新しい働き方

182月

6歳と3歳半の子育て中だけど、育児をクリアした感が半端ない

近頃、ふと気づく。

一時期、あれだけたくさん書いていた、子育てネタのブログ記事を、ここのところは一切「書こう」という気にならない。

子育てと仕事は両立できる?|子育て中の両親には「仕事量半分」で働ける権利を。

やぶ蛇にならないように戦略的に子供の気持ちを無視しようとする親

三歳児神話の正否はどうでもいい。我が子に「保育園にいるのと、家にいるのと、どっちがいい?」と聞いてみよう!

始めて遭遇する子育てへの驚きや、世間の理不尽さ、社会システムの古さなどを、目の前の深刻な問題として、それほど感じなくなったからだ。

私は現在、もうすぐ6歳になる娘と、3歳半の息子の子育て中だ。

が、すでに育児をクリアしてしまった感がある。

いや、正しくは、育児の準備が「万端、整った」と言うべきなのかもしれない。

疲労とストレスで発狂寸前になったり、育児ノイローゼになったり、産後クライシスに陥ったり……といった、致命的な問題は解消され、子どもたちとしっかり向き合う余裕があるのを、実感する。

 

子どもが生まれて3年間はまったく余裕がない

2009年に最初の子どもが生まれてから、3年間は、いま思い返しても、本当に苦労したと感じる。

子どもが生まれてすぐに、妻一人で子育てをするのは物理的に無理がある、と気づき、私は当時の仕事を辞め、フリーランスになった。

独立するための何の準備もしていなかったし、自分が何で稼げるのかもわからなかったから、まあ紆余曲折あった。

2011年に、二人目の子どもが生まれて、保育園に行けるようになるまでは、余裕というものがまったくなかった。

記憶が薄い。

たった数年前なのに、はるか遠い昔の出来事のような気さえする。

 

子どもたちを中心に据えて、人生を組み立て直す

とは言え、人は学ぶ。

傾向が掴めれば、対策ができる。

問題点がわかれば、解決に向けて、一つひとつ行動もできる。

下の子が2歳になる頃には、上の子を育てた経験が活きて、慌てたり、ストレスを感じたりすることがなくなくなった。

 

生活サイクル、仕事など、人生のさまざまな要素を、子どもたちを中心に据えて、ゼロから組み立て直した。

これは、子育てを人生いちばんの楽しみにしている私にとっては、自然な成り行きだった。

誰だって本当は、仕事なんか、できればしたくない。

そんな優先度の低いものを中心に据えて、どうしたら子育てと両立できるか、頭を悩ませるなんて、どうかしている。

当時の私は、そんな感覚だった。

 

「保育園に行きたくない」と言い出したら「行かなくていいよ」と言える

子どもたちが「保育園に行きたくない」と言い出せば、「じゃあ、行かなくていいよ」と軽く言える環境にした。

基本、在宅ワークだし、外出の仕事があっても、ほとんどのケースで同行させられる。

子どもたちを日本中あちこち連れ回したり、やりたい習い事に通わせてあげられるだけの、それなりの収入も、確保できている。

この先、たとえば一般的には「小1の壁」などと言われるが、我が家は、まったく困らない。

 

子どもたちの成長を、落ち着いて見守っていく態勢が整った

もちろん、子どもたちの成長にともない、その時々で、さまざな問題が出てきたり、困難に直面したりはするだろう。

が、古い社会システムと、古いライフスタイル、旧来的な常識……子育てを困難にしている問題を、根本から無効化した我が家にとって、ちょうどいい高さの、乗り越えるべきハードルだと、素直に思える。

“対処療法ではなくて、問題の根を根本的に取り除かないと、気が済まない”

元来、私は、そういう性質なのだと思う。

おかげで、子どもたちとしっかり向き合う余裕もあるし、仕事に打ち込む時間もある。

いざ、地に足をつけて、子どもたちの成長を見守って行こう……いま私は、そんな気分でいる。

 

人生における優先順位を間違えてはいけない

私は、今まさに育児に困っている人たちには、あまり多くを言える気がしない。

私自身がうまくいっているのには、幸運だった面もある……と、間違いなく思うからだ。

真似をすればいい、と気軽に言えるわけもない。

 
ただ、もしあなたが若者で、これから結婚や育児に向き合おうとしているなら、優先順位を間違えてはいけない、とアドバイスしたい。

大切なのは、古くさい常識から逸脱せずに生きることではない。

あなた自身が最も大切にしているもの、大切にすべきものを、正しく見極め、決して手放さないことだ。

人間、自分らしささえ失わなければ、人生を楽しむことができる。

125月

採用担当者が “本気度” を選考基準にしている限り、ミスマッチは大量に発生し続ける

就職活動において、応募者の “本気度” は、すべてが「ウソ」か「根拠がない」わけなので、採用担当者が “本気度” を選考基準にしている限り、ミスマッチは大量に発生し続けます。

採用担当者の責任逃れでしかない “本気度” で選ぶ採用活動なんか、企業の採用コストをあげ、新卒や転職者を不幸にするだけなので、滅べばいいのに。

(組織風土が掛け値なしに魅力的な企業をのぞく)

 

採用側からすると “本気度” での選考はスタンダードらしい

採用担当から見た就職活動で大事なたった3つのポイント – 人生やまあり

会社側で採用やってる側からすると、なぜうちの会社なのか、本気度はどのくらいなのか、会社のどのくらい知ってるのかなどが非常に重要である。

ご存知のように、採用には新卒・転職に関わらず何百万、多いと何千万という費用がかかる。だからこそここでいう本気度というのは非常に大事だ。この会社がどういう会社なのか(事業・勤務体系・激務度・会社の風土など)知ってもらってからじゃないと、会社としても、入社側としても不幸になる可能性が高いからだ。入社したあとにこんな「こんな会社とは知らなかった」となってしまうお互いの不一致を可能な限り無くしたいと会社側も思っている。

私、これを読んでも理解できないんですよね。

「採用には新卒・転職に関わらず何百万、多いと何千万という費用がかかる」だからこそ「本気度というのは非常に大事」って、論理的に破綻しているんじゃないでしょうか。

採用コストが問題なら、 “本気度” を選考基準にするのは一番やってはいけないことのように思うんですよ。

だって、応募者の “本気度” は、100%「ウソ」か「根拠がない」わけです。

前者は言うまでもないでしょう。後者については、就職・転職をいくつか経験してきた人なら誰もがわかるとおり、事前に会社の内実を知るのは不可能。実際に働いてみなければわからないことは必ず存在します。

もちろん、事前に応募する会社について調べないのは(働くに値する会社なのか判断する意味で)もってのほかではあるんですが。

ただ、“実際に働いてみなければわからないこと” は、事前にわかることよりも圧倒的に重要で、長い組織生活において決定的な影響となるものです。

結局、わからない情報があるにもかかわらず、「御社で働きたいんです!」と言い切れる学生や転職者は、うそつきか、夢見がちなだけに過ぎない。

 

採用担当者の責任逃れでしかない

“本気度” を選考基準にする限り、ミスマッチは大量に発生し続けます。もうこれは、現実が現しているとおりなんじゃないでしょうか。

それでも “本気度” を選考基準にする理由はなんなのか。

私にはほんとうによくわからないんですけど、わからないなりに思いつくのは、責任逃れなのではないか?という可能性です。

つまり、新入社員が辞めたときに、採用担当者が「アイツは本気で働きたいと言っていました。その熱意にはウソはありませんでした」と上司に言い訳できる。

ほかの理由があるんですかね?

私は企業で働けるタイプの人間じゃないんで、見落としている視点があるかもしれませんが。

 

魅力的な組織でさえあれば本気度なんかどうでもいい

企業はいつまで、“本気度” を選考基準にして、ミスマッチを大量に生みだし、採用コストを浪費し続けるんでしょうか。

採用担当者の責任逃れなんか、即刻やめさせるべきなんじゃないんでしょうか。

この方法が結局、大企業としては責任の所在を「なあなあ」にできて、総合的に見るとベターなやり方なんでしょうか。

だから、

入社したあとにこんな「こんな会社とは知らなかった」となってしまう

んだと思いますよ。

だって、組織への貢献意欲って、組織が魅力的でさえあれば、いくらでも後天的に育める性質のものだから。

多くは、労働条件の不一致なんかじゃないんですよ。

仕事内容がきつかったとしても、上司に理解があって、仕事を楽しめる環境なのであれば、そうそう辞めようとは思わないですからね。

 
まあ結局、私が企業の圧倒的大多数に苦言を呈したいのは、「本当に魅力的な組織風土を作ってから偉そうにモノを言え」ということですかね。

組織に従順かどうかよりも、組織に価値を提供できるかどうかのほうが圧倒的に重要なんだから、企業側が「こういう人材が欲しい」と明確に打ち出す採用活動がスタンダードになってほしいなーと、蚊帳の外の人間ながら思います。

264月

私にとってランサーズが役に立たないたった一つの理由

私にとって、ランサーズをはじめとする既存のクラウドソーシングサイトがまったく役に立たないのは、クライアントに対して自分を売り込まなければいけない仕組みになっているためです。

 

提案件数を見ただけでウンザリ

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ランサーズが話題になっているので、ランサーズを例にとりますが、基本的には既存のクラウドソーシングサイトのすべてが同じ問題を抱えています。圧倒的な買い手市場なんですよ。

トップページを開くと、一つの案件に対して、多いときには数百の提案が上がっているのが、パッと目に入ってきます。

私は、この時点でもうクラウドソーシングサイトを使う気がゼロになります。

というより、これでも提案をしようという気になるフリーランサーたちの心情がよくわかりません。コンマ何パーセントに選ばれる自信がどこからくるんでしょう?(すでにサイト内で実績があって、クオリティにも自信があって、高確率で受注できる方は別でしょうが)。

「買わなきゃ当たらない」とか言って、宝くじを買い続けるような、数字に弱い方々なのか……と疑ってしまうんですが。うーん、どうなんでしょう。

 

ブログを書いているだけで仕事が降ってきますけど

私の場合、最大のキャッシュポイントはフリーライターなので、ブログを書いているだけで仕事が降ってきます。

記事を気に入ったり、評価してくれたりした方から、執筆依頼の連絡がきます。

ちなみに、今のところ9割以上がブログ経由でいただいた仕事です。何のコネもなくゼロからスタートしましたからね。

何の実績もなくても、自分を売り込む必要が一切ないわけです。ただブログを好き勝手に書いていれば、それが営業になっている(もちろん、仕事の依頼に繋げるための導線は作っていますが)。

こちらのスキルだったり、得意とする題材だったり、ときには性格だったりを事前に知ってもらってから連絡が来るケースが大半なので、気持ちよくやり取りできるケースが多いですし、もちろん営業の労力も必要ありません。

 

100提案中99案がボツになるクラウドソーシングサイトの致命的な無駄

Web時代なのに、なんで営業なんかしているんですか? 自分を売り込む作業が必要なんですか?

というのが、クラウドソーシングサイト全般への率直な感想です。

営業をはじめ、人づきあいがあまり好きじゃないからフリーになった、あるいはフリーになりたい人って、多いと思うんですよね。

本末転倒というか、時代に逆行しているというか。

だって無駄じゃないですか。100件の提案があって、99件がボツになるとしたら、圧倒的大多数が無駄な労力を費やしているわけですから。

 

コンテンツを見て気に入ったクライアントから連絡が来るような仕組みが理想

私のブログマーケティングもそうですが、コンテンツそのものを見てもらって、気に入ったクライアントから連絡が来るような仕組みにしてしまえば、このような無駄な労力は発生しません。

ライター案件の場合は、記名記事を掲載しているサイトが、クラウドソーシングに手を出したら、いいマネタイズになると思うんですけどね。

記事を見て気に入ったクライアントが、記事から直接、仕事を依頼できる導線を作ってしまう。もちろん、クライアント側から利用料は取る。

デザイン系の案件の場合は、デザイナー向けの『Pinterest』みたいなサイトを作ってしまえばいい。『pixiv』でヘットハンティングとか、きっとあると思うんですけど(よく知らないのでいい加減なことを言っているかもしれませんが)、同じようなイメージでサービスが成立するんじゃないでしょうか。

 
■関連記事

ブログ経由の仕事の受注も必ずしも完璧ではありません、というお話はこちら。

ブロガーに寄稿依頼する際に言ってはいけない10のフレーズ

224月

“10日で退職” 問題|ヨドバシカメラの販売は、どう足掻いたってつまらない

私が訴えたいのは、たった1つです。「ヨドバシカメラの販売は、どう足掻いたってつまらない」ということ。

「ゲームがつまらないんじゃなくて、自分がヘタなだけ」 10日で会社を辞めた社員への助言ブログが反響

もちろん、家電量販店の仕事が楽しくて仕方がないという人もいるでしょう。やり甲斐を感じているという人もいるでしょう。

そういう方にとってはカチンとくる記述になってしまうんですが(すみません)、でも、「家電量販店の販売なんかつまらない」と思う人も、確実に、しかも少なからず存在する。

“事実から目を背けてしまうから、こうした単純なミスマッチが生じてしまう” ということについて書きたいと思います。

 

ヨドバシカメラの販売の何がおもしろいんですか?

なぜ、家電量販店の仕事を、やってみたわけでもないのに「つまらない」と判断するのか。

今ではほぼAmazonですが、私もたまにはヨドバシカメラやビッグカメラやヤマダ電機へ買い物に行きます。こどもの頃から通算したら20年間くらいは足を運んでいます。

でも、“生き生きと仕事をしていて輝いて見える” なんて店員にあった経験がないんですよ。接客業にもかかわらず、です。

単純な話で、楽しそうに仕事をしているように見えないから、私の中では家電量販店の仕事=つまらない、なんです。やり甲斐があって、人に誇れる仕事なら、もっと輝いている店員に出会ってもいいと思う。東京ディズニーリゾートを見ろ、とまでは言わないけれど。

 

どちらかといえば「新入社員に非がある」という立場

でも、私は、10日で辞めた新入社員を擁護する気はありません。どちらかと言えば「非は新入社員の側にある」という立場です。

なぜなら、就職活動の段階で、つまらないものはつまらない、と認めなかったからです。

結局のところ、その仕事がおもしろいかおもしろくないかなんて、消費者として直に接する接客業なんて特に、判断材料は当たり前のように転がっているんですよ。

普段はまったく接する機会がない建設業だとか、製造業だったら、「中に入ってみなければわからなかった」という言い訳もわかるんです。

でも、ヨドバシカメラですからね。

アルバイトの延長のような仕事にしか思えない、と新入社員が言っているそうですが、そんなの入社してみなくても、誰でもわかる事実なんだから。仮に本社勤務だとしても、主戦場は販売なわけで、「アルバイトの延長のような仕事」とは、切っても切り離せない。

2週間の新人研修のうちの、わずか数日の販売体験で辞めるってどうなの、という意見もあるでしょうが、そこはむしろ私は評価します。しっかりと「おもしろくない」という事実を受け入れたからです。

 

根本的におもしろくないんだから、どう味付けしたって無駄

株式会社ヨドバシカメラ の人事ブログ:新入社員が退職した。(前編)| 【就活ならリクナビ2015】新卒・既卒の就職活動・採用情報サイト
辞めてどうするのか、Kさんに聞いてみた。 「公務員を目指します。」 まただ。採用や研修を担当していると、毎年必ずこういう若者と遭遇する。 「安定していて、楽そうだから」という、かつての私と同じ発想。 …

おもしろくないものは、どう足掻いたって、おもしろくないんです。「毎年必ずこういう若者と遭遇する」のは当然です。

会社の仕事の多くは、根本的におもしろくないものを、やり甲斐だとか、福利厚生だとか、高給だとか、人間関係だとかでカモフラージュして、なんとかおもしろく見せようとしているに過ぎないものなんです。

(個人的には、会社で働く限りは、ほぼすべての仕事がおもしろくないです。裁量権のある仕事も、責任のない仕事も、両方やってみて、よくわかりました。もっとも、私がそういう性質の人間だった、というだけなんでしょうけど)

やってみたら案外おもしろいのかもしれない、とか、クソみたいな期待はしても無駄です。

「楽しいチュートリアル」が必要だとか、教育システムを充実させないといけないとか、そういう問題じゃないんです。おもしろくないものは、おもしろくないんですよ。

 

こどものころから社会を見て回れるように

蛇足ですが、じゃあどうしたらいいのか、というのは、もう明らかな答が出ていて、教育現場において、いかに社会との接点を作るか、ということなんです。

現場ではすでに課題に取り組んでいる方々もいます。

学生を立派な社会人に育てあげている大学は存在するよ。

「アルバイトの延長のような仕事にしか思えない」という、それこそ子供でもわかる事実すら、就職してからでないと認識できないのは、学生にとって社会が未知の世界だからです。

実は向こう側へ行ってみたら超楽しいテーマパークがあるのかもしれない、と乙女チックな空想してしまう。

現在の教育システムは、ともすると社会との接点が一切ないまま、就職活動に臨まなければいけない仕組みになっています。必要なのは、社会の荒波から守りながらも、こどもや学生に社会をしっかり見せる、実感させる、ということなんです。

我が家では、教育現場には期待できないと考えているので、親が子を積極的に社会に連れ出そうと思って、いろいろ取り組みはじめています。

僕が子供を仕事に連れて行きたい5つの理由

[お金の教育]こどもに仕事を手伝ってもらってお給料を支給すると、お金でダダをこねなくなる

32月

“仕事はお金のために我慢してやるもの” という先入観を捨てよう

新卒一括採用には、「100社応募したけど、すべて落とされた。死にたい」というような話がつきまとうわけですが、とは言え、ごく一部の例外なのだろうと、さしたる根拠もなく思っていました。

が、この数字を見ると、100社に落とされるケースも、それほど珍しい事例でもないのかもしれません。

就活エントリー、1人平均44社 過去10年で最多:朝日新聞デジタル
1人平均44社 …

就職情報会社のマイナビは16日、昨年12月に解禁された2015年3月卒業予定の大学生と大学院生の就職活動状況調査を発表した。入社試験の応募資料を取り寄せるなど就職情報サイトや企業の採用ホームページからエントリー(登録)したのは、就活生1人当たり平均44・3社で、前年より3・3社増えた。

 

おかしいものはおかしい

以前、『17,200時間、地球約17周の無駄について。』という記事を書きました。

17,200時間、地球約17周の無駄について。

もし、往復2時間の通勤を年間200日、22歳から65歳まで続けたら、17,200時間(約2年間に相当)。仮に片道40kmだとしたら、688,000km(地球約17周)の移動距離になります。

もちろん、通勤する人をゼロにできるとは思いません。物理的に移動しなければならない立場・役割は存在するでしょう。

が、現在の状況は、企業に勤める大半の人間が、けっして短くはない時間をかけて通勤しているわけです。

“17,200時間、地球約17周” という数字を見たら、(現実問題としてどうしようもない、という事情はともかくとして)本当にこれでいいんだろうか? と感じるのが、素直な感性だろうと思うんです。

本当に、みんながみんな、これほどの労力をかけて通勤しなければならないんでしょうか。

 

主流なのは「就職できればどこでもいい」という就職活動

「就活で1人平均44社もエントリーしている」という事実からも、似た印象を受けます。

本当に、みんながみんな、こんなに大量にエントリーしなければいけないんでしょうか。

普通に考えて、どうしても入りたい会社が44社平均もあるわけがありません。

僕なんか、どうしても入りたい会社なんて、1社もありませんでしたからね。はは。

必然的に、世の中の就活生の多くは、「就職できればどこでもいい」という就職活動を展開していることになります。

 

「新卒で就職できれば勝ち組」は価値観の一つでしかない

当然と言えば当然なのかもしれないですね。私たちが子供のころから見てきた大人たちの多くは、楽しそうに働いているようには見えなかったですから。

実際、好きではない仕事でも、一家を養うために稼がなくてはならないからと、我慢して働いてきた大人は少なくなかったはずです。終身雇用という恩恵を考えれば、トレードオフで犠牲にするのもアリな選択肢だったのでしょう。

でも現在では、新卒で就職できれば勝ち組という考えは、ある一つの価値観でしかありません。「就職できなければ、のたれ死んでしまう」というなら話は別ですが、もっと世の中を広く俯瞰してみるのも、おもしろいと思います。

よーく見てみると、あちこちに楽しそうな仕事が転がっています。最初はそれがアルバイトだって、何の問題もないと個人的には思います。

そもそも、5社や10社ならまだしも、30社も50社も落とされたら「これは何かおかしいぞ」「自分にはこのやり方は合わないのかもしれない」と疑うのが、まともな感性というものではないでしょうか。

“仕事はお金のために我慢してやるもの” という先入観は捨てて、フラットな目で世の中を見てほしいなと思います。

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