子育て

283月

[依存症の研究]親に一貫性がないと、こどもの「あれ買って」「これ買って」は激しくなる

ただいま、糖質制限に絡めて、炭水化物の中毒性について調べるため、依存症の研究書を読んでいます。

溺れる脳: 人はなぜ依存症になるのか

M. クーハー 東京化学同人 2014-01-14
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炭水化物に中毒性なんかあるの?と疑問に感じるかもしれませんが、過食症も依存症の一種だし、そこまで極端でなくとも、丼飯を腹一杯に食べたときの陶酔感ってありますよね。

あとは、「甘い物がどうしても止められない」とか。糖質制限について発信していると「米やパンや麺を食べない生活なんて考えられない!」という反応もあります。

これ、ただ好きだというだけなら、トレードオフで冷静に考えられると思うんですよ。本を読むのは好きだけど、お金がないから今月は我慢しておこう、というように。

でも、これがタバコになると、今月は我慢しておこうという喫煙者はまずいない。アルコールも同様です。

理屈でなく、体が欲してしまうというか、無意識に求めてしまう。

冷静に考えるとどんなに割に合わない状況でも、理屈がねじ曲げられ、たとえば食費を削ってでも買ってしまうというふうになる。

こうなると依存症です。

脳内を見てみると、依存症というのは、脳内における神経伝達物質のやりとりに異常が発生してしまう状態を指します。

脳内のやりとりとして見ると、炭水化物は、コカインと同様にドーパミンの放出量を増やすとあるんですよ。

炭水化物の依存症になったとして、いったいどんな問題があるのかについては、たとえばこちらをご覧ください。

糖質制限の仕組み | 炭水化物は嗜好品

また、糖尿病という致命的な病気の原因にもなります。私も以前のままだったら危険だったな、と感じています。

 

ヒトの依存症の治療法を探る優秀な動物実験モデル

で、この『溺れる脳』を読んでいたら、たいへん興味深い実験が記載されていました。

“薬物自己投与の動物モデル” というものがあります。外科的手術によって頸静脈にカテーテルを繋ぎ、レバーを押せば薬物を摂取できる状態にしておくと、動物は喜んでレバーを押すようになるそうです。

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薬物自己投与の動物モデルは、薬物依存の研究において、ますます重要となっている。興味深いことに、モデルの評価方法も変化し続けている。モデルの評価方法をさらに開発し、綿密に精査することによって、薬物依存の別の側面である依存形成の各段階を研究することができる。それにはつぎの事項が含まれる。

①薬物摂取の開始および動物が薬物を自己投与することを学習する初期段階
②レバーを押すことを学習して、レバーを押す行為が安定的または比較的変化しない、薬物摂取の維持段階
③レバーを押しても薬物報酬が得られなくなり、徐々にレバー押しをやめるときに起こる薬物摂取の消去段階
④ストレス、引き金もしくは薬物に誘発され、薬物をやめた被験動物が再び薬物を求め始めるときに起こる薬物摂取の再発段階

M・クーハー『溺れる脳: 人はなぜ依存症になるのか』より

これはかなり優秀な実験モデルだそうで、ヒトの依存症の治療法を探る大きなヒントになっているとのことです。

 

不確実あるいは不定期の報酬は依存性が高い

こうした依存症の解明を目的とした動物実験のなかで、不確実あるいは不定期の報酬は依存性が高い、という結果が出ているそうです。

“薬物自己投与の動物モデル” よりももっとシンプルに、通路を通ったら餌を与えるという実験です。

実験ではラットを二群に分け、一方の群には、通路を下向するたびに報酬として餌を与えた。もう一方の群には、通路を下向したときの約三〇%のみ報酬を与えた。両群とも報酬を期待して、通路を下向することを学習した。つぎに、両群について食物報酬をやめたが、ラットが食物を探して通路を下向できるようにしておいた。

(中略)

毎回報酬が得られたラットよりも、下向時の三〇%しか報酬が得られなかったラットのほうが、長時間餌を探索するために通路を下向する行動を持続したのである。

M・クーハー『溺れる脳: 人はなぜ依存症になるのか』より

 

子育ての観点で考える

これには興味深い話が添えられています。

たとえば、ペットの行動をコントロールしたいと思う場合がある。犬が食卓の食べ物を欲しがると考えてみてほしい。あなたは自制しようとするものの、しばしば与えてしまうだろう。

あなたは、自分自身にいつもそうするわけではないと言い聞かせ、自分は上手くやっていると思うが、実際は、犬が欲しがらないようにすることをかえって難しくしているのである。

子どもや学生などの場合も、似た状況を容易に想像することができる。

M・クーハー『溺れる脳: 人はなぜ依存症になるのか』より

5歳と2歳の子を持つ親として、正直なところ読んでギクッとしました。

「いつもそうしているわけではないから」という自分への言い訳は、私もかなり身に覚えがあります。

そして、それで自分がうまくやっているつもりになっているというのも、正にその通りなんですよね。

 

親に一貫性がないと問題が起こりやすい

たとえば、こどもが「あれ買って」「これ買って」とキリがない。親の気分次第で買い与えるのが、いちばん問題をややこしくするわけです。

スマホやDSで遊ばせるのも同様です。親の都合で、今は食事中で静かにしていてほしいからと遊ばせるが、普段はゲームばかりするなと叱っていれば、よりゲームがやりたくてたまらなくなると推測できます。

100%与えるか、100%与えないか。あるいは、定期的にルールを決めて与えるか。

「あれ買って」「これ買って」なら、基本的に買わないか、「日曜に1個だけ」などルールを決めて買う、という方針がよさそうです。我が家では、先日記事にしたとおり、基本的に買い与えず、自分のお給料で買わせています

ゲームやYoutubeなら、我が家の方針では、自由に好きなだけやらせています。ただ、他に優先すべきことがある場合は(挨拶する、着替える、歯を磨く、出かける、などなど)必ずすぐに中断するというルールを設けています。

ただ、欲求が強くなるのが必ずしも悪いとは、私は思いません。

滅多にないからこそ嬉しい、というのは、人間として素敵な感情ではないでしょうか。

「子育てはルールで縛ればいい」という短絡的な話ではないのが、親としては難しいところですね。

溺れる脳: 人はなぜ依存症になるのか

M. クーハー 東京化学同人 2014-01-14
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by ヨメレバ

183月

「こども21時でスマホ禁止」では絶対に問題は解決しない

だから私は、“義務教育だけが正解” だと過信・盲信できないのだと思いました。

責任を押し付け合って、こどものためにベストを尽くさないように見える教育現場で、自分のこどもに育ってほしいと思う親なんか、いるんでしょうか?

 

愛知県刈谷市の「こども21時でスマホ禁止」概要

愛知県刈谷市の全小中学校で、生徒・児童による夜21時以降のスマートフォン・携帯電話の利用が禁止されることになりました。

子ども21時でスマホ禁止、刈谷市が大胆な試み。LINE既読スルー問題、保護者責任を校長が明かす – Engadget Japanese

現在生徒らのコミュニケーションにおいて、LINEやメールのメッセージにすぐに返答をしなければ、翌日学校で「無視した」「スルーした」などと、攻められるそうです。大橋校長は「ごく普通の子どもの中には、無視やスルーが嫌で常にスマートフォンを身近なところに置いている子がいます。そこまでやりたくないのにって子どももいるんです。そうした子どもたちに、21時以降は親にスマホを取り上げられるから、と言い訳ができる状況を作りたいんです」と述べています。

スマートフォンやSNS特有の問題から生徒・児童を守るため、というのが建前のようです。

 

生徒や児童にとってベストだとは思わない

上記『Engadget Japanese』のライターHiromu Tsuda氏は、

もしかするとこの取り組み、生徒や児童にとって良い結果になるのかもしれません。

と書いています。

対処療法としては、ベターな結果になる可能性はあるかもしれません。私はまだ小学生のこどもがいる当事者ではないので(上の子が再来年に小学生になる)、想像力を上手く働かせられません。

が、ベストな結果には絶対にならない事実だけは、はっきりとわかります。なぜなら、問題の本質を見て見ないフリしているからです。

すなわち、「こども21時でスマホ禁止」は、花粉症による炎症を、強力な薬で押さえ込もうとしているだけでしかありません。

花粉症の人は、本当は、副作用で眠気が出たり、倦怠感が出たりするような薬を飲み続けたいのではなく、花粉症を根治したいんです。

花粉症で言えば、アレルギー体質そのものを解消できるかどうかが、問題の本質です。

 

これはスマホの問題でなく、家庭と教育現場のすれ違いの問題

「こども21時でスマホ禁止」の問題の本質は、校長の言葉に集約されています。

「保護者は自分で子どものために契約しておきながら、トラブルがあれば問題を学校に持ち込みます。子どもに持たせるために契約したのは保護者でありながら学校にです。これでは責任の所在が本末転倒です」

『Engadget Japanese』の記事が正確であると仮定すれば、「こども21時でスマホ禁止」は、家庭に責任を持たせる目的で生まれたことになります。

これを見て「もっともな言い分だ」という意見は、私にはよくわかりません。

親と教育現場が責任を擦り付け合っているだけでしかないからです。これはスマホの利用法の問題でなく、家庭と教育現場の関係性の問題です。本質は大人同士の責任の押し付け合いの問題でしかありません。

私は率直に「こどもを育てる責任はどこに存在しているんだろうか」と感じました。こんなふうに責任を擦り付け合うなかで、こどもを育てたいと思う親なんかいるんでしょうか。

スマホやLINEの問題は、家庭が悪いのでしょうか。それとも、教師や教育現場が悪いのでしょうか。

答は明確で、どちらも悪くないんです。

家庭は家庭で、教師は教師で、置かれた状況で精一杯に取り組んでいるはずです。

でも、それでもどうしてもうまくいかずに、「義務教育なんだから学校でやれ」「ここからこっちは家庭の責任だろ」と軋轢が生まれてしまっています。

 

問題が解決しないのは関係ができていないから

互いにうまくいっていないのであれば、助け合えばいいのに、罵り合ってしまうのはなぜか。

家庭と教育現場の間に壁があるからです。コミュニケーション不足と言い換えてもいい。

ダイアローグ、ワールドカフェ、あるいはフューチャーセッションといった方法論があります。

行政でも企業でもそうですが、なにか物事を前に進めようとするときに足かせになるのは、実は外的要因というよりも、利害関係者同士の冷えきった関係や無関心です。

Aさんの技術力と、Bさんの調整力があれば、物事は100倍早く前進するのに、別々に活動する。そして当然のごとく、Aさんは調整がうまくいかず、Bさんは技術不足で、遅々として進まない。

なぜ足りない要素を補おうとしないのか。しかも、同じ志を持っていて、同じ活動をしている他人が存在するとわかっているのに。

単に、人間関係がない、昔からそうしている、テリトリーが違う(縄張り意識が邪魔をする)。酷いときはプライドといった程度のバカげた理由なんです。

 

地域に開かれた学校を目指す、町田市の小学校の事例

ではどうすればいいか。同じ志を持った人を一か所に集めて、対話を重ねて、お互いの内に秘めた思いを知り合う。信頼関係を築く。

これだけで、嘘のようにすべてが好転します。

教育をより良くしよう、こどもたちを大切に育てよう、という思いでは、家庭も教育現場も実は同じ。コミュニケーションがとれれば、「なんだ、ぼくもそう思っていたんだよ。じゃあ一緒にやろうよ。こうしたらいいんじゃない?」という空気が生まれるからです。

実際に、そういう試みがなされている例があります。

「子ども× I’m OK!」in Child Future Session Week レポート | FutureCenterNEWS JAPAN

「子ども× I’m OK!」では、町田市の小学校の先生と、地域の人々が集まって、こどもが自己肯定感を持つためにはどうしたらいいのか?というテーマで対話がなされました。

 

家庭と教育現場が一丸となれば問題は解決したも同じ

主催の中村美央さん(小学校の先生)は近い将来、このような対話をクラスの保護者の方たちとしたい、と言っていました。

これは、同職業の方からも「勇気がある」と驚きの声が上がっていたほどで、対話によって育まれる空気、生まれる成果を知っていてこそです。

たとえば会社の同僚でも、一見近寄りがたい人だけど飲み会で同席したら印象が変わった、というケースは珍しくないはずです。互いに理解しあっていれば、モンスターペアレントだ、問題教師だ、と罵り合うケースは間違いなく激減します。

さらに、なにか問題や課題が発生したときには、家庭と教育現場が一丸となって、解決策を考えていく。

スマホの利用法で問題が発生したのなら、一方的に「こうしてください」と押し付けるのでなく、家庭と学校の事情や、お互いの考えを共有しつつ、一緒に対応方法を考えていく。

家庭も教育現場も、互いに責任を引き受け合う形で、学校をつくっていく。

 

理想が明確でなければ複雑な問題は解決できない

もちろんこれは理想です。

でも、理想を明確にしなければ、このように根が深い問題は、根本的な解決が不可能なのもまた事実。延々と不満を募らせながら、互いに責任を擦り付け合う道しか残されていません。

私が義務教育以外のオルタナティブ教育に魅力を感じるのは、単に画一的な教育ではないという魅力の他に、教育者も家庭も「こどもを育てる」に本気で取り組んでいる雰囲気を感じるからなのだと、ふと気づきました。

どうでもいいような理由で、こどもたちを二の次にしてしまう義務教育なら、こっちから願い下げです。

123月

[Facebook・はてブ]「こどもに本物の仕事でお金の教育」記事へのみなさんの反応

3月10日に公開した[お金の教育]こどもに仕事を手伝ってもらってお給料を支給すると、お金でダダをこねなくなるという記事への、Facebookとはてなブックマークの反響です。

[お金の教育]こどもに仕事を手伝ってもらってお給料を支給すると、お金でダダをこねなくなる

 

Facebookでのみなさんの反応

※スマートフォンでは表示が崩れます

おてつだいマジック

 

はてなブックマークでのみなさんの反応

同じこと思ってた!効果ありそうだな

だいたい同じ方針です。うちの場合、実際の仕事とのリンクは祖父母の農業を手伝わせてます。本題じゃないけど小遣い帳1回1ページは良いですね!そんなに毎日買い物するわけじゃないですからね。

昔の「労働は誰かのお役に立ちたいと言う真心で行う物なので、おかねやお菓子で釣る方法はだめだ」って育児がブラック企業がのさばる原因だったのかもしらないなあ

お手伝い参加への動機付けを道徳的から金銭的なものにスライドさせないか心配。お金には限りがあるという概念は”パパがすっからかんな財布を見せる”でいいんじゃない。自分は親父にされました。

人生は親の価値観で結構変わるとも思います。娘さんが羨ましい!

報酬がないと何もやらなくなる不安が。やる気に関する驚きの科学 http://www.aoky.net/articles/daniel_pink/dan_pink_on_motivation.htm

↑リンクの内容はこちら。
やる気に関する驚きの科学

お金のことがわかっても他の大事なことを失うような。。会津藩士の子供が縁日に行って飲み食いしたとき、巾着ごと店のおっちゃんに預けて必要分だけ勝手に取ってもらったというエピソード思い出す。

4歳にお金の事を教える必要ってあるか? 分別できてからにすれば、もっと楽だろう。その時間や労苦を子供の学習体験やスポーツに割り振った方が良いのでは? と思ってしまった。

守銭奴にになりそうな予感が

守銭奴になる事を危惧する声が多いけど、無償奉仕を当たり前とする教育は大人になってから社会に対する要求が強くなる(「○○は△△すべき!」)ので、むしろこっちの方が周りに気遣える大人になるんじゃないかなー

ねだる、ごねる子供に買えない理由を説明したところで理解できるはずがない。金は労働(行動)の対価であるということを教えるには実際にやらせたほうが早い。金にルーズよりうるさいほうが将来的に良いんじゃないか

子育てに正解なんかないんだ、ってクソつまらないことが、自分でやるようになって身に沁みる。

親からの愛情とかお金を条件つきで与えるようにしていると、子供が成長しても無条件で与えられる愛情を素直に受け入れられなくなりそう。

お小遣いがダメと断言されてるけど、それは子供によると思うよ。うちは年長で家の手伝い1回10円だけど、金額の多寡の感覚が身についてきた。 ずっとこれでは浅いと思うけど、導入としてはアリだな。

レモネードの露天販売(アメリカ)みたいな間隔かなぁ。ちょっと違うか。

↑ほとんど同じです!

4歳には早いような気がする。3ケタの足し算引き算が特に。あと家事のように無償だけど子供にも覚えさせたいものをしてもらうときはどうするのか。

↑計算は手伝ってます。

“お金は、好きなことや楽しいことをしてもらうもの”すきなことや楽しいことでないことを仕事にせざるを得なくなった場合にきつくなりそう。

私はいまだ度胸がつかず……女の子は、将来無償奉仕として家族への家事があると思うから、その時にいくら家事しても対価はもらえないと知った時はもうね…(だんだん話が違ってきているwww

考え方は面白いけど「好きを仕事に」という教育は一歩間違えると視野も選択肢も狭まる危険があるのでは。仕事は自分で楽しくする&好きになるものでもあると思う。

 
引用元はこちら。
はてなブックマーク – [お金の教育]こどもに仕事を手伝ってもらってお給料を支給すると、お金でダダをこねなくなる

 
【Twitterでの反応はこちら】
[Twitter]「こどもに本物の仕事でお金の教育」記事へのみなさんの反応

123月

[Twitter]「こどもに本物の仕事でお金の教育」記事へのみなさんの反応

3月10日に公開した[お金の教育]こどもに仕事を手伝ってもらってお給料を支給すると、お金でダダをこねなくなるという記事に、様々な反響をいただきました。

個人的にも、周囲に同じことをしている友人・知人がおらず、どのような反響があったのか興味深かったので、Twitterでの反響まとめてみました。

[お金の教育]こどもに仕事を手伝ってもらってお給料を支給すると、お金でダダをこねなくなる

 

Twitterでのみなさんの反応

 
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[Facebook・はてブ]「こどもに本物の仕事でお金の教育」記事へのみなさんの反応

113月

[取材レポート]授業のない学校『東京サドベリースクール』へ娘と遊びに行ってきました。

一般財団法人『東京サドベリースクール』から招待を受けて、もうすぐ5歳になる娘と一緒に遊びに行ってきましたので、レポートします。

きっかけは、以前書いたこちらの記事。

子供にやりたいことだけをやらせる「サドベリースクール」についての私的まとめ

もともと私は、「もし子供たちが小学校に行きたくないって言い出したときのために、ほかの選択肢を用意しておこう。うっしっし」という考えでいました。

選択肢の一つとしてサドベリースクールの存在を知り、おもに自分自身の考えを整理するために書いた記事です。これが、東京サドベリースクール代表の杉山まさるさんの目に止まったそうで、メールをいただきました。

 

東京サドベリースクール概要

サドベリースクールの特徴については、上記のまとめ記事をご覧ください。

一言で表現すれば、こどもの自発性を最大限に尊重する学校です。

授業もカリキュラムもチャイムもなく、ひたすら自分自身の責任において「何をするか」「何をしないか」を決めます。

一般財団法人 東京サドベリースクール

東京サドベリースクールの理念は、

・あるがままの自分を信頼し選択することで自分の人生を生きる
・自由と社会性の調和

の2つです。これも、こどもたちも含めた皆で、じっくり時間をかけて話し合って、決めたそうです(サドベリーでは、こどもも大人と同等の一票の権利を持つ)。

個人的に、注目しておきたいのは後者です。サドベリースクールと言うと、こどもに我慢をさせない学校だと勘違いする方も少なからずいると思いますが、実際には自分たちで決めたルールを必ず守らなければいけません。なぜなら、

「サドベリーは自由ではありますが、自由だけで他の人のことを考えないのでは、自分勝手でしかない(杉山まさる)」

からです。コミュニティとしての調和を遵守しつつ、自分の好きなことを見つけて自由に行動できるのが、東京サドベリースクールということでした。

 

東京サドベリースクールの風景

突然、オーブントースターを持って2階に駆け上がった女の子たち。何事かと思ったらプラ板づくりを始めた。
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キッチンでは料理をする姿も。毎日のように料理をしているという彼女は18歳で、この春に卒業していくそう。
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音楽が好きでスクール内でコンサートを開催する子、小説を一日中書いている子など、それぞれに個性を磨いている。仮に1日中ゲームをやっていたとしても、誰も止めさせようとしないし、叱らない。
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率直な感想

サドベリースクールを、天国のような環境だと肯定的に捉える方も、少なからずいらっしゃると思います。

が、基本的には、「並みの神経の親では入学させられないだろうな」というのが率直な感想です。

たとえば、ゲームに何時間も夢中になっている子を見れば、「こんなことに時間を費やしているうちに、ふつうの小学校に行っている子は漢字を覚えたり、足し算・引き算のやり方を習っている」という現実が、少なからずのしかかってきます。

日本人ならば、ほとんど誰もが、同じ水準の教育を平等に受けてきた経験があるわけで、これは致し方ないところでしょう。

実際には、数時間の間に、ゲームをやっている子は入れ替わっていたし、十数人がいる中でゲームをやっていたのは数人でしかありませんでした。

何年もゲームだけやり続けるということは、絶対にありえません。

が、理屈を越えて「本当にこれでいいのか?」という感情がわき起こってしまうのが、一般的な感覚だと思います。

これが実際に東京サドベリースクールに足を踏み入れて、はじめて得られた実感です。それ以外は、個人的には、想定外だったり意外だったりした部分はありませんでした。

自分がやりたいことを自分で決めてやっている、異年齢の子たちのコミュニティで日々を過ごせるという価値は、他ではなかなか得られるものではなく、申し分がないと思いました。

 

娘の感想

もうすぐ5歳になる娘は、行く前から、

娘「学校に行くの始めて」ヾ(〃^∇^)ノわぁい♪

という感じで、到着して玄関に入った瞬間からくまなく家宅捜索を始め、あちこちいじり回していました。

生徒たちの輪に紛れ込む姿は、すでに3年間くらい通っているように違和感がなく、思わず苦笑してしまったくらいです。

いつもの保育園とどこが違ったか?を尋ねると、

娘「2階に行けるところ」(‘-‘*)エヘ

との回答で、幼児の言葉足らずを捕捉すると、自分の意志で好きなところへ行っていい、というところが、とてつもなく新鮮だったようです。

確かに、小中学校はもとより、保育園でさえ、みんなと同じ場所で、みんなと同じことをさせます。落ち着きがなく、みんなと同じことができないと、それがあたかも悪い事であるかのように考えてしまうのが一般的な日本の教育です。

ちなみに娘は帰り際に、ものすごーくグズりました。

外に出てバス停に向かう途中も、非常に怒っており、

「ゆいもあんなふうに生活したい!パパなんかもういいから!!」ヾ(*`Д´*)ノ”彡☆

と手がつけられない状態でした。

 

東京サドベリースクール・スタッフ杉山まさる|一問一答

最後に東京サドベリースクール・スタッフの杉山まさるさんとの雑談や対話の中から、心に残ったやりとりを、一問一答形式で紹介したいと思います。

 
Q. サドベリースクールのスタッフは、その性質上、小学校の教師のように授業の準備、宿題づくり、学級通信づくりなどはないと思いますが、どのように時間を使っていますか?

大きいのは、学校の維持に必要な作業です。メール対応、金銭面の管理、パワーポイントの資料作成、ホームページの管理、入学希望者への説明・面談。公立学校の教師は経営の心配をする必要はありませんが、東京サドベリースクールではすべて自分たちでやる必要があります。特にサドベリーのような学校は、色々なご不安があって、入学される方がそれほど多くはないので、難しさがあるのは事実です。

 
Q. 「サドベリースクールはこどもに我慢をさせない学校なのではないか」という誤解があるのではないでしょうか。

ときどき誤解はあります。実際には、けっこうこどもたちは我慢しています。東京サドベリースクールはみんなの場所なので、自分たちで決めたルールは守らなければいけないからです。ただし、理不尽な我慢はありません。たとえば欲しいものがあれば、自分で動いて、しかるべき行動と手続きがあれば、手に入れられる学校です。

 
Q. 小学校時代を思い返してみると、彫刻刀セットだとか、裁縫セットだとか、みんな一律に買わされたのが、今になって思うと不思議です。サドベリースクールは正反対の考え方ですよね。

人はそれぞれ違います。興味を持つ対象も、どういうタイミングで学びたいと思うかもそれぞれ違うので、そのときに必要なことを本人が選んでいけばいい、という考え方です。

 
Q. これからの時代、現在の画一的な教育のあり方に疑問の声を挙げる人が増えてくるのではないかと感じているのですが、いかがでしょうか。

サドベリースクールは、すべての子に合う学校ではないと思っています。ただ、今ある一つの教育システムだけではなくて、いろいろな教育が近所にあって、あなたはシュタイナーなんだね、あなたはモンテッソーリなんだね、あなたは一般的な学校なんだね、みんな違うけどどれもOKだよね、というふうに、それぞれに合った教育を選択するのが当たり前な社会になれば、それが一番健全なのではないかな、とは思います。

 
Q. サドベリースクールでは、こどもの自発性を尊重するわけですが、知らない事に対して興味は持てません。興味のきっかけの提供についてはどのような考え方ですか?

私たちでは、特になにもしていません。きっかけを提供しようとすると、「大人がさせたいこと」になってしまうからです。こどもがしたいことをさせるのがサドベリースクール。こどもさんの世界を広げるのは、スクールではなく、家庭の役割になります。

 
Q. 「読み書き算数など、最低限の教育だけでもやったほうがいいのではないか」という意見もあると思いますが。

すべてこどもたちに任せています。本人がやりたいと思ったり、学ぶ必要があると感じたときに学ぶのが一番だという考えです。それ以外のタイミングでやらせようとすると、むしろ嫌いになってしまったり、「これが必要だ」と自分で考える力を奪ってしまう可能性がある、という考え方です。

 
Q. 一度も通常の小学校などに通った経験のない子の事例はありますか?

東京サドベリースクールは生まれてまだ5年、もうすぐ6年ですが、小学生からアメリカのサドベリースクールに通っていた15歳の女の子が在籍しています。読み書きや計算もできますし、敬語も使えます。マンガを読んでいるとわからない字が出てくるのでお父さんお母さんに聞いたり、スーパーやコンビニで買い物をするのに計算ができないと困るので学んだり。彼女は学ぶことにストレスがないですね。

 
Q. サドベリースクールに通わせる際に親として難しいのはどんな点ですか?

こどもを信じていつまで待てるか?です。サドベリースクールは1年や2年通う場所ではなくて、10年通って成果が見えてくる場所です。極端に言えば、18歳になって足し算・引き算ができなくても待てるのかどうか。実際には足し算・引き算はみなできますけどね。

 
以上、一部ではありますが、杉山まさるさんの言葉を紹介しました。

もちろん、この一問一答は私が要約したものです。疑問に感じる点があったり、東京サドベリースクールに関心を持ったりした方は、ぜひ直接スクールまでお問い合わせください。

一般財団法人 東京サドベリースクール

見学のきっかけをくださった杉山さん、当日受け入れてくださった生徒のみなさん、楽しい経験をありがとうございました。娘ともども御礼申し上げます!

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