『「便利な」保育園が奪う本当はもっと大切なもの』長田安司 書評


扇動的なタイトルが目を引く本書は、議論の起点として価値を見出せる本です。しかしながら、非常に評価の難しい本でもあります。

「0〜2歳の子供たちが、保育園に入りたくて待機しているなどという現実は全くありません」という指摘には、これ以上ないほどの納得感があります。利用者本位のサービスといいながら、その実は、親にとっての利便性しか考えられていない、というわけです。

一方で、著者の長田安司氏の、自らの正しさを信じて疑わないようにすら思える物言いには、身構えてしまう瞬間があります。意見の異なる人物や団体を名指しで批判しているのも、大声に対して怒鳴り返している印象が拭えず、個人的には建設的でないように思えました。

多くの方の意見が聞きたい本であるのは間違いありません。


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親のニーズのみに応えてサービスが提供される危険性

『「便利な」保育園が奪う本当はもっと大切なもの』に書かれた長田安司氏の主張は、以下の引用に集約されると考えます。

 子供は生活や活動を通して成長し、発達していくものです。保育園は、単に子供を預かる場所ではありません。保育園には子供たち同士の人間的関わりがあり、同時に成長していく場としての大切な生活があるのです。しかし、現在のビジネス保育では、その視点が欠けているように思えてなりません。保育を時間とお金だけで計算していないでしょうか。ビジネスが応えようとしているのは、親や会社のニーズであって、子供たちのニーズではないと思われます。

 子供たちの視点に立ってみると、非常に単純なことなのですが、本質が見えてきます。0〜2歳の子供たちが、保育園に入りたくて待機しているなどという現実は全くありません。お母さんと一緒にいたいに決まっています。子供が夜の8時に、保育園にいたいなどと思うわけがありません。早くお家に帰りたいに決まっているのです。

 こうした根本的な問題について、保育ビジネスの方々や経済学者の方々がお考えになっているか、問いたいと思います。
『「便利な」保育園が奪う本当はもっと大切なもの』長田安司 P.170

これは単純明快な指摘です。

「早くお家に帰りたいに決まっている」という決め付け方は、反感を生みやすいかもしれません。私も読んでいて違和感を覚えました。

が、基本的には事実だと思います。もし違うという方は、こどもに直接尋ねてみればいいでしょう。1歳半にもなれば、YES or NOの意思表示ができるようになります。3歳になれば明確な言葉で語ってくれます。「おうちにいるのがいい? 保育園にいるのがいい?」と聞いてみてください。

同時に、親の親としての成長にも言及しています。

 親は、子供を育てることによってはじめて親として育っていきます。0歳の子を持った親は、親としては0歳です。子供が一人前に育っていくまで、親は親としての役割を果たさなくてはなりません。それが、私たち人類が何万年にも渡ってつないできた生き方です。

 そして、親は子育てをすることによって一人前の人間として成長していくのです。その機会は失ってはいけないものです。正にこのことが、マイケル・サンデル教授のいう「保育サービスが商品となることによって、何か大切なものが失われる」の意味するところなのです。
『「便利な」保育園が奪う本当はもっと大切なもの』長田安司 P.169〜P.170

上から目線で、カチンとくる書き方ではありますが、「親は子育てをすることによって一人前の人間として成長していく」のも、子育て中の実感から事実と断言できます。

これらが無視されれば、子供の成長に問題が出て、日本社会に悪い影響を与える結果になるはずだ、と長田安司氏は主張します。

 

溝が深まるような言説には疑問も

非常に重要な指摘であると感じます。

しかしながら個人的に残念なのが、力に対して力で反撃しようと試みているように見える点です。『北風と太陽』のイソップ寓話で言えば、北風のアプローチなのです。

実は上記1つ目の引用、「こうした根本的な問題について、保育ビジネスの方々や経済学者の方々がお考えになっているか、問いたいと思います。」の直後には、こうした文が続きます。

 こうした根本的な問題について、保育ビジネスの方々や経済学者の方々がお考えになっているか、問いたいと思います。例に出して大変申し訳ないのですが、他の企業にも大きな影響を与え、国も全面的に支援している企業保育所の代表として「JPホールディングス」の保育について、問題提起をさせていただきます。

 この問題提起は、便利な駅ナカ保育園を推進するJR東日本、小田急電鉄、京王電鉄などの鉄道会社、これから保育事業に参入しようとしている第一生命や損保会社、すでに参入を始めているニチイ学館、小学館、ベネッセ、アート引越センター、そして病児保育を推進しているNPOフローレンスなどの企業保育サービスが、事業内容こそ違うものの、子育て・保育・教育に関して共通して持っている問題として考えていただきたいと思います。
『「便利な」保育園が奪う本当はもっと大切なもの』長田安司 P.170〜P.171

以下、文章量を割いて、JPホールディングス・山口代表の考えが利用者のニーズ本位であり、問題のあるものであると、ときにアンフェアな印象すら与える理屈で言及していきます。

率直な印象として、このやり方では、企業系保育事業者は聞く耳を持たないでしょう。長田氏の本意がどこにあるのかはわかりません。議論を巻き起こす目的であればこれでいいという解釈もできます。しかし、自らこれほど溝を深くしてしまっては、対話によって議論を深め、将来的に手を取り合って活動していく、という道を閉ざすようにも思えます。

 

“こども視点” の重要性の指摘には共感できる

0〜2歳、3歳くらいまでのこどもの発達について言及している第1章、第2章は、個人的にはとても共感できる内容でした。

子育てを最優先に生活している我が家でも、私や妻が子供と接している時間は約6時間に対し、子供が保育園で活動している時間は約7時間と、半々程度か、保育園の時間のほうがやや長くなっています(睡眠時間中をのぞく)。

これが例えば、親が子供と接する時間が2時間になり、子供が保育園で活動する時間が10時間以上となれば、子供にとって大きな試練になるだろうと簡単に想像できます。3歳児神話や、愛着障害を持ち出すまでもなく、「そこまでして働かなきゃいけないのかな……」と、世の中のあり方に違和感を覚える人は少なくないはずです。

私は、3歳児神話や、愛着障害については、専門家ではないので、詳しいことはわかりません。ただ、日々こどもたちと接している中で、家庭と保育園が半々程度であれば、 “親の仕事” と、“こどもたちが一緒にいたいという気持ち” のバランスをなんとか取れるかなと感じています(もちろん、家庭によって、こどもの性質によって、バランスは異なるはずです)。

それも、これなら絶対に安心というわけではなく、定期的に「保育園に行きたくない」という気持ちが生まれていないか、こどもたちに確認しています。もし「保育園に行きたくない」と言い出した場合は、すぐにでも休ませるつもりです。そのために仕事を変えました(もっとも、友達と喧嘩したり、好きな保育士に怒られたりしたことが原因のケースが多いですけどね。その場合は、言い分を聞いて、解消のヒントを示すと、元気に保育園に向かいます)。

0〜3歳がこどもにとって重要な時期であるというのは事実でしょう。私自身そうですが、日常生活に流されていると、我が子が保育園でどんな気持ちで過ごしているのかを考えないようにしたり、都合よく解釈してしまいがちです。ちょっと立ち止まって、我が子の気持ちと向き合うきっかけとして読むのもいいかもしれません。


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