Tag: 三歳児神話

3010月

やぶ蛇にならないように戦略的に子供の気持ちを無視しようとする親

“子供の将来まで考える” という的外れな言い訳の下に、我が子を人として尊重するのを忘れていませんか。

 

子供たちとしっかり向き合いたい

僕がいま全力を注いでいるのは、仕事でも趣味でもなく、子供たちです。

日常生活のすべてを、子供たちを中心に設計しています。せっかく仕事の依頼が来ても、子供たちを理由にお断りしてしまうケースさえあります。

そんな僕が、子育てにおいて最も大切にしている価値観は「子供たちとしっかり向き合う」ということです。

子供だって一人の人間。感情もあれば、プライドもある。

だから例えば、叱るときは、なるべく理由を伝えられるように努力しているし、子供の言い分を聞くように務めています。

生死や重大事故に関わるような場合(車道に飛び出したら車に轢かれるとか)は、頭ごなしに怒鳴ります。が、これも後からフォローすれば問題ない話。

もちろん、完璧にはほど遠いんですけど、常に最優先事項として頭に置いています。

なぜパンツをはく必要があるのか子供に説明できない

この記事なんかも、だからこそ生まれた笑い話なんですよね。

 

説明なく理不尽な命令をされたら大人だって腹が立つ

「子供たちとしっかり向き合う」というポリシーについては、割と継続的に発信してきています。

すると一定数、「子供にいちいち全てを説明する必要は無い」という意見が、必ずと言っていいほど出てくるんですよ。

これには大きく2種類あって、一つは子供の能力を過小評価してるんだろうなー、というケース。子供に理屈はまだ早い、というわけですね。

でも我が家では、2歳の息子ですら、すでに理屈を理解しているんですよね。ただ、感情のほうが勝っているので、理屈を優先させられないケースが圧倒的に多いだけ。

4歳であれば言わずもがな。反抗が高度になるオマケまで付きます(2歳ギャン泣き → 4歳「ママなんか大嫌い!」など)。

それから念のため、「理屈で躾ける」のではなく、単に「誠実に向き合う」程度の意味です。理由を伝えて、それでちゃんと実行できるかどうかは別問題なんです。

例えば会社でだって、説明なく理不尽な命令をされたら、腹が立つでしょう。いい管理職は、きちんとコミュニケーションをとってくれる。ビジネスなんて不条理がたくさんありますけど、「上司は自分を理解してくれている」と感じられれば、多少は目をつぶれるというものではないでしょうか。

 

子供には言うだけ無駄であるという姿勢

もう一つは、無意識にであるとは思いますが、子供を一人の人間として認めていないケース。

つまり、たとえ理屈を理解できたとしても、感情を抑えて理屈を優先させられない精神年齢であれば、言うだけ無駄であるという姿勢の方々です。

先ほどの会社の例で言えば、「今はどうせ理解できないから、説明はするだけ無駄。不満でも黙々と作業だけやらせたほうが、将来的にコイツのためになる」と。

もし本当に将来的にためになるのだとしても、僕だったら、こんなふうにプライドを傷つけられる職場は、さっさと辞めます。価値観の問題なので「別に気にならない」という人もいるとは思いますが。

 

やぶ蛇を恐れて、戦略的に子供の気持ちを無視しようとする親

もしお時間に余裕のある方は、ちょっとこちらの記事のコメント欄を見ていただきたいんですね。

三歳児神話の正否はどうでもいい。我が子に「保育園にいるのと、家にいるのと、どっちがいい?」と聞いてみよう!


※2014/06/23追記:現在は、デザイン変更により、当サイトからコメント機能そのものがなくなりました

僕は、子供たちのために働き方を最適化しているので、もし子供が「保育園に行きたくない」と言い出したら、家で一緒に過ごすことにしています。実際、今までに1回だけありました。

前提として、子供との時間を最優先に働き方を最適化するべきかどうかは、人それぞれの優先順位の問題であるのは言うまでもありません。僕はこうしました、というだけのことです。

(個人的には、30年前ならいざ知らず、時代の過渡期である現在では、ある特定の組織に頼らなければ稼げないスタイルのほうがリスクが高いという感覚です。だから、将来を考えて今を犠牲にするのは、なんだか馬鹿馬鹿しく感じるんですよね。もう本当にこれは価値観の問題ですが)

例えば、こんなコメントがあります。

まず、3歳児神話はわかりません。個人的には子供は3歳まで親とべったり居た方が良いと思いますが、今の社会でそれを実現すると共働きが難しくなり、家庭の経済環境悪化が懸念されます。その結果、平均に劣る教育環境しか子に提供出来ないとなってしまえば、それが最終的に子供にとって良いのかという疑問に繋がります。3歳児神話を唱えてる人ってお金持ちなんですかね。わかりませんけど。

次に、子供は自分の将来の事を考えられません。将来なんて概念を持ち合せてないからです。子供の将来まで考えて、その中で最善と思える(最善のではありません)選択をするのが親の役割です。子供がどうなるかなんて最終的には親が左右出来る事ではありませんが、だからといって子供の事を子供に聞いて判断しようというのはNGだと思います。

どうして「子供の将来まで考える」という要素が、子供の気持ちを無視する大義名分になるんでしょうか(「子供の事を子供に聞いて判断」というくだりは、ちょっとよくわかりません。僕は書いていませんので事実誤認だと思います)。

そこが僕にはわかりません。

どうして、子供の将来まで考えると「保育園にいるのと、家にいるのと、どっちがいい?」と尋ねられないんでしょうか?

僕は問いかけたい。

単に、やぶ蛇を恐れているんじゃないですか? と。

「子供を説得できる自信がないから、やぶ蛇にならないように戦略的に子供の気持ちを無視しよう」という姑息さを僕は感じます。

 

子供を人として尊重し、子供の気持ちと誠実に向き合う

子供と向き合うというのは、子供に聞き分けてもらうとは全く異なります。もちろん、子供は理屈よりも感情が優先するので、納得してもらえないケースもあるんです。

ただそのときに、きちんと理由を伝えているかどうか。子供の気持ちを受け止めて、誠実に向き合っているかどうか。

万が一、子供が泣きじゃくったり、子供に「お父さんお母さんと一緒にいたい」と言われたりしたら辛いからと言って、親が逃げるのは姑息だと僕は思います。

もし我が子を一人の人間として認めているのなら、どんなに辛くても、子供の気持ちを受け止められるはずです。

たとえ子供の気持ちに添えないとしても、子供のがわに「親に理解してもらえている」という思いさえ育まれれば、大抵の状況は受け入れるはずだと信じています。

それに、子供の本当の気持ちを知ったら、仕事を変える決断ができたという話も、ちらほら耳にするんですよね。

どんな道を選ぶにしても、後悔しない人生にしたいものです。

18月

三歳児神話の正否はどうでもいい。我が子に「保育園にいるのと家にいるのと、どっちがいい?」と聞いてみよう!

子育て支援や保育行政を語る際に、三歳児神話が問題になるケースがあります。

三歳児神話 – Wikipedia

母親は子供を三歳までは手元で育てるべきである、そうしなければ成長に悪影響が出る、という考え方です。




 

三歳児神話には根拠がないが、嘘だと断定もできない

三歳児神話の問題点は、統計的に事実関係を証明できないことです。

将来的に子供が問題行動を起こしたとして、要因は一つではありません。

保育園を利用せず一つ屋根の下にいたとしても、子供との接し方がわからずに年中怒鳴りつけていたり、無視してしまったりというケースも考えられます。

家庭環境が悪かったり、教育方針が不適切だったりすれば、悪影響になるかもしれません。

そういった家庭ごとの細かな状況を、統計に組み込むのは不可能です。

一方で、成長に悪影響が出ないと断定することもできません。

いま、2人目のこどもである息子が1歳半です。

1人目(いま4歳になっている娘)のときは精神的余裕がなかったのですが、2人目ともなるとじっくり向き合えるので、いろいろなことが見えます。

実際に子育てをしている親である私の直感では、こどもには(母親に限らず)絶対的な庇護者としての “親” が必要だと感じます。

喜怒哀楽の感情を真っ向からぶつけて、無条件に受け止めてくれる存在があってはじめて、こどもは行動範囲を広げていけるのだと実感しています。

例えば、12時間以上も保育園に預けて、こどもと接する時間(睡眠中はのぞく)が2時間程度しかなかったら、こどもは心の拠り所を見つけられるのか、私にはわかりません。

仕事が終わって帰宅後は、食事や風呂はもちろん、家事を片付けなければいけないので、2時間まるまるこどもと向き合えるわけでもありません。

もちろん、土日祝日で補えるのかもしれませんし、補えないかもしれません。

もし我が家で、平日に接する時間が2時間しかなかったら、私には、こどもたちを安心させられる自信はありません。

 

三歳児神話の正否はどうでもいいから、我が子に聞いてみよう。

三歳児神話を支持する人は、例えば20時までの延長保育はこどもを潰すから止めるべきだと主張します。

逆に保育サービスの拡大を希望する親や、サービス提供事業者は、三歳児神話には根拠がないのだから、イデオロギーにすぎないと反発します。

私はどちらも無意味な主張だと思います。

成否を断定できない三歳児神話を盾に議論を展開しても、水掛け論になり、対立を深めるだけで、何も生み出さないからです。

個人的には、どんなサービスが生まれようといいと思います。ワークライフスタイルの自由は保障されるべきです。

一方で、子供の気持ちを無視するべきではないとも思います。

子供も一人の人間なので、言うまでもなく心があります。

しかし、子供は自分の環境を自分で選べません。私たち親以外に、子供の心を汲んであげられる存在はいないんですよね。

簡単なことです。我が子に、

「保育園にいるのがいい? 家にいるのがいい?」

と尋ねればいいんです。

0歳児では難しいかもしれませんが、1歳にもなればYES or NOの意思表示ができるようになります。

2歳、3歳となれば、言葉でしっかり語ってくれます。

我が家で子供たちに尋ねたところ、4歳の娘は「家がいい」と回答、1歳半の息子は「かか(母親)がいい」という可愛らしい回答でした。

 

子供たちに納得してもらって保育サービスを利用したい

私自身は予想通りで「そりゃそうだよな」という感想でしたが、同時に、妻にも子供たちの本音を聞いてもらうことができました。

親はまず子供たちの本音を知ることが大切だと思うんです。

何となく見た目で判断するのではなく、きちんと真正面から尋ねる。

そのうえで、各家庭の事情によって「父ちゃん母ちゃんは仕事があるから、あなたたちは保育園でたくさん遊んできてね」としっかり伝える。

さらに、毎日「今日はプール遊び楽しかった?」「誰と遊んだの?」という会話をしたり、ときにストレートに「保育園は楽しい?」と尋ねたりして、保育園へ行くことが負担になっていないかを確認しています。

ちなみに我が家では、8:30過ぎに家を出て保育園へ向かい、18:00過ぎには家に帰ってきます。

基本的に在宅勤務の僕が夕飯をつくって待っているので、平日でも朝晩6時間ほど子供たちと接する時間があります。

個人的にはこれで、「仕事」と「子供たちの気持ち」の折り合いをつけるギリギリという感覚です。

蛇足ですが、もし子供たちが「保育園より家がいい」ではなく「保育園に行きたくない」と言い出したら、すぐにでも「行かなくていいよ」と言います。

そのために会社づとめを止めました。

僕には仕事よりもはるかに子供たちとの時間のほうが重要だったからです。

 
みなさんは三歳児神話をどう考えますか? ぜひ意見を聞かせてください。

 
【10/30追記:関連記事を書きました】
やぶ蛇にならないように戦略的に子供の気持ちを無視しようとする親

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