Tag: 乳幼児の子育て

96月

子どもがどんなオモチャよりも夢中で遊び続ける“asobi基地” お家でのやり方まとめ

asobi基地は、自宅でも簡単にできます。

2012年の第1回開催からasobi基地に遊びに行っている、asobi基地歴約3年の我が家が、asobi基地のやり方、コツ、注意点などを、たっぷり紹介します。

 

子どもは市販のオモチャにすぐ飽きる

どんな名作映画も、名作小説も、二度目には魅力が目減りします。すでにストーリーを知っているので、先が読めてしまうからです。

もちろん、名作なのだから、ストーリー以外の部分を、じっくり味わうこともできるでしょう。でも、やっぱり、「未知」という要素は、他に代えがたい魅力があるのも事実です。

さて、市販のオモチャは、どんなに手の込んだ作りでも、子どもは割とすぐに飽きてしまいます。

理由は簡単で、遊び方が決まっているからです。

うちの息子(3歳)は、保育園のお友達の多くがそうであるように、戦隊モノが大好きです。でも、トッキュウオーを買ってあげても、ロクに遊びませんでした。

子どもは、「このオモチャでは、どんなことができるかな?」と一通りいじくり回してみて、把握してしまうと、途端に興味を失うんです。

 

asobi基地が飽きないのは、子どもが自らストーリーを作り出すから

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asobi基地では、子どもがとにかく飽きません。

午前中から夕方まで遊び通しても、「いや!まだ帰らないから!!」と絶対に納得しない子が、珍しくありません。

うちの娘(6歳)も、何度「まだ遊び足りない\\٩(๑`ȏ´๑)۶//」と言って、泣いたでしょうか。

asobi基地が、こんなにも子どもたちを惹きつけるのは、子どもたちが自ら、遊びを作り出しているからです。

3歳の息子が、ふと思いついて、瓶ビールの空き箱に紙コップを突き刺しはじめる。「かき氷やさん!」

3歳の息子が、ふと思いついて、瓶ビールの空き箱に紙コップを突き刺しはじめる。「かき氷やさん!」

それを聞いたお姉ちゃん(6歳)が、「ちょっと待ってて!」と張り切って、色画用紙をちょきちょき。桃味とバナナ味のかき氷に。

それを聞いたお姉ちゃん(6歳)が、「ちょっと待ってて!」と張り切って、色画用紙をちょきちょき。桃味とバナナ味のかき氷に。

ストーリーは、ほとんど無限に変化し、一度として同じにはなりません。

常にマルチストーリー、常にマルチエンディング。

これは間違いなく、この世で最高のエンターテイメントの一つです。

子ども時代はTVゲームをやり尽くし、学生時代は作家を志し、いまはディズニーを仕事にしている私は、asobi基地で遊ぶ子どもたちを見ていて、確かにそう思います。

 

asobi基地とは「子どものやりたい!という意欲が豊かに引き出されている場」

asobi基地は、保育士の小笠原舞さん、こども精神科医の小澤いぶきさん、子育てアドバイザーのよしおかゆうみさんの3人によって、2012年に設立されました。

asobi基地 オトナもコドモも平等な場所

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今では、子育て支援コミュニティ全体の名称となっていますが、大元は、特徴的な子どもたちの遊び場の名前です。

“子どもたちの遊び場” としてのasobi基地は、子どもの自由な発想や、「やりたい!」という意欲が、豊かに引き出されている場を指します。

物理的な特徴は、はさみ、のり、セロテープなどの「シンプルな道具」と、紙コップ、ダンボール、画用紙などの「素材」しかない、ということです。

そんなもんで遊べるのか、と思うのが、大人の感覚ですが、子どもの想像力、固定観念に縛られていない自由さというのは、本当に凄いんです。

好きに遊んでいいとわかると、子どもは次から次へと遊びを作り出します。

 

子どもに「ダメ」と言ってはいけない

子どもの「やりたい!」という意欲が引き出されるようにするには、どうしたらいいか。

いくつかポイントがあるのですが、第一に「否定しない」「禁止しない」ということが重要です。

大人だってそうですよね。会社の上司に「会社の不利益になることはするな」と頭ごなしに叱責されたら、やる気がなくなります。

有能な上司は、「それはいい。会社の不利益にならないように、どういうやり方があるか、アイデアを出してみてくれ」と、肩をポンと叩く。

「危ないからそんな持ち方しちゃダメ!」と言いたくなるけれど、ちょっと一呼吸。彼の笑顔を見よ。楽しくてたまらないのだ。「手をこっちにもってきて、ここを持ってごらん」と、刃の下に手がこないように誘導。「ハサミがここ(手)に刺さったらどうなるかな?」と捕捉するのもいい。

「危ないからそんな持ち方しちゃダメ!」と言いたくなるけれど、ちょっと一呼吸。彼の笑顔を見よ。楽しくてたまらないのだ。「手をこっちにもってきて、ここを持ってごらん」と、刃の下に手がこないように誘導。「ハサミがここ(手)に刺さったらどうなる?」と補足するのもいい。

asobi基地では、子どもの自由な発想を引き出すために、子どもに対して「ダメ」と言ってはダメ、というルールがあります。

「ダメ! あなたにはまだ危ないから、ハサミは触らないで!!」

我が子に、こんなことを言っていませんか?

「こういうふうに持ってごらん。じゃあ、一緒に切ろうか」

同じ「安全に遊ぶ」という目的でも、禁止するかどうかで、こんなにも印象が変わってきます。

 

たった2,000円で立派なasobi基地ができる

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asobi基地は、近所に100円ショップさえあれば、2,000円程度で、誰でも自宅で簡単にできます。

・はさみ(2つ)
・のり
・セロテープ
・クレヨン
・色画用紙
・折り紙
・紙テープ
・洗濯ばさみ
・パステルカラーのふせん
・紙コップ
・割り箸
・リース(玄関の飾り)の原型
・スポンジトレイ
・パーティ飾り
・ふとんたたき
・シューズハンガー

上の写真にあるものは、以上の17アイテム。

100円ショップなので、税込1,836円です。

【ポイント】
・遊び方が決まっているもの(オモチャ)は除外する
・何を買っていいかわからなかったら、子どもたちに選ばせる
・大人の感覚で「こんなもの、つまらない」「遊びの道具じゃない」と決め付けない(この日の一番人気は、ふとんたたきとシューズハンガー。大人の感覚ではまず選べないアイテム)
・床のシートは必須ではないけれど、あると特別感が出て、子どもたちが喜ぶ
・なるべく禁止しないで済むように、「場所選び」や「準備」を万全に
・たとえば、壁に絵を描きそうだったら、最初から壁に模造紙を貼っておこう

 

asobi基地らしい場を作るための、親の心構え

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asobi基地には、4つのルールがあります。

これを噛み砕いて、具体的にどうすればいいか、私なりに「親の心構え」を解説すると、以下となります。

 
1. 子どもの「やりたい」という意欲を最優先に尊重する。「まだ小さいからできない」「危ない」でなく、「どうしたらやらせてあげられるかな?」と考える

2. 禁止・否定する言葉は使わず、うまく言い換える(例:走っちゃダメ! → 歩いてね)

3. 子どものやりかた、遊び方が変でも、口出ししないで見守る。大人の自分には考えつきもしない遊びを連発する我が子を、褒め称えよう

4. 親の価値観で、正解を押しつけない。asobi基地はテストじゃない。「ちゃんとできるか」ではなく、「楽しいかどうか」が何よりも大切

 

おうちでasobi基地のススメ

とまあ、偉そうに書いていますが、私も普段からこんなにゆったり構えていられるわけじゃありません。

ほとんど毎日のように、子どもたちを叱り飛ばしていますし、「ダメ」と言うことも多々あります。

そんな中、自宅でasobi基地をやってみると、不思議といろいろ諦められます。

どんなにメチャクチャな遊び方をして、散らかしても、まあasobi基地だから仕方ないか、と。

子どもたちの自由さや、個性を、見つめ直す機会にもなります。この子はあんな感性を持っているんだ、こんな遊びが好きなんだ。

何より、夢中で遊ぶ子どもたちを見ていると、豊かな気持ちになれるんですよね。

まずは、Facebookページでasobi基地のイベントを探して、「なるほど、こういう感じなのか」と肌で感じる。

次は、自宅でやってみる。

本当に、誰でも簡単にできてしまうので、おすすめです。

 
ということで、asobi基地常連のみなさま。自宅でasobi基地をやって、レポートをUPしましょー!

レポート総数100件とか積み重なったら、なんだかムーブメントになりそうな気がしないですか?

3010月

やぶ蛇にならないように戦略的に子供の気持ちを無視しようとする親

“子供の将来まで考える” という的外れな言い訳の下に、我が子を人として尊重するのを忘れていませんか。

 

子供たちとしっかり向き合いたい

僕がいま全力を注いでいるのは、仕事でも趣味でもなく、子供たちです。

日常生活のすべてを、子供たちを中心に設計しています。せっかく仕事の依頼が来ても、子供たちを理由にお断りしてしまうケースさえあります。

そんな僕が、子育てにおいて最も大切にしている価値観は「子供たちとしっかり向き合う」ということです。

子供だって一人の人間。感情もあれば、プライドもある。

だから例えば、叱るときは、なるべく理由を伝えられるように努力しているし、子供の言い分を聞くように務めています。

生死や重大事故に関わるような場合(車道に飛び出したら車に轢かれるとか)は、頭ごなしに怒鳴ります。が、これも後からフォローすれば問題ない話。

もちろん、完璧にはほど遠いんですけど、常に最優先事項として頭に置いています。

なぜパンツをはく必要があるのか子供に説明できない

この記事なんかも、だからこそ生まれた笑い話なんですよね。

 

説明なく理不尽な命令をされたら大人だって腹が立つ

「子供たちとしっかり向き合う」というポリシーについては、割と継続的に発信してきています。

すると一定数、「子供にいちいち全てを説明する必要は無い」という意見が、必ずと言っていいほど出てくるんですよ。

これには大きく2種類あって、一つは子供の能力を過小評価してるんだろうなー、というケース。子供に理屈はまだ早い、というわけですね。

でも我が家では、2歳の息子ですら、すでに理屈を理解しているんですよね。ただ、感情のほうが勝っているので、理屈を優先させられないケースが圧倒的に多いだけ。

4歳であれば言わずもがな。反抗が高度になるオマケまで付きます(2歳ギャン泣き → 4歳「ママなんか大嫌い!」など)。

それから念のため、「理屈で躾ける」のではなく、単に「誠実に向き合う」程度の意味です。理由を伝えて、それでちゃんと実行できるかどうかは別問題なんです。

例えば会社でだって、説明なく理不尽な命令をされたら、腹が立つでしょう。いい管理職は、きちんとコミュニケーションをとってくれる。ビジネスなんて不条理がたくさんありますけど、「上司は自分を理解してくれている」と感じられれば、多少は目をつぶれるというものではないでしょうか。

 

子供には言うだけ無駄であるという姿勢

もう一つは、無意識にであるとは思いますが、子供を一人の人間として認めていないケース。

つまり、たとえ理屈を理解できたとしても、感情を抑えて理屈を優先させられない精神年齢であれば、言うだけ無駄であるという姿勢の方々です。

先ほどの会社の例で言えば、「今はどうせ理解できないから、説明はするだけ無駄。不満でも黙々と作業だけやらせたほうが、将来的にコイツのためになる」と。

もし本当に将来的にためになるのだとしても、僕だったら、こんなふうにプライドを傷つけられる職場は、さっさと辞めます。価値観の問題なので「別に気にならない」という人もいるとは思いますが。

 

やぶ蛇を恐れて、戦略的に子供の気持ちを無視しようとする親

もしお時間に余裕のある方は、ちょっとこちらの記事のコメント欄を見ていただきたいんですね。

三歳児神話の正否はどうでもいい。我が子に「保育園にいるのと、家にいるのと、どっちがいい?」と聞いてみよう!


※2014/06/23追記:現在は、デザイン変更により、当サイトからコメント機能そのものがなくなりました

僕は、子供たちのために働き方を最適化しているので、もし子供が「保育園に行きたくない」と言い出したら、家で一緒に過ごすことにしています。実際、今までに1回だけありました。

前提として、子供との時間を最優先に働き方を最適化するべきかどうかは、人それぞれの優先順位の問題であるのは言うまでもありません。僕はこうしました、というだけのことです。

(個人的には、30年前ならいざ知らず、時代の過渡期である現在では、ある特定の組織に頼らなければ稼げないスタイルのほうがリスクが高いという感覚です。だから、将来を考えて今を犠牲にするのは、なんだか馬鹿馬鹿しく感じるんですよね。もう本当にこれは価値観の問題ですが)

例えば、こんなコメントがあります。

まず、3歳児神話はわかりません。個人的には子供は3歳まで親とべったり居た方が良いと思いますが、今の社会でそれを実現すると共働きが難しくなり、家庭の経済環境悪化が懸念されます。その結果、平均に劣る教育環境しか子に提供出来ないとなってしまえば、それが最終的に子供にとって良いのかという疑問に繋がります。3歳児神話を唱えてる人ってお金持ちなんですかね。わかりませんけど。

次に、子供は自分の将来の事を考えられません。将来なんて概念を持ち合せてないからです。子供の将来まで考えて、その中で最善と思える(最善のではありません)選択をするのが親の役割です。子供がどうなるかなんて最終的には親が左右出来る事ではありませんが、だからといって子供の事を子供に聞いて判断しようというのはNGだと思います。

どうして「子供の将来まで考える」という要素が、子供の気持ちを無視する大義名分になるんでしょうか(「子供の事を子供に聞いて判断」というくだりは、ちょっとよくわかりません。僕は書いていませんので事実誤認だと思います)。

そこが僕にはわかりません。

どうして、子供の将来まで考えると「保育園にいるのと、家にいるのと、どっちがいい?」と尋ねられないんでしょうか?

僕は問いかけたい。

単に、やぶ蛇を恐れているんじゃないですか? と。

「子供を説得できる自信がないから、やぶ蛇にならないように戦略的に子供の気持ちを無視しよう」という姑息さを僕は感じます。

 

子供を人として尊重し、子供の気持ちと誠実に向き合う

子供と向き合うというのは、子供に聞き分けてもらうとは全く異なります。もちろん、子供は理屈よりも感情が優先するので、納得してもらえないケースもあるんです。

ただそのときに、きちんと理由を伝えているかどうか。子供の気持ちを受け止めて、誠実に向き合っているかどうか。

万が一、子供が泣きじゃくったり、子供に「お父さんお母さんと一緒にいたい」と言われたりしたら辛いからと言って、親が逃げるのは姑息だと僕は思います。

もし我が子を一人の人間として認めているのなら、どんなに辛くても、子供の気持ちを受け止められるはずです。

たとえ子供の気持ちに添えないとしても、子供のがわに「親に理解してもらえている」という思いさえ育まれれば、大抵の状況は受け入れるはずだと信じています。

それに、子供の本当の気持ちを知ったら、仕事を変える決断ができたという話も、ちらほら耳にするんですよね。

どんな道を選ぶにしても、後悔しない人生にしたいものです。

197月

こどもたちに初めて星空を見せた。

首都圏で子育てをしていると、こどもたちを本物の自然に触れさせる機会がないんですよね。都会は便利なので、何となく日常を送ってしまい、なおさらです。だから積極的にこどもたちを連れ出している、とは先日も書きました。

便利な首都圏で何となく子育てをするリスク

で、これって星空についても同じなんですよね。満天の星って、観る機会がほとんどない。

 

4歳の娘「お星さまをたくさん見たのはじめて」

先日、SLが走る大井川鐵道で知られる、静岡県の大井川へキャンプに行きました。

鵜山七曲といって、素晴らしい景観の場所で、しかもキャンプ場でもなんでもなく農道を下りていくので、地元の釣り人くらいしかおらず、プライベート感もばっちり。
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そのへんに落ちている薪を拾って、河原の石で手造りかまどを作って火を起こし、ご飯をつくります。これ、キャンプ場は直火禁止のケースが多いので、なかなかできないんです。
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夜もキャンプファイヤーをしながら、花火をしたりして、火遊びを満喫しました。

ふつうならテントに入って、はい就寝、となるんですが……別に無理に寝かせる必要もないんですよね。日中遊び回っていたので、どうせ放っておいても自然に眠ってしまうのはわかっていましたし。

そこで、テントの銀マットを持ち出して、河原に寝転ぶことにしました。
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三脚もなにも無かったので、ちゃんと撮影できていないんですが、けっこう星が出ていたんですよ。北海道の荒野なんかに比べれば大したことはないと思いますが、それでも自宅の横浜市に比べれば、格段に多くの星が見えていました。

4歳の娘も、1歳半の息子も、ジーッと見ていました。特に息子は、それまでご機嫌斜めだったのに、口をあんぐり開けて見入ったくらいです。寝転んで観てごらん、と銀マットに寝かせると、身じろぎ一つしないで星空に釘付けになっていました。

子供たちふたりともそのまま眠ってしまい、さすがに寝相の悪い息子はテントの中に戻しましたけど、娘はシュラフに入れてそのまま野宿。朝を迎えました。
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家に帰ってからも、衝撃的な体験だったようで、目を輝かせるように語っています。4歳の娘いわく、「お星さまをたくさん見たのはじめて」と。言われて気づいたんですけど、確かに人生初かもしれません。

今の子は、星空すら知らないまま大人になる可能性があるんですよねぇ。だって、首都圏じゃ星なんて全然見えないでしょ。

地方や自然の中に出かけても、夜になったら「子供だから」と宿泊施設で寝かせてしまう。子供だからこそ、夜になったら外に連れ出したいなぁと思いました。親は1日の疲れが出て大変だったり(はやくビールが飲みたかったり)するんですけどw

107月

便利な首都圏で何となく子育てをするリスク

今年は子供たちを連れて、すでに2回キャンプへ行っています。今週末にもキャンプへ行く予定だし、9月にも1回確定しています。

アウトドアが好きなのも当然あるんですが、こんなにも積極的に出かけるのは、実は子供たちが理由です。4歳の娘と1歳の息子を、意識的に自然の中へ連れだそうとしています。

 

芝生の上に立たせただけで泣いた

息子が0歳8ヶ月くらいの頃、買い物に出かけた先で、芝生の広い大きな公園を見つけて遊びました。首都圏の住宅街ではなかなか見かけない広さだったので、「これはこどもたちも楽しいだろう」と思ったんですよね。

ところが、8ヶ月の長男は芝生の上に立たせただけで泣いたんです。しばらくして、なんとか座ったけれど、気味悪がってロクに動かない。

0歳とはいえ、長男は2人目の子供です。当時3歳の長女の行動に合わせて、けっこうあちこち引っ張りまわしていました。それが芝生の上に立たせただけで泣いてしまう。心の底ではけっこう衝撃的でした。

首都圏でなんとなく子育てをしていると、芝生にすら触れる機会がないのか、と。

 

こちらから動かないと本物の自然には出会えない現実

よくよく考えてみると、自分が子供だった30年前に比べて、確実に自然が減っているんですよね。すでに30年前でも、60年前に比べれば開発が進んでいたんですが(祖母に、家の裏の住宅街はぜんぶ田んぼだった、と聞いて「へぇ」と思ったもんです)、今ではさらに都市化が進んで、蝶やトンボやバッタすら滅多に見かけなくなっているわけです。

もちろん、自然が消滅してしまっているわけではありません。僕は神奈川県横浜市在住なので、23区に比べれば環境はマシなほうです。近所にも市民の森のような自然を抱えた大きな公園があります。

が、こうした都市部の “残りかす” のような自然は、手つかずの自然とは比較できないくらい貧弱なものです。芝生や池や林くらいはあるかもしれませんが、けっしてそれ以上にはなりえません。本物の自然に触れたければ、こっちからアグレッシブに行動するしかないんです。

 

都会の便利さに安住しない勇気を持ちたい

何だかんだ言って都会は便利だし、行政サービスもエンターテイメント施設も充実しています。多少の不満こそあれ、特に困ることなく生活できてしまうケースが大半のはずです。

でも、“ジッとしていると、木々が風でこすれる音と、鳥の囀りしか聞こえない森” だとか、“透きとおるように綺麗で、生き物たちが豊かに暮らす海や川” なんかを知らないで育ってしまうのって、人生の楽しみの半分を知らないも同然だと思うんですよ。

限りある人生の中で何を優先するかは、もちろん人それぞれではあるんですが、僕は積極的に自然の中に飛び込んで、自然と向き合う楽しさを伝えたいと考えています。

おかげさまで、今では1歳半になる息子は、「キャンプ」と聞くと目を輝かせる子に育ってきています。テントで寝るのもとても楽しそうだし。芝生の上で泣いていた約1年前が笑い話です。いい方向にきているぞ、とひとりほくそ笑んでます。

 

アクアリウムも始めた!

ということで、平塚の七夕まつりでの金魚すくいをきかっけに、我が家には水槽も登場しました。飼っていた犬も亡くなってしまい、スペースもあるので、ちょうどいいやと。

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アクアリウムって、環境づくりや水質の維持が、生態系の疑似体験になるんですよね。僕は小中学生のころさんざんやりました。生き物の生死を身近に感じられるものでもありますし。

4歳の娘が、金魚ちゃんたちに毎日、餌をあげています。今は透明なサラダボウルに入っているんですが、もうすぐ水槽にお引っ越しです。

本当は自然の豊かな地方にでも引っ越すのがベストなんですが、妻の仕事の事情でそうもいきません。可能な限りアグレッシブに自然の中へ出かけ、家では自然や生き物に触れられる環境を作っていきたいと思っています。

56月

[パパ育]母親が1人で“子育ては自分の役割”という意識を持った時点で敗北決定

先日取材へ行った『Child Future Session vol.4』で、アクションにつなげるために話し合われたテーマの一つに、「パパ育」がありました。

世間には、子育てに協力的でない(あるいは関わり方がわからない)父親が多く、母親の多くが不満を抱えているのは事実なようです。

ただ、育児Men’s日本代表を自称してもいいかな、というほど子育てを人生の中心に置いている僕としては、父親の育児参加についての議論に、どことなく物足りなさを感じていました。

今回、こうして考えるきっかけをもらって気づいたのは、「とは言っても、そもそも母親の多くが、自分で、“子育ては自分の役割”と考えているよね」という事実でした。

【取材記事】
7つのテーマが羽ばたく!『子ども達にいい社会をつくるためのChild Future Session vol.4』レポート | FutureCenterNEWS JAPAN

 

子育てって、人生をかけるに値するほど楽しいんだけど、変かな?

僕は、子育てがしたくてたまらなくて、どうやって時間を確保しようかと考えていたら、フリーライターになっていました。午前4時に起きて仕事をはじめ、17時頃には終えて、21時過ぎには、4歳と1歳のこどもたちと一緒に眠る生活です。

「仕事のほうを子育てに最適化するなんてすごいよね」としばしば言われるのですが、僕としては“すごい”という気はしません。だって、人生をかけてやりたいことがあって、そのためにワークスタイルやライフスタイルを合わせるのって、普通ですよね。

例えば、人生をかけるものが、趣味であったり、仕事であったりすれば、違和感ないはずです。

とすると、僕が特殊(かどうかはわからないですが、周囲に同じ考えで行動している人をあまり見つけられないのは事実)なのは、「子育ては人生をかけるに値する!」と思い切れた選択そのものなのかもしれません。

 

「父親は母親に勝てない」は単なる思い込み

妻が妊娠したとき、生まれてくる赤ちゃんのことを考えると、僕はワクワクして仕方ありませんでした。

人によってはちょっと不謹慎と感じるかもしれませんが、冒険ゲームでキャラを成長させようとしたり、新しいペットが家に来たり、ミニトマトの苗を買ってきたりしたときと、本質的には変わらない楽しみがありました。

自分の子供を、自分の手で育てられるんだと考えると、嬉しくてたまらなかったんです。

実際、生まれてから、オムツ替えも、寝かし付けも、それこそ授乳以外は、日常的になんでもやりました。今でもこどもたちを寝かし付けるのは、基本的に僕の役割です。誰よりも深くこどもたちと繋がっていると、胸を張って言えます。

もちろん、乳児の時期は、どうしても寝付かないケースもあるんですよ。

が、観察していれば明白なとおり、妻が抱いていても同じです。父親だから寝付かないわけじゃないんです。

寝付くかどうかは、その子の性質でしかありません。年中抱いていれば、誰にだってわかる事実です。

どうにも寝付かないときは、イライラしてしまうので、「ちょっと変わって」とお互いに投げ出して、妻と乗り切ってきました。

と同時に、試行錯誤もたくさんしました。はじめての子育てって、知らない知識だらけなんですよ。経験不足。

熱を出したり、泣き止まなかったり。そのたびに、妻と同じレベルで、悩んだり、心をすり減らしたりしました。

妻のほうが精神的ダメージは大きかったみたいですけど、単に持って生まれた(あるいは後天的に育まれた)、プレッシャーに打ち勝てるか、打ち勝とうとする意志がどれくらい強いかという、精神的打たれ強さの問題でしかありません。

 

母親の特権を尊重しつつ、冷静に役割を見極める

例外的に、妻にしかない要素なのは、出産と授乳です。妊娠出産にともなう肉体的・精神的変化と、授乳にともなう問題(思うように母乳が出なかったり、乳首が切れて授乳が苦痛だったり)は、確かにプラスアルファとして妻にのしかかっていました。

ただ、だからと言ってどうというわけでなく、出産と授乳は母親として乗り越えなければいけない壁です。というか、特権なんです。

僕は正直、妊娠出産の経験により深まる母子の絆や、授乳によるスキンシップが、うらやましくてたまりませんでしたね。なんだよそれ、反則じゃん!! という感じです。

もっとも、実際に子育てをして、いくらでも取り返せるとわかったので、今では何とも感じなくなりましたけどね。

“産後うつ”や、授乳の苦痛には配慮しつつも、妻に特別対応はしませんでした。

ただ、子供を殺されちゃかなわないので(冗談ではないのは、核家族での子育て経験のある方なら理解できると思います)、妻が抱えきれない分を冷静に見極めて、僕が担う役割の量を調整しただけです。

想定外に妻の負担が大きくて、当時の仕事を辞める結果になりましたが、それだけの話でしかありません。

 

不充分な父親と不充分な母親。どちらか1人で子育てができるはずがない

僕には「子育ては妻に勝てない」なんて考えは1ミリもありませんでしたし、実際に勝てないのだとしても絶対に認める気はありません。

うちのこどもたちは、妻の子でもあるけれど、僕の子でもあるからです。妻にできて、僕にできない役割なんかあるはずない、と思っています。

妻のほうが頭も心も絶対的に強くて、夫はひれ伏すしかないなら、夫は負けを認めたほうがいいかもしれません。

でも、一般的な夫婦はそんなことはなくて、お互いに足りない部分を補いながら暮らしているはずです。

だとしたら、子育てをどちらか一方に任せていいはずがないんです。世の中の父親たちは「妻ひとりに任せておくなんて心配だ!」と、どうして感じないのか、僕は不思議でならないんですよ。

家庭の力が夫婦合わせて100だとしたら、妻だけが子育てをしたら、50とか30とか70の力でしか子育てができないわけです。

夫婦一緒に子育てをすれば、100の力で子育てができるのに、どうして子供の一生の重要な部分が決まる子育てを、50とか30とか70の力で済ませちゃおうって思えるんでしょうか。

1人では足りない部分がたくさんある、という感覚は、ひとり親の方は強烈に実感しているはずです。

僕も想像すると、子育て中は妻を残して死ねないなと感じるし、また妻に死なれても困ると感じています。「1人でもやってやる」という覚悟はありますけど、物理的にはどうにもならない問題です。

 

母親の“子育ては自分がやるもの”という意識は、後付けの理屈

子育てに積極的でない父親を語る上で、問題解決には2つのフェーズがあります。

1つは、すでに子供が生まれている家庭で、実際に子育てにあまり関わらない父親にどう対処するか。世の中のイクメンやパパ育をめぐる問題は、ほとんどがこちらの視点です。

もう1つは、出産前に、いかに父親の当事者意識を育むか。

すでに子供が生まれている家庭の場合、母親が自分で「子育ては自分の役割」という意識でいるケースが圧倒的に多い実感があります。

でも、我が家はそうでないんです。

不思議に思って、妻に尋ねました。なぜ出産したとき、子育ては自分の役割だと思わなかったのか、他の家庭と何が違ったのか、と。

回答は「なんにも考えていなかった」というものでした。

じゃあ、もし僕が子育てをちっともやらない夫だったら、自分がやらなきゃと思ったかと尋ねると、YESとの回答でした。

つまり、世間の母親の圧倒的大多数が持つ「子育ては自分の役割」という感覚は、後天的なものであるという事実がわかります。

多くの妻は、最初から自分がやると決めているわけではなく、夫が関わってくれないので、自分がやらなきゃ……と覚悟する結果となるわけです。

夫の非協力への絶望感と、自己防衛もあって、頑なになってしまうんでしょう。例えば、「夫がたまに手伝ってくれるんだけど、そこじゃない感がハンパなくて、逆に苛立つ」みたいな話をよく聞ききます。

【参考記事】
イクメンもどき! NHKあさイチの特集とその反応がおもしろい

夫も、そんな妻の反応を見れば負い目を感じるし、子育ては自分の役割でないという思いを強くします。

コミュニケーションの行き違いが大きくなってしまうと、問題を解消するのは極めて難しいというのが僕の意見です(もちろん、それはそれで対処しなければならないのですが)。

 

出産前に父親の子育て当事者意識を育めれば、根本的解決になる

であれば、出産前に、

・父親も子育てをしていいと気づいてもらう
・子育ての上で(授乳を除き)父親に不可能な役割なんか存在しない事実を知らせる
・夫婦で協力しないと100の力で子育てができない事実を認識してもらう
・子育ては人生をかける価値があるくらい楽しいと想像してもらう

等の対策がとれれば、根本的な解決になるはずです。何より、父親も子育てをする権利があるんだよ、という事実は、外から指摘されなければ思い至らないケースが多そうです。

また、「こどもについては母親のほうがよく知っている」という思い込みを打ち砕く作業も重要です。はじめての子育てなんだから、父親も母親も、同じくらい無知なんです。

具体的にどうすればいいのかまでは、現時点では僕は回答を持ち合わせていません。これからの課題です。僕自身がなぜ子育ての楽しさを知っていた(想像できた)のか、理由を考えてみると、

・大人から子供まで一緒に遊び、年上が自然と年下の面倒を見るようなコミュニティに参加していた
・4歳くらいからずっと犬を飼っていた。魚、昆虫、植物まで、生き物にたくさん触れてきた
・母親の親としての姿勢が素晴らしかった

くらいしか思いつきません。すべては環境ですよね。自分からは選択しにくいもので、こうすれば解決するとはなかなか言いにくいところがあります。

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