程度の影響力だったのかまでは、計れません。それでも、もし馬淵代議士が事故対応に指名されていなかったらと思うと、マネジメントに優れた政治家の絶対数の少なさを考え合わせても、ぞっとせずにはいられません。本当に次から次へと、目を疑うような状況が浮き彫りにされていきます。

 

原子力ムラの独特の思考回路と、東電の巨大企業ならではの組織論理

『原発と政治のリアリズム』を読んでいて、常に印象的なのは、馬淵代議士の極めて真っ当な感覚です。東電や原子力ムラについても、

彼らの論理に戸惑い、怒りを覚えたことがあったし、今回の事故発生には彼らが大きく関係していることは間違いない。

『原発と政治のリアリズム』p.5

とはしながらも、イデオロギーで批判はしていません。

例えば、東電は「メルトダウンはしていない」と主張していました。これは、意図的に欺こうとしていたというより、“原子力の敗北を認めたくない”という業界の危機感があったり、なぜか“最悪の事態を想定=最悪の事態の発生を宣言”と捉えていたりするせいで、データから明るい材料を積み上げて楽観論を形成しているからだと指摘しています。

 

きちんと反省している数少ないだろう民主党議員

馬淵代議士は、最終的に、2011年6月27日に任を解かれます。菅総理(当時)から提示された経産副大臣のポストを固辞しているのですが、当時の様子も、

菅総理に「申し訳ありませんがお受けできません」と告げると、これまでにない調子で叱責された。その発言の詳細は控えるが、たいそう激昂した様子だった。

最終的には、「ならば補佐官を降りてもらう」との言葉が返ってきた。そもそも補佐官就任の要請は官邸からだった。それを思い出しては矛盾と理不尽さを感じながらも、なんとか落ち着いて「それは、総理がお決めになることです」と言った。

『原発と政治のリアリズム』p.176

と、詳細に記し、経産副大臣を断った理由にも踏み込んでいます。

また、「誤った政治主導」というセクションを設け、民主党政権の反省にまで誠実に言及しています。先日の大反省会でも多くの失望のコメントを目にした民主党ですが、馬淵代議士が代表になっていれば、政権再奪還とまでは言わずとも、少なくともまともな政党には改革できただろうに……と素直に思います。

「なるほど、こういう民主党議員もいるのか」という視点からも、読んで損のない一冊です。

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