「資生堂ショック」3つの論点と、資生堂ブランド戦略の誤算

資生堂は、キャリア志向の女性を応援し、社員自らが実践しつつ、先進的なライフスタイルを提案してきた企業です。

しかしながら、私たち現代人の価値観の多様化にともない、資生堂が提案する「先進的なライフスタイル」は、一部には共感を呼んでも、その他には理解されにくくなってきています。

“「美しい生活文化の創造」を企業理念に掲げ、自分らしく生きたいと願う人々の幸せの実現に貢献し続ける” というビジョンを掲げる資生堂ですが、「自分らしく生きたいと願う」のは、キャリア志向の女性だけとは限りません。

「資生堂ショック」は、日本社会の変化を読み違えた、あるいはキャリア志向に馴染まない層を戦略的に考慮した情報発信を行えなかった、資生堂の誤算により生み出されている一面があります。

「資生堂ショック」の内容まとめ

育児休暇や短時間勤務などをいち早く導入してきた、と言われる資生堂。

子育て中の女性社員にも、平等なシフトやノルマを与える改革を打ち出し、議論を呼んでいます。

“資生堂ショック” 改革のねらいとは|特集まるごと|NHKニュース おはよう日本

対象は、全国のデパートやスーパーなどに入っている、資生堂の化粧品売り場で働く、美容部員と呼ばれる女性社員たち。

資生堂ジャパン 営業統括部 新岡浩三営業部長
「過去の習慣的に、育児時間(短時間勤務)取得者は早番、暗黙のルールがあった。
いちばん忙しい時間に1人足りないということが発生していた。
そういう時間にいないことが(販売の)機会喪失につながっていたのではないか。
そこについては悩んでいた。」

販売の現場では、子育てをしていない美容部員に遅番・土日勤務の負担が集中。
こうした社員からは「不公平だ」「プライベートの時間がない」などの声が続出するようになりました。
経営陣は制度運用の見直しを迫られたのです。

“資生堂ショック” 改革のねらいとは|特集まるごと|NHKニュース おはよう日本

結果として、短時間勤務の利用者でも、1ヶ月間あたり、

・土日8日のうち、2日間
・遅番10日間

の勤務を基本とし、会社が決定する、という仕組みを導入しました。

論点1「企業組織のあり方」/極めて合理的かつ現実的な制度改革

NHK記事にまとまっていますが、資生堂の美容部員には、

1. 売上の低下
2. 繁忙期の人手不足
3. 社員の不満増加

という課題があり、経営陣、および現場でマネジメントする立場の人間からすれば、なにかしら対策を打つ必要がありました。

私も会社員時代には、管理職の経験がありますが、組織論や、経営の観点からすると、今回の「短時間勤務の利用者でも、1ヶ月あたり土日2日間・遅番10日間勤務」改革は、極めて合理的かつ、現実的な改革に見えます。

詳しくは、国保准教授(経営学)の解説が参考になります。

「時短は成長に繋がる経験機会をほぼ永久に失う」については補足が必要だと思います。

国保准教授の執筆記事から引用しますが、

時短制度の利用者が増えているにも拘わらず、時短制度利用者とフルタイム勤務者との業務配分と評価、どのように業務のフォローをするのか、労働時間の違う従業員がいるときの情報共有の方法など、管理上のノウハウはまだまだ確立されていません。

その結果、管理者は誰がやってもあたりさわりがない業務、責任範囲の小さい業務を時短制度利用者に割り当てる傾向があり、これを「マミートラック」と呼びます。

これは決して嫌がらせではなく配慮の結果である場合も少なくないのですが、いったんマミートラックにのった女性は適切な業務経験を積むことが出来なくなって成長機会を失ってしまうため、その以降の能力開発やキャリア形成が難しくなります。

【講座】第5回(全5回)女性が管理職になりたがらないほんとうの理由(5/5) – 経営プロ

成長は、質の高い経験によってのみ可能です。

ところが、時短勤務者には、いくつかの理由から、当たり障りのない仕事が回される傾向があります。

結果、成長の機会を得られず、上司も重要な仕事を与えにくくなり、負のスパイラルに陥っていきます。

「不公平」との声が上がるのは現実問題として仕方がない

また、「子育て中の女性だけに優しく、それ以外の人材に負担を強いる制度は、若い世代の離職を進める」という指摘も、現実問題としてその通りでしょう。

特に資生堂の美容部員からは、実際に「不公平」との声が上がっているわけです。

もちろん「子育ての負担を理解していない」「こういう人は、自分が子育てする番になって、途方に暮れるんだろうね」という意見にも、一理あるでしょう。

が、自らが経験するか、間近で見ない限り、子育てに必要な労力は、正確に見積もれません。

私も、最初の子どもが生まれてみて、妻の負担の大きさに驚き、「これじゃ全然話にならない……」と仕事をやめ、結果として個人事業主になった身なので、実感するところです。

目の前の問題を解決するための合理的改革

この改革により、

1. 繁忙期の人手不足の解消
2. ともなう、販売の機会喪失の改善
3. 社員の不公平感の解消
4. 時短利用者の成長機会喪失の回避
5. 子育ての労力を実感をもって理解できない世代の不満解消

などの課題解消が実現できます。

経営状況、限られたリソース、社会環境……などなど、いま置かれている状況の、目の前にある課題を解決する手段としては、合理的な改革と言えそうです。

論点2「価値観の多様化による分断」/“働きたい人だけが働ける” 時代の到来

もう1つ知っておく必要があるのは、資生堂はキャリア志向の女性を中心に応援してきた企業である、という事実です。

以前、資生堂主催『2023年 日本の男性の未来 フューチャーセッション』を取材した経験があり、そのときにも実感しました。

正確には「キャリア志向の女性」ではなく、

私たち資生堂は、「美しい生活文化の創造」を企業理念に掲げ、自分らしく生きたいと願う人々の幸せの実現に貢献し続けることで、サステナブルな企業価値の向上をめざしており、

トップが語るビジョン – 100年先も輝き続ける資生堂をつくる

「自分らしく生きたいと願う人々」の「幸せの実現」に、“美” で貢献していくのが資生堂です。

つまり、「家」にすべてを捧げる前時代的な女性像ではなく、社会の中で、一人の人間として、仕事も家庭も諦めることなく、いきいきと活躍したい…と願うような層をお客としている企業であるわけです。

子育て中でも平等に成長機会を提供し、成果を出すチャンスを与える

しかも、顧客を応援するだけでなく、資生堂の社員自らが実践し、先進的なライフスタイルを提案してきました。

(だからこそ、育児休暇や短時間勤務などを、いち早く導入することができた)

つまり、今回の改革は、資生堂が考える「キャリア志向の女性の幸せの実現」のために、必要な措置だった、と読めます。

国保さんが指摘するように、時短勤務は、成長機会を奪われますし、成果も出しにくくなるのが一般的であるようです。

この事実を知らないと、「子育て中の女性社員にも、平等なシフトやノルマを与える」という改革は、改革というより改悪に見えます。

が、実際には改悪ではなく、キャリア志向の女性たちにとっては、「子育て中でも平等に成長機会を提供し、成果を出すチャンスを与える」というポジティブなもの。

そして、それを無理なく実現するための環境整備をサポートをしよう、という試みです。

資生堂に共感できない層が少なからず存在する

それでは、なぜ反感が生まれるのでしょうか。

答はシンプルで、資生堂が提案する新しいライフスタイルに、あなたが馴染まないからです。

「仕事も家庭も両立して、バリバリのキャリアウーマンとして社会で活躍する」という志向は、価値観の多様化が進み、定着した現代社会においては、一部の女性の希望でしかありません。

国保さんが言及しているとおり、資生堂は、改革を着実に押し進めるために「夫や家族の協力は得られるかなどを聞き取ってシフトを決める」「協力者がいない場合はベビーシッターの補助を出す」などの配慮をしています。

が、一方で「こうした働き方ができない人は、資生堂の美容部員は務まりません」という明確な意思表示とも読めます。

補足。「夫や家族の協力は得られるかなどを聞き取ってシフトを決める」というのは、「協力が得られない人は土日勤務や遅番を免除する」ということでは、恐らくないでしょう。せいぜい、いつなら出勤できるか、調整する程度。改革の理由として、時短勤務に対する不公平感を挙げているわけで、「夫や家族の協力が得られない人は免除」というやり方では、解決しません。夫や家族の協力が得られないのであれば、ベビーシッターや、地域サービスを使って対応しなさい、ということであるはずです。

資生堂の事例は、独自の社風に基づいた、少々極端なケースかもしれません。

しかしながら、私たちは、本当にさまざまな価値観を持ち、それぞれ異なるモチベーションで、生きています。

企業としては、すべての人にとって働きやすい環境を整えるのは、不可能です。

何かしらの価値観に基づいて、制度を設計し、社員を動かしていかなければなりません。

この企業で働けるのは、この企業の価値観に共感し、働きたいと思う人だけ。うわべだけでなく、ワークスタイル、ライフスタイルが完全一致していないとやっていけない。

そんな時代が到来しつつあるのだと感じました。

論点3「企業&ブランドイメージ」/馴染まない層を考慮した情報発信を行えなかった誤算

今回、資生堂の誤算は、「自分らしく生きる=キャリア志向」と短絡的すぎた点ではないでしょうか。

前述のとおり、資生堂は本来、「自分らしく生きたいと願う人々の幸せの実現に貢献し続ける」企業です。

しかしながら、「自分らしく生きる」とは、キャリア志向だけを指すのではないはず。

専業主婦や、“子ども最優先” の女性にだって、自分の生き方を誇りに思う人は存在します。

「自分らしさ」の多様化が進む現代

実はインターネットが一般家庭に普及し出しはじめる2000年ごろまでは、情報流通は “太い一本の幹” でした。

このマスメディアがすべてを握っていた時代、「“女性は家庭を守るもの” という古くさい価値観から脱却する」という大きな目標を、大勢の女性が共有できていたはずです。

資生堂は、この女性たちの多くに支持されてきました。

ところが、インターネットが普及し、情報の流れに無数の支流が生まれると、我々は「自分らしさ」を追求し始めます。

人と同じであるということは大した意味をもたなくなり、それぞれが、思うままに、多様な価値観を持つに至ります。

資生堂が今回の改革で示したような、バリバリのキャリア志向は、もはや「無数にある価値観の中の一つ」でしかなくなっています。

今回、「もう資生堂商品は買いたくない」と感じているあなたは、20年前はどうかわかりませんが、今や、資生堂のお客さんではないのでしょう。

ブランド強化のはずが、大きな誤算

資生堂の経営陣や、PR担当は、今回の改革は、きっとプラスになると踏んだはずです。

より資生堂らしさを打ち出すことができ、ブランド強化に繋がるはずだ、と。だからこそ取材&報道が実現したのでしょう。

しかしながら、予想外の拡散の仕方をして、たとえば記事タイトルだけ見て誤解する人も生まれる状況になりました。

すると、メインターゲット以外の層を、いたずらに刺激する結果になりました。

あらゆる情報、あらゆる商品が飽和する時代に、「唯一無二のブランドイメージ」は最大の武器。

しかしながら、いくら尖っているほうが良いとは言っても、「わかる人だけわかればいい」は最大の愚策。

なんとなく資生堂の商品も買っていた、という人が、気に入らないから資生堂の商品は買わない、となりかねません。

今回の報道がきかっけで、メインターゲット以外を排除する結果になってしまうとしたら、さすがに資生堂の本意ではないはず。

改革で提案した新しいライフスタイルに馴染まない層を、戦略的に考慮した情報発信を行えなかった点は、大きな誤算となりました。

NHKの記事には「役員が制度に甘えるなと警告」「甘え」「権利だけ主張」など、刺激的な文言が並びます。

さすがにこれは、いくら言葉を尽くして説明したところで、多くが誤解するでしょう。

*****

最後に、ごくごく個人的な感想を。

時短勤務者を「不公平だ」と妬む社員の存在は、それが事実だとしても、具体的に示してはいけなかったのでは。

美容部員の中の人たちの人間的醜さが見えてしまった、あるいは想像させるような露出の仕方は、いちばん印象に残りました。

資生堂って、社員同士で足を引っ張り合う、その程度の企業風土なのね、と。

あくまでもイメージ、印象論の話で、実際にどうなのかはわからないですが。