Tag: 働き方

51月

保育士は、保育園以外でお金をもらったっていい

2016年後半より、キャンプ・アウトドアで、新しく事業を始めています。

経緯はこちらに書いていますが(需要があるのに、誰もやってなくてラッキー)、

【ご報告】キャンプ・アウトドアで事業を始めました

事業を設計するにあたって、もう一つ、頭に浮かんだことがあります。

事業を通じて、保育士に報酬を渡せれば、

「保育園でない職場でお金を稼ぐ選択肢があるんだ」
「保育園以外でお金をもらっていいんだ」

と、保育士が、気づくきっかけになるんじゃないか、ということです。

 

パパ・ママから極めて評価が高い、asobi基地キャスト

私が代表を務める、asobi基地アウトドア部では、「asobi基地キャンプ」というキャンプイベントを、年4回前後、実施しています。

メインとなる夏キャンプは、40名前後のイベントを2回実施するのですが、計80名ほどの定員が、ほぼ48時間で埋まり、10〜20組のキャンセル待ちが発生するほどの、大人気です。

人気の理由は、いくつかあるのですが、asobi基地キャストの存在が、一つ挙げられます。

asobi基地キャンプでは、必ず、保育士や、幼稚園教諭、ベビーシッターなどを中心とする、asobi基地キャストが参加します。

参加者のパパ・ママが、asobi基地キャストを評価する理由は、単に、子どもを見てくれるからではありません(asobi基地では、原則、託児を行いません。asobi基地キャンプでも、子どもの安全確保の責任者は、保護者です)。

「子どもとの接し方であったり、声掛けの仕方であったり、喧嘩の仲裁であったりに、ハッとさせられました」

「うちの子が、○○が好きだなんて、驚きました。△△な一面があるだなんて、親子だけでは気づけませんでした」

という感想が、パパ・ママから、聞かれるんです。

 

プロなのに保育園しか活躍の場がないのはもったいない

実際は、asobi基地キャストも、その場その場で、悩みながら対応しています。

が、それでもやはり、ほぼ自分の子どもしか見ないパパ&ママとは、知識と経験の “幅” が違います。

保育士というのは、対乳幼児の専門知識とスキルを持った、プロフェッショナル(もちろん、保育士以外の職種でも、同様)。

彼ら彼女たちが、保育士なら保育園しか、活躍の場がないというのは、とてももったいない!

現場に馴染まない、膨大な潜在保育士の数を考えても、それぞれにふさわしい場で、それぞれの力を発揮できるほうが、望ましいでしょう。

 

自らの手で切り拓くしかない現状

けれども、もし保育園以外の場所で、お金を稼ごうと思ったとしても、日本社会に、そういった場が、当たり前のように用意されているわけではありません。

自分で切り拓くしかないのが、現状。

もちろん、保育士が、いきなり個人事業主としてやっていけるかと言ったら、そうではないケースが、圧倒的に多いはずです。

なぜなら、専門の学校を卒業して、そのまま保育園で働き出したとしたら、マーケティング思考を覚える場が、存在しないからです。

どんなに、価値を提供できたとしても、

  • それを必要とする人がどこにいるか
  • その人たちに届けるにはどういう経路があるか
  • どのようなアプローチの仕方をすれば伝わるか

といった考え方ができなければ、自らが持つ価値を、お金に替えることができません。

 

マーケティングは意外と難しくない

状況は簡単ではありません。

が、とはいえ、学ぼうと思えば、比較的簡単に学べる内容であるのも、事実です。

なぜなら、ビジネスの基本中の基本で、コンビニだろうが、近所のスーパーだろうが、当たり前の考え方だからです。

私立の園であれば、園の経営を考えたり、父母や地域の要望に応えたりするのも、同様です。

あらためて学んでみたら、おぼろげに知っていた考え方ばかりで、

「ああ、こういうのをマーケティングと言うのね」

と、拍子抜けする人も、少なからずいそうです(特に、一般企業を経験している人は、そのような感想を持つケースが多そうです)。

 

園以外でお金をもらったっていい!

とすれば、あと足枷になるのは、保育士自身の、自己評価の低さではないでしょうか(もちろん、社会側の評価の低さに、強く影響を受けているはずです)。

asobi基地に集う保育士たちは、平日は園でみっちり働きながら、土日祝日は、asobi基地のイベントを実施したり企画したりと、いつも全力です。

そんな意識の高い人たちでも、

「自分自身に、保育園以外でお金をもらう選択肢がある」

と気づいている人は、ほとんどいないのではないか、と感じます。

可能性があるのは知っていても、それは一部の特殊能力のある人たちの特権で、自分には縁のない話と、思い込んでいるのではないか、と。

 

保育士に、保育以外で、報酬を

キャンプ・アウトドア事業を通じて、保育士に報酬を渡すことができれば、観念論ではなく、実例を見せることができます。

あるいは、体感してもらうことができます。

報酬も、マクドナルドのアルバイトレベルではなく、最低でも、日給1万円の水準で、払えるように、設計しています。

園以外で、気軽に稼げる場をつくろう、というわけです(希望者には、個人事業の作り方を、無償レクチャーもします)。

asobi基地で保育スキルを伸ばして、asobi基地キャンプでアウトドアに慣れて、保育を活かした仕事で(園以外で)報酬をもらう……という流れができてくれれば、いいなー。

価値を提供できる人は、見合った報酬をもらうべきなんですから。

1111月

「資生堂ショック」3つの論点と、資生堂ブランド戦略の誤算

資生堂は、キャリア志向の女性を応援し、社員自らが実践しつつ、先進的なライフスタイルを提案してきた企業です。

しかしながら、私たち現代人の価値観の多様化にともない、資生堂が提案する「先進的なライフスタイル」は、一部には共感を呼んでも、その他には理解されにくくなってきています。

“「美しい生活文化の創造」を企業理念に掲げ、自分らしく生きたいと願う人々の幸せの実現に貢献し続ける” というビジョンを掲げる資生堂ですが、「自分らしく生きたいと願う」のは、キャリア志向の女性だけとは限りません。

「資生堂ショック」は、日本社会の変化を読み違えた、あるいはキャリア志向に馴染まない層を戦略的に考慮した情報発信を行えなかった、資生堂の誤算により生み出されている一面があります。

 

「資生堂ショック」の内容まとめ

育児休暇や短時間勤務などをいち早く導入してきた、と言われる資生堂。

子育て中の女性社員にも、平等なシフトやノルマを与える改革を打ち出し、議論を呼んでいます。

“資生堂ショック” 改革のねらいとは|特集まるごと|NHKニュース おはよう日本

対象は、全国のデパートやスーパーなどに入っている、資生堂の化粧品売り場で働く、美容部員と呼ばれる女性社員たち。

資生堂ジャパン 営業統括部 新岡浩三営業部長
「過去の習慣的に、育児時間(短時間勤務)取得者は早番、暗黙のルールがあった。
いちばん忙しい時間に1人足りないということが発生していた。
そういう時間にいないことが(販売の)機会喪失につながっていたのではないか。
そこについては悩んでいた。」

販売の現場では、子育てをしていない美容部員に遅番・土日勤務の負担が集中。
こうした社員からは「不公平だ」「プライベートの時間がない」などの声が続出するようになりました。
経営陣は制度運用の見直しを迫られたのです。

“資生堂ショック” 改革のねらいとは|特集まるごと|NHKニュース おはよう日本

結果として、短時間勤務の利用者でも、1ヶ月間あたり、

・土日8日のうち、2日間
・遅番10日間

の勤務を基本とし、会社が決定する、という仕組みを導入しました。

 

論点1「企業組織のあり方」/極めて合理的かつ現実的な制度改革

NHK記事にまとまっていますが、資生堂の美容部員には、

1. 売上の低下
2. 繁忙期の人手不足
3. 社員の不満増加

という課題があり、経営陣、および現場でマネジメントする立場の人間からすれば、なにかしら対策を打つ必要がありました。

私も会社員時代には、管理職の経験がありますが、組織論や、経営の観点からすると、今回の「短時間勤務の利用者でも、1ヶ月あたり土日2日間・遅番10日間勤務」改革は、極めて合理的かつ、現実的な改革に見えます。

詳しくは、国保さん(経営学)の解説が参考になります。

資生堂ショックと言われていますが、これを読むと、資生堂は十分配慮していると感じました。「夫や家族の協力は得られるかなどを聞き取ってシフトを決める」「協力者がいない場合はベビーシッターの補助を出す」とか。これを機会に「妻が子育てをやって当たり…

Posted by 国保 祥子 on 2015年11月9日

 

「時短は成長に繋がる経験機会をほぼ永久に失う」については補足が必要だと思います。

国保さんの執筆記事から引用しますが、

時短制度の利用者が増えているにも拘わらず、時短制度利用者とフルタイム勤務者との業務配分と評価、どのように業務のフォローをするのか、労働時間の違う従業員がいるときの情報共有の方法など、管理上のノウハウはまだまだ確立されていません。その結果、管理者は誰がやってもあたりさわりがない業務、責任範囲の小さい業務を時短制度利用者に割り当てる傾向があり、これを「マミートラック」と呼びます。これは決して嫌がらせではなく配慮の結果である場合も少なくないのですが、いったんマミートラックにのった女性は適切な業務経験を積むことが出来なくなって成長機会を失ってしまうため、その以降の能力開発やキャリア形成が難しくなります。

【講座】第5回(全5回)女性が管理職になりたがらないほんとうの理由(5/5) – 経営プロ

成長は、質の高い経験によってのみ可能です。

ところが、時短勤務者には、いくつかの理由から、当たり障りのない仕事が回される傾向があります。

結果、成長の機会を得られず、上司も重要な仕事を与えにくくなり、負のスパイラルに陥っていきます。

 

「不公平」との声が上がるのは現実問題として仕方がない

また、「子育て中の女性だけに優しく、それ以外の人材に負担を強いる制度は、若い世代の離職を進める」という指摘も、現実問題としてその通りでしょう。

特に資生堂の美容部員からは、実際に「不公平」との声が上がっているわけです。

もちろん「子育ての負担を理解していない」「こういう人は、自分が子育てする番になって、途方に暮れるんだろうね」という意見にも、一理あるでしょう。

が、自らが経験するか、間近で見ない限り、子育てに必要な労力は、正確に見積もれません。

私も、最初の子どもが生まれてみて、妻の負担の大きさに驚き、「これじゃ全然話にならない……」と仕事をやめ、結果として個人事業主になった身なので、実感するところです。

 

目の前の問題を解決するための合理的改革

この改革により、

1. 繁忙期の人手不足の解消
2. ともなう、販売の機会喪失の改善
3. 社員の不公平感の解消
4. 時短利用者の成長機会喪失の回避
5. 子育ての労力を実感をもって理解できない世代の不満解消

などの課題解消が実現できます。

経営状況、限られたリソース、社会環境……などなど、いま置かれている状況の、目の前にある課題を解決する手段としては、合理的な改革と言えそうです。

 

論点2「価値観の多様化による分断」/“働きたい人だけが働ける” 時代の到来

もう1つ知っておく必要があるのは、資生堂はキャリア志向の女性を中心に応援してきた企業である、という事実です。

以前、資生堂主催『2023年 日本の男性の未来 フューチャーセッション』を取材した経験があり、そのときにも実感しました。

正確には「キャリア志向の女性」ではなく、

私たち資生堂は、「美しい生活文化の創造」を企業理念に掲げ、自分らしく生きたいと願う人々の幸せの実現に貢献し続けることで、サステナブルな企業価値の向上をめざしており、

トップが語るビジョン – 100年先も輝き続ける資生堂をつくる

「自分らしく生きたいと願う人々」の「幸せの実現」に、“美” で貢献していくのが資生堂です。

つまり、「家」にすべてを捧げる前時代的な女性像ではなく、社会の中で、一人の人間として、仕事も家庭も諦めることなく、いきいきと活躍したい…と願うような層をお客としている企業であるわけです。

 

子育て中でも平等に成長機会を提供し、成果を出すチャンスを与える

しかも、顧客を応援するだけでなく、資生堂の社員自らが実践し、先進的なライフスタイルを提案してきました。

(だからこそ、育児休暇や短時間勤務などを、いち早く導入することができた)

つまり、今回の改革は、資生堂が考える「キャリア志向の女性の幸せの実現」のために、必要な措置だった、と読めます。

国保さんが指摘するように、時短勤務は、成長機会を奪われますし、成果も出しにくくなるのが一般的であるようです。

この事実を知らないと、「子育て中の女性社員にも、平等なシフトやノルマを与える」という改革は、改革というより改悪に見えます。

が、実際には改悪ではなく、キャリア志向の女性たちにとっては、「子育て中でも平等に成長機会を提供し、成果を出すチャンスを与える」というポジティブなもの。

そして、それを無理なく実現するための環境整備をサポートをしよう、という試みです。

 

資生堂に共感できない層が少なからず存在する

それでは、なぜ反感が生まれるのでしょうか。

答はシンプルで、資生堂が提案する新しいライフスタイルに、あなたが馴染まないからです。

「仕事も家庭も両立して、バリバリのキャリアウーマンとして社会で活躍する」という志向は、価値観の多様化が進み、定着した現代社会においては、一部の女性の希望でしかありません。

国保さんが言及しているとおり、資生堂は、改革を着実に押し進めるために「夫や家族の協力は得られるかなどを聞き取ってシフトを決める」「協力者がいない場合はベビーシッターの補助を出す」などの配慮をしています。

が、一方で「こうした働き方ができない人は、資生堂の美容部員は務まりません」という明確な意思表示とも読めます。

「夫や家族の協力は得られるかなどを聞き取ってシフトを決める」というのは、「協力が得られない人は土日勤務や遅番を免除する」ということでは、恐らくないでしょう。せいぜい、いつなら出勤できるか、調整する程度。改革の理由として、時短勤務に対する不公平感を挙げているわけで、「夫や家族の協力が得られない人は免除」というやり方では、解決しません。夫や家族の協力が得られないのであれば、ベビーシッターや、地域サービスを使って対応しなさい、ということであるはずです。

資生堂の事例は、独自の社風に基づいた、少々極端なケースかもしれません。

しかしながら、私たちは、本当にさまざまな価値観を持ち、それぞれ異なるモチベーションで、生きています。

企業としては、すべての人にとって働きやすい環境を整えるのは、不可能です。

何かしらの価値観に基づいて、制度を設計し、社員を動かしていかなければなりません。

この企業で働けるのは、この企業の価値観に共感し、働きたいと思う人だけ。うわべだけでなく、ワークスタイル、ライフスタイルが完全一致していないとやっていけない。

そんな時代が到来しつつあるのだと感じました。

 

論点3「企業&ブランドイメージ」/馴染まない層を考慮した情報発信を行えなかった誤算

今回、資生堂の誤算は、「自分らしく生きる=キャリア志向」と短絡的すぎた点ではないでしょうか。

前述のとおり、資生堂は本来、「自分らしく生きたいと願う人々の幸せの実現に貢献し続ける」企業です。

しかしながら、「自分らしく生きる」とは、キャリア志向だけを指すのではないはず。

専業主婦や、“子ども最優先” の女性にだって、自分の生き方を誇りに思う人は存在します。

 

「自分らしさ」の多様化が進む現代

実はインターネットが一般家庭に普及し出しはじめる2000年ごろまでは、情報流通は “太い一本の幹” でした。

このマスメディアがすべてを握っていた時代、「“女性は家庭を守るもの” という古くさい価値観から脱却する」という大きな目標を、大勢の女性が共有できていたはずです。

資生堂は、この女性たちの多くに支持されてきました。

ところが、インターネットが普及し、情報の流れに無数の支流が生まれると、我々は「自分らしさ」を追求し始めます。

人と同じであるということは大した意味をもたなくなり、それぞれが、思うままに、多様な価値観を持つに至ります。

資生堂が今回の改革で示したような、バリバリのキャリア志向は、もはや「無数にある価値観の中の一つ」でしかなくなっています。

今回、「もう資生堂商品は買いたくない」と感じているあなたは、20年前はどうかわかりませんが、今や、資生堂のお客さんではないのでしょう。

 

ブランド強化のはずが、大きな誤算

資生堂の経営陣や、PR担当は、今回の改革は、きっとプラスになると踏んだはずです。

より資生堂らしさを打ち出すことができ、ブランド強化に繋がるはずだ、と。だからこそ取材&報道が実現したのでしょう。

しかしながら、予想外の拡散の仕方をして、たとえば記事タイトルだけ見て誤解する人も生まれる状況になりました。

すると、メインターゲット以外の層を、いたずらに刺激する結果になりました。

あらゆる情報、あらゆる商品が飽和する時代に、「唯一無二のブランドイメージ」は最大の武器。

しかしながら、いくら尖っているほうが良いとは言っても、「わかる人だけわかればいい」は最大の愚策。

なんとなく資生堂の商品も買っていた、という人が、気に入らないから資生堂の商品は買わない、となりかねません。

今回の報道がきかっけで、メインターゲット以外を排除する結果になってしまうとしたら、さすがに資生堂の本意ではないはず。

改革で提案した新しいライフスタイルに馴染まない層を、戦略的に考慮した情報発信を行えなかった点は、大きな誤算となりました。

NHKの記事には「役員が制度に甘えるなと警告」「甘え」「権利だけ主張」など、刺激的な文言が並びます。

さすがにこれは、いくら言葉を尽くして説明したところで、多くが誤解するでしょう。

 
*****
 
最後に、ごくごく個人的な感想を。

時短勤務者を「不公平だ」と妬む社員の存在は、それが事実だとしても、具体的に示してはいけなかったのでは。

美容部員の中の人たちの人間的醜さが見えてしまった、あるいは想像させるような露出の仕方は、いちばん印象に残りました。

資生堂って、社員同士で足を引っ張り合う、その程度の企業風土なのね、と。

あくまでもイメージ、印象論の話で、実際にどうなのかはわからないですが。

264月

私にとってランサーズが役に立たないたった一つの理由

私にとって、ランサーズをはじめとする既存のクラウドソーシングサイトがまったく役に立たないのは、クライアントに対して自分を売り込まなければいけない仕組みになっているためです。

 

提案件数を見ただけでウンザリ

2014-04-26_1100

ランサーズが話題になっているので、ランサーズを例にとりますが、基本的には既存のクラウドソーシングサイトのすべてが同じ問題を抱えています。圧倒的な買い手市場なんですよ。

トップページを開くと、一つの案件に対して、多いときには数百の提案が上がっているのが、パッと目に入ってきます。

私は、この時点でもうクラウドソーシングサイトを使う気がゼロになります。

というより、これでも提案をしようという気になるフリーランサーたちの心情がよくわかりません。コンマ何パーセントに選ばれる自信がどこからくるんでしょう?(すでにサイト内で実績があって、クオリティにも自信があって、高確率で受注できる方は別でしょうが)。

「買わなきゃ当たらない」とか言って、宝くじを買い続けるような、数字に弱い方々なのか……と疑ってしまうんですが。うーん、どうなんでしょう。

 

ブログを書いているだけで仕事が降ってきますけど

私の場合、最大のキャッシュポイントはフリーライターなので、ブログを書いているだけで仕事が降ってきます。

記事を気に入ったり、評価してくれたりした方から、執筆依頼の連絡がきます。

ちなみに、今のところ9割以上がブログ経由でいただいた仕事です。何のコネもなくゼロからスタートしましたからね。

何の実績もなくても、自分を売り込む必要が一切ないわけです。ただブログを好き勝手に書いていれば、それが営業になっている(もちろん、仕事の依頼に繋げるための導線は作っていますが)。

こちらのスキルだったり、得意とする題材だったり、ときには性格だったりを事前に知ってもらってから連絡が来るケースが大半なので、気持ちよくやり取りできるケースが多いですし、もちろん営業の労力も必要ありません。

 

100提案中99案がボツになるクラウドソーシングサイトの致命的な無駄

Web時代なのに、なんで営業なんかしているんですか? 自分を売り込む作業が必要なんですか?

というのが、クラウドソーシングサイト全般への率直な感想です。

営業をはじめ、人づきあいがあまり好きじゃないからフリーになった、あるいはフリーになりたい人って、多いと思うんですよね。

本末転倒というか、時代に逆行しているというか。

だって無駄じゃないですか。100件の提案があって、99件がボツになるとしたら、圧倒的大多数が無駄な労力を費やしているわけですから。

 

コンテンツを見て気に入ったクライアントから連絡が来るような仕組みが理想

私のブログマーケティングもそうですが、コンテンツそのものを見てもらって、気に入ったクライアントから連絡が来るような仕組みにしてしまえば、このような無駄な労力は発生しません。

ライター案件の場合は、記名記事を掲載しているサイトが、クラウドソーシングに手を出したら、いいマネタイズになると思うんですけどね。

記事を見て気に入ったクライアントが、記事から直接、仕事を依頼できる導線を作ってしまう。もちろん、クライアント側から利用料は取る。

デザイン系の案件の場合は、デザイナー向けの『Pinterest』みたいなサイトを作ってしまえばいい。『pixiv』でヘットハンティングとか、きっとあると思うんですけど(よく知らないのでいい加減なことを言っているかもしれませんが)、同じようなイメージでサービスが成立するんじゃないでしょうか。

 
■関連記事

ブログ経由の仕事の受注も必ずしも完璧ではありません、というお話はこちら。

ブロガーに寄稿依頼する際に言ってはいけない10のフレーズ

1712月

楽しいと思える仕事を見つけろ。心の底からやりたいと思えることだけやればいい。

Yahoo!トップに上がっていた記事『「綺麗ごと」を真に受けるな! 「キラキラワード」が日本をダメにする(横山 信弘)』への賛同と異論。

個人は企業と違い、多くの失敗が許されます。個人は、無理だと思ったらすぐに止めて、次々に新しい方法に手を出してみるべきです。

「綺麗ごと」を真に受けるな! 「キラキラワード」が日本をダメにする(横山 信弘) – 個人 – Yahoo!ニュース

こちらの記事がYahoo!トップにあがっていたので、見物に行ってきました。

コンサルタントとして現場に入る際の違和感として「小さな労力で大きな成果を手に入れたい」と考える輩へ警鐘を鳴らしています。

「大数の法則」という言葉をご存知でしょうか。夥しい量の試行を実践することで、経験的確率が理論的確率に近づくことを言います。つまり、少量の試行、短期間の実践で、そのプランが正しいかどうかは決め付けられないということです。個人でも企業でも、ダイエットでも営業改革でもかまいません。誰かの考え、方法論にのっとって新しいことをスタートさせたはいいが、なかなか期待成果が得られない、ということはあります。しかしだからといって、途中でやめてしまうことはナンセンスです。小さなマネジメントサイクルを回しながら改善していきましょう。その歴史が個人や組織を成長させていくのです。

要するに、成果が出ないからと、次々に新しいことに手を出そうとするような、移り気な経営姿勢はいかん、と言っているわけです。

すごくよくわかるんですが。

 

個人は、企業に比べて多くの失敗ができる点で決定的に違う

でも、一方で、なぜそこに言及するんだろう? と疑問符が付く部分もあるんですよね。

● 「楽しいと思える仕事を見つけろ」
→ 成功者が発する最も多い「キラキラワード」。人が幸福感、充足感を覚えるのは過去との相対評価です。他人との比較ではありません。過去できなかったことができた。昔苦しいと思っていたことが楽になってきた。その相対評価によって自分の成長を実感するのです。そうしてはじめて「楽しい」と感じるのです。「ひたむき」に頑張っていた人が何事も楽しいと思えるわけで、掲げた目標を達成した過去がないのに、楽しいと思える事柄はかなり限定的になってしまいます。

● 「心の底からやりたいと思えることだけやればいい」
→ 同上。そんなはずはありません。「やりたいこと」「やるべきこと」「やれること」の3つを並べたとき、「1.やるべきこと」「2.やれること」「3.やりたいこと」の順序にならないといけません。まず「やるべきこと」を実践し続けることで自分の「やれること」が増えていきます。そうして「やりたいこと」ができるようになるからです。特に若い人、これから社会人になる人はこういう「キラキラワード」に惑わされないようにしてもらいたいです。

なぜか、企業経営の話から、個人の生き様の話になっています。

ここはちょっと、異論があるんですよね。

個人が企業と決定的に違うのは、いくらでも失敗が許される点です。無限にではないでしょうが、企業よりもはるかにキャパは大きいわけです。

例えば、お金を掛けた施策に失敗したからと言って、株主に怒られるようなことは、自立した大人にはありません。

失敗が自己責任でしかない個人は、どんどん新しいことに手を出して、やりつくしてみるべきです。

しかも個人の場合、それが自分に合っているかどうかは、それなりに経験を積んできた大人であれば、短期間で直感できます。企業ではそもそも、直感では許されず、間違っていると気づいても効果が無いと実証してからでないと動けません。

機動力がまったく異なるんです。だから企業は、一つ一つの失敗の影響が大きく、それほど多くの失敗はできません。個人のものではないので、すぐに「誰が責任を取るんだ」という話になり、動きを縛ります。

 

心の底からやりたいと思えることだけをやれ。ただし即断即決で

個人は、無理だと思ったらすぐに止めて、違う方法を試してみるべきです。少なくとも、「小さなマネジメントサイクルを回しながら改善していく」だけが正解だとは思いません。

「相対評価で幸福感や充足感を覚える」という見方には同意します。そうやって無数に試行して、可能性をどんどん限定していく中から、本当に自分に合った楽しいと思える仕事が見つかります

不思議と自分に合った要素って、細々ながらも続けていたりするんですよ。でも、そんな本当に自分に合ったものって、やはり相対評価でないとなかなか認識できないんですよね。

結論は、心の奥底にストレスを抱えたまま働きたくないのであれば、心の底からやりたいと思えることだけやればいい

ただし、即断即決で。

個人だからこその機動力は最大限に活かす。

「心の底からやりたいと思ったことだから」と言い訳をして、違和感を見ないふりするんじゃ、横山氏の言う通り、ただ楽をしたいだけです。

1910月

僕には公務員なんて絶対に務まらない。

みんな、子供たちや妻や大切な人よりも「公」を優先できる? 僕にはできません。

 

公務員の仕事の重さは非人間的ですらある

伊豆大島(東京都大島町)が土砂崩れの危険のなか、住民に対して避難勧告を出せなかった件で、行政のミスが指摘されています。

【伊豆大島】「過小評価」「予測甘い」 被害拡大は行政の不作為か +(1/3ページ) – MSN産経ニュース

僕は今回の台風災害で、漠然と、東日本大震災のときの感覚を思い出したんですよね。

「公務員の仕事の重さって、ほとんど非人間的なんだよな」と。

公務員というと、まるで楽な仕事の代名詞のように語る人もいるかもしれません。

僕自身、社会の中での自分の役割をうまく見つけられなかった数年前は、「公務員にでもなるか」と思っていました。

実際、転職のタイミングでは、市役所の求人を見たりもしましたね。ここになら居場所があるかもしれない、と。

とんでもないですよね。今思うと、まかり間違って採用されていなくて、本当に良かったと感じるんです。迷惑をかけるか、すぐに辞めていたに違いない。

人間として、どこを拠り所としているのか、どこにベースがあるのかと考えると、僕には公務員なんて絶対に務まらない(もちろん、公務員と言っても様々なので、職種にはよるのだと思いますが)。

 

「私」より「公」を優先するのが公務員

東日本大震災のとき、当事者となった自治体の行政関係者、そして国家公務員の方々は、それこそ不眠不休に近い状態で対応に当たったと聞いています。

公務員の中にも、家族の安否を確認できない人がたくさんいたはずです。もし安否を確認できたとしても、顔を見に帰るわけにもいかないわけです。

これって、ブラック企業どころじゃないですよね。ほとんど非人間的と言ってもいいと思う。

僕だったら100%、現場を捨てて、家族の元へ向かいますね。絶対に。間違いない。

僕は家族、とくに子供たちが最優先の人間なんです。子供たちより大切にすべきものは他に存在しない。

危機的状況、非日常的な状況に陥ったときこそ、子供たちの側にいてあげたい。

 

責任の重さは計り知れない

僕はいま現在はフリーなので、心配ありません。いくらでも、思う通りに行動できます。求める環境に落ち着いたんだよなぁとしみじみ思います。

もし会社づとめでも、多くのケースでは現場を捨てても問題ないでしょう。少なくとも、僕のキャリアの中では、僕が突然消えたからと言って、誰かが死ぬような仕事は、ありませんでした。

でも、行政に関わっていたら、そうはいかない。

大災害が起きれば、自治体の職員が対応に当たらなければならない。情報を伝えなければ避難が遅れて大惨事になる、救助が遅れれば誰かが死んでしまう、などなど。

伊豆大島の台風災害では、確かに、行政の対応や、気象庁の情報伝達に問題があったのかもしれません。改善できる点はもちろん存在するでしょう。

それとは別のところで、僕は、公務員の仕事の重さを実感せずにはいられなかったんです。

体制不備、判断ミスが、救えたかもしれない命を消してしまう結果になる。

大島町長や、現場責任者が、どれほどまじめな人だったのか、あるいは怠惰な人だったのか、僕は知りません。ただ、「自分たちがもっとうまくやっていれば死ななかったかもしれない」という十字架を背負うのは、並大抵のことではないですよ。

総人口8,000人しかいない島社会で、肩身も狭いだろうし。

自殺したりしなければいいけれど。

TOPページ サイトマップ 更新履歴