【子育て】“成功” は無数の失敗の中にこそある


「我が子に、自信をつけてもらいたいから、成功する体験をさせたい」

ちらほら耳に挟みます。

お父さん、お母さん、いかがでしょうか。

成功体験が、幼児や児童にとって、重要なのは、私もその通りだと思います。

が、よくよく耳を傾けてみると、「我が子に、失敗をさせたくない」との主旨であるケースもある様子。

成功だけを体験させても、あまり意味がないんじゃないかな、と、少しモヤモヤします。

なぜなら、社会に出れば自明ですけれど、成功とは、多くの場合、無数の「失敗」や「敗北」の中にあるものだから。

社会に出れば、自分の資質や、能力の、劣った部分が、嫌でも目に入ってきます。

実力があっても、運が悪くて失敗するケースも、少なくない。

挫折しないために、重要なのは、失敗や敗北をものともせずに、無数の “挑戦” ができるかどうかです。

 

失敗を自分の無能さのせいにしない “自己肯定感” こそ重要

言い換えれば、失敗の原因を、自分の無能さのせいにしない、強固な “自己肯定感” こそが、満ち足りた毎日を保障してくれる、大切な要素だと思うんです。

こう考える理由は、幸いにも私自身が、自己肯定感の強い人間に育ててもらっている事実があるから。

実際に、ほとんど不満のない日々を送っているんですよ。

多少、嫌なことや、落ち込むことがあっても、瞬時に切り替えられる……というか、さっさと忘れて、好きなことや楽しいことに没頭しながら、毎日を生きています。

外側からどう見えているかわかりませんが、私は、高校を中退したり、個人事業主になってから丸1年以上稼げない時期があったり、さまざまな失敗&敗北をしてきました。

でも、当時、うまくいかないのは、自分に合ったやり方を見つけられていないだけ、と考えていました。

実際がどうであれ、「自分がダメな人間だからうまくいかないのだ」とは、一切考えなかったので、不幸を感じる場面も、ほとんどなかったように記憶しています。

 

“失敗してもなにも問題ない” という確信が、自己肯定感を育てていく

私の自己肯定感が強いのは、親の教育方針の他に、もちろん、「他の人にできないことが、なぜか自分にはできる」という、小さな成功体験の積み重ねがあったからです。

一方で、徒競走で勝てないとか、成績が一定以上に上がらないとか、様々な場面で、自分の限界を感じてきてもいました。

ただ、失敗や敗北に直面しても、ネガティブに自分自身を責めるようなことはなかったんですよね。

人間、得手不得手があるわけだから、わざわざ、苦手にかかずらう必要はないわけです。

失敗したり、敗北したりしたときの、折り合いの付け方を、すでに学んでいたのだと思います。

我が子に失敗させたくないからと、成功できることばかりをやらせていると、「失敗」や「敗北」とのつきあい方がわからないまま、育っていく結果になります。

小学校、中学校、高等学校と、カテゴリが上がるほど、自分の限界や、無能さに直面する可能性が高まるわけですが、もし、受け入れ方がわからなかったとしたら、かなり苦しい経験になるはずです。

 

苦手を克服するか、さっさと逃げるか

ところで、“自己肯定感” を考えるうえで、「失敗」や「敗北」と、どう向き合うか?という問題があります。

1つは、うまくいかなくても根気強く取り組み、苦手を克服しようという方針。

もう1つは、うまくいかなかったら、さっさと放り出して、得意なことだけをやる、という方針。

もちろん、どちらが正しいというわけではなく、価値観の違いです。

個人的な話をすると、私ははっきり、後者の「さっさと逃げる」の考え方が好きなんですよね。

 

成長のスピードを重視する理由

理由は、得意を伸ばすほうが、成長の速度が速いから。もう、圧倒的です。

うまくいかなくても根気強く取り組み、苦手を克服するのに、3年掛かるとしましょう。

一方で、うまくいかないことはさっさと投げ捨て、得意の中で通用するものを見つけるのは、たった3ヶ月で済みます。

なぜ、このスピード感を重視するかというと、現代は、物事の移り変わりが速いからです。

郵便や電話は、何十年ものあいだ、通信の中心的手段でした。

でも、2000年頃にインターネットが普及すると、あっという間にEメールが取って代わり、今や若い世代はEメールすら使わず、LINEなどメッセンジャーを使っています。

私が仕事にしているメディア運営や、Webライティングも、3年前に正解だったやり方が、現在では誤りになっているケースすら出てきているんです。

ひとつのことに3年も掛けていたら、置いていかれてしまう危機感が、私の中にあります。

 

「苦手をやりたがるかどうか」問題

それから、もう1つ無視できないのは、本人が、苦手なことをやりたがるか?という、大きな問題です。

本人がやりたがらないとしたら、本人の意向を無視して、苦手なことに取り組ませる形になってしまう。

もちろん、本人が、必要な取り組みだと理解して、納得のうえで苦手を克服しようとするのであれば、問題はないんですけどね。

「あなたのためだから」「いいからやりなさい、そのうちわかるから」

……みたいな、子どもにとって、苦痛にしかならないような事態は、避けたいところです。

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