宣伝しないで宣伝する無印良品の凄味

“押しつけがましさ”を嫌う人々に対する、無印良品の回答

大企業からセルフブランディングに関心がある学生まで、皆が喉から手が出るほどに知りたがっているのが「ソーシャルメディアをマーケティングに活用するにはどうしたらいいのか?」ということです。

露出最優先の旧来型の宣伝・広告手法は通用しないと気がつき始めました。

情報が氾濫する昨今、ソーシャルメディアに限らず“押しつけがましさ”を嫌う人が増えてきています。

この難問をブランディング戦略で鮮やかに解決してみせているパイオニアが、無印良品を展開する良品計画です。

とある日曜日の興奮

ブランチをとるためにフラッと入ったMUJI Cafeで、妻が何気なく『無印良品キャンプ場』の冊子を取ってきました。

私は中をパラパラと見てすぐに、バッグに入れて持って帰るように頼みました。

普段はチラシどころかポケットティッシュすら受け取らない私が珍しいことを言うと、妻は不思議そうに表情を覗き込んできます。

「なんで? 珍しいね」

つい身振り口調が大げさになるのを自覚しながら説明します。

「何が凄いって、これ。無印良品キャンプ場の冊子なのに、無印良品キャンプ場の宣伝ページが1ページもない」

「あーそうなのよ。わたしも、どこにキャンプ場の情報が書いてあるんだろう? って首を傾げちゃった」

セオリーの真っ向逆を行く冊子

もし自分が企業の営業担当者や広報担当者、あるいは地域活性プロジェクトに携わっている学生だとして、「キャンプ場に客を連れてこい」と言われたら、キャンプ場の良さを伝えようと努力しますよね。

自然が豊かで、最新の設備があり、値段がリーズナブルかつ交通の便も良く、たくさんのイベントをやっていますよ、と。

冊子を制作したら、まるで健康診断の結果のように、詳細にキャンプ場のスペックを書き込もうとするはずです。

私の妻が求めていたのは、このような冊子でした。

なぜなら、私たちは昨年の夏に無印良品キャンプ場の会員なったのに、妻が妊娠していたためにまだ一度も行っていなかったからです。

妻はお目当てのキャンプ場がどんなところなのだろうと気になって冊子を手に取ったのに、キャンプ場の情報が一切載っていなかったので、面食らったわけです。

表紙・裏表紙を含め16ページの小冊子 2011年12月発行/株式会社 良品計画

キャンパー向けではなく、アウトドア全般に好感を持つ潜在顧客向け

この冊子の謎を解く鍵は、タイトルにあります。

見てのとおり、『無印良品キャンプ場』の文字は小さく、下手をしたら見落としてしまいかねない存在感です。

シンプルな表紙には、代わりに大きく「外あそび」と印刷されています。

もし表紙にデカデカと『無印良品キャンプ場』と記してしまったら、キャンプに関心がある人しか冊子を手に取りません。

つまりこれは、キャンパーに限定せず、アウトドア全般に好感を持つ人へ向けた冊子なのです。

潜在顧客を掘り起こす意図なのだと容易に想像できます。

ちなみに、私たちのようにすでに無印良品キャンプ場の会員であったり、もともとキャンプが大好きで趣味にしているという人には、わざわざこのような冊子を作成しなくとも、無印良品キャンプ場の存在さえ知らせれば(あるいは思い出してもらえれば)足を運んでもらえます。

「無印良品キャンプ場、今シーズンもオープン」の一行広告でこと足ります(もっともこのように構えていられるのは、無印良品のブランドが確立しているからです。どんなキャンプ場なのかといちいち説明する必要がありません)。

一貫して「外あそび体験」の楽しさや豊かさを伝えている

しかも、かなりハイクオリティです。

2〜7ページは、無印良品南乗鞍キャンプ場の男性スタッフと、良品計画衣服雑貨部の女性社員が主役です。

好青年が女性をもてなすというシチュエーションで、それぞれの視点から感想が語られます。

二人はほぼ初対面という設定なのですが、写真では女性は常に柔らかな表情であり、文章では「自然に囲まれた非日常空間で、ほぼ初対面なのに打ち解けられた」と強調します。

見ず知らずの男女の仲が一気に深まったと伝えているわけです。

8〜9ページはフリスビーチームの主宰者がフリスビーの魅力を語り、10〜11ページはカヤックでスカイツリーまで行ったという会社員が登場します。

12〜13ページは会社員・家庭人・クライマーの3つの顔を持つ男性のある日のクライミングを紹介。

14〜15ページはフリーライター・エディターの女性が、アウトドアでウクレレを弾く楽しみに言及しています。

この間一切、無印良品キャンプ場の宣伝はありません。

唯一2〜7ページは、無印良品南乗鞍キャンプ場が舞台になっていますが、写真で環境が知れるというのが精々のところです。

キャンプ場の情報が載っているのは全体の1/80のスペース

これは裏表紙の写真です。

上部4/5には婦人用ぬくもりインナーの広告が入っています。

そして最下部1/5に、やっと無印良品キャンプ場の情報が登場します。

全16ページある冊子の中で、裏表紙の1/5ほどの僅かなスペースに書き込まれているのが、キャンプ場について具体的に記載されているすべてです。

商品を買ったり、サービスを利用したりすることでどんな価値が得られるのかを伝える

良品計画の戦略は明確です。

『外あそび』という冊子の最大の目的は、アウトドアに好感を持つ人にアウトドア体験の楽しさや豊かさを想起してもらうこと。

そのためにアウトドアの楽しみ方を極めて上手に提案しています。

「最近、出掛けてないな」

「たまにはアウトドアで何かするか」

「ふうん、無印良品がキャンプ場を運営しているんだ」

こう思ってもらえれば、もうそれで充分。

無印良品のブランドは圧倒的に浸透しています。

好感を持っているファンは、自分から無印良品キャンプ場のホームページをGoogle検索して見つけるでしょう。

「宣伝をせずに宣伝する」ブランディング戦略の完成です。

ソーシャルメディアでも同様の発信を

良品計画は、ソーシャルメディアでもお手本となるような発信をしています。

つまり(『外あそび』冊子と同様に)、商品の宣伝を押し付けるのではなく、商品を購入することでどんな楽しみがあり、どんな利便があり、どんな価値があるのかを説明しています。

ライフスタイルを提案し、ブランドの浸透に努め、人々の共感を獲得しています。

ソーシャルメディア活用に悩む方は、無印良品をお手本にするのがセオリーです。

何を発信し、何を発信していないのか分析してみてください。

ただ、注意が必要なのは、ソーシャルメディア上だけで取り繕っても効果はないんですよね。

ブランド形成とは、上辺を取り繕うことではありません。

ソーシャルメディアだけで優等生発言をしておいて店舗に足を運んだら酷い接客だった、では愛想を尽かされ、むしろ悪影響なのは言うまでもありません。