オピニオン

72月

[子育て] 飽きっぽいことはいいことだ!

一般に、飽きっぽかったり、落ち着きがなかったりするのは、悪い素養だと考えられていますが、私は長所だと捉えています。短所と考えてしまうとしたら、親の了見が狭いから以外のどんな理由もありません。

 

こどもを型にはめようとする行為には2つの危険がある

約5年、こどもたちを最優先に毎日を過ごしてきて、子育ての最大の秘訣は、こどもの個性を認めることではないかと感じています。

素人目に見ても、ああしなさい、こうしなさいと型にはめようとするのには、2つの大きな問題があります。

 

1. 親の考えが正解であるとは限らない

たとえば「もっと一つのものに集中しなさい」と要求するのは、親の経験上そのほうが一般的なキャリアを歩むのに有利だからです。

が、経験則であるというのが、そのまま落とし穴になります。“一般的” とは親が育った20年前や30年前(もし親が、自分の親のしつけを受け継いでいるとしたら40年前、50年前)の “一般的” であり、これからの時代も通用するとは限りません。

終身雇用が崩壊しつつある現状、新卒一括採用に苦しむ学生などを見れば、一昔前の “一般的” は、もはや最適なやり方でないのは明白であるように見えます。

 

2. 自己肯定感が育まれない

飽きっぽいからダメ、落ち着きがないからダメ、などと否定すれば、こどもは世界を広げられません。

ありのままの自分でいていい、と安心できなければ、生きることに強いストレスを感じ、酷いときには適応障害などの症状に現れます。

その子の個性を無視して、親の価値観を押し付けるのは、百害あって一利無しなんです。

 

個性の正反対な姉弟

我が家には、春に5歳になる娘と、2歳の息子がいます。これが、見事なまでに正反対の個性を持っています。

たとえばiPadを渡すと、姉は、様々なアプリを次々に起動して、ほとんど無節操に遊びます。ケリ姫スイーツをやっていたかと思えば、ディズニーの『シュガーラッシュ』を見て、YouTubeに移り、モンストをやって……と、本当にめまぐるしいんですよ。

大人から見れば、「なんて飽きっぽい子なんだろう」と誰もが思うはずです。

一方で弟のほうは、iPadを渡したら、徹底的にYouTubeしか見ません。しかも、アンパンマンのおもちゃレビューか、トーマスの「じこはおこるさ」か、どちらかです。

もうほんっっっとうにトーマスしか見ません。iPadを見ないときも、しょっちゅう「じこはおこるさ」を(2歳のくせにw)口ずさみながら、お気に入りのジェームスを持って遊んでいるくらいです。

例えば、キドキドのような、おもちゃや遊具が無数にある場所へ行っても、ひたすら自分が気に入ったおもちゃだけを熱心に遊び続けます。

大人は「こんなに色々あるのに、それでしか遊ばないの?」と思うわけです。

 

短所ではない、個性である

私は、姉が、ご飯中にしばしば立ち歩くほど飽きっぽい(あるいは落ち着きがない)からといって、全然心配していません。

短所ではなく、個性だと考えているからです。

だって、短所ではないでしょう。ずっと座っていられないからと言って、どんな害がありますか?(さすがに食事のマナーは教えているけれど)

小学校に行けない?

なら行かないでいいよって言って、サドベリースクールでもなんでも、本人にとって能力を発揮しやすい環境を用意しますよ。

短所と考えてしまうとしたら、親の了見が狭いから以外のどんな理由もない、と私は思うんですよね。

 

飽きっぽいのは立派な長所

あまりに個性の違う弟がいるからこそよく分かるんですが、飽きっぽいからこそのメリットもしっかり存在します。

たとえばiPadを前にして、好奇心の向くままに節操なく手を出していくと、どんなアプリでも、大抵は操作方法が分かるようになります。

ユーザ・インターフェースなんて、それほどパターンがあるわけではないですから(しかも、優れたものはどんどん真似される)、漢字やアルファベットの意味が分からなくても、経験則で使いこなせてしまうようになるんです。

おかげで、ものすごいスピードで世界を広げていける。これなんだろう?と思ったらすぐにやってみる、ということができるわけです。

 

飽きっぽい人にしかない3つの長所

こうして猛烈なスピードで引き出しを増やしていける素養は、将来、必ず武器になります。

 

豊かな選択肢を持てる

人生とは基本的に、可能性を限定していく作業です。こどもは宇宙飛行士や総理大臣になりたいと臆面もなく言うわけですけど、現実には向き不向き、環境の有利不利があります。現実に直面して、一つひとつ絞り込んでいくことになります。

この際、選択肢は多ければ多いほど良いわけです。3つから1つを選ぶのと、100から1つを選ぶのでは、結果は必ず違ってきます。好きでもない仕事を我慢しながらするハメになるか、天職と思えるような仕事に巡り会えるか、というぐらい決定的に。

 

自分に合わないものを即座に切り捨てていける

我々は、自分に合っているかどうかを判断するとき、物事を相対的に捉えるしか手段がありません。たとえば「自分にはどんな仕事が合っているのかわからない」という人は多いですが、自分に合っているかどうか判断できないのは、比較材料がないからです。

でも、飽きっぽい人は、ものすごいスピードで世界を広げていくため、比較材料をたくさん持っています。自分に合っているかどうかを、瞬時に判断できます。

「やっぱり営業系の仕事は合わないな、でも文章を書くのは苦にしないからライターの仕事で勝負しよう」というふうに。私のことですが。

しかも、無数の選択肢を持っているので、切り捨てる作業に躊躇しません。可能性を限定していったら何も残らなかった、という心配とは無縁というわけです。

 

好きなことを仕事にしやすい

実は、好きなことを仕事にするのは、一般的に考えられているほど困難な作業ではありません。一つは、一定レベルのスキルや知識があること。これは、好きであれば自然と理解が深まり、身につくので、問題ではないでしょう。

もう一つは、そのスキルや知識を必要としている人がどれだけいて、その人たちにどうやってお金を出して買ってもらうのかというマーケティングの視点。

こればかりは、ある程度、運任せになります。仮に世界No.1のスキルだとしても、買う人がいなければ仕事にできないからです。

けれども、好きなことが多種多様であれば、可能性は大きく広がります。好奇心の赴くまま、無節操に世界を広げていける人ほど、好きなことを仕事にしやすいんです。

 

こどもの個性を愛でよう

もちろん、弟の個性も長所です。一つのものに熱中すると、たとえば『きかんしゃトーマス』の脇役キャラの名前を、いつの間にか覚えているんです。

家にあるどの本にもビルとベンなんて出てこないのに、お出かけ先で偶然手にした本で「ビル!」「ベン!」と嬉しそうに読み上げたときにはびっくりしたよ(ちなみに文字はまだ読めないし、名前も書いてなかった)。

たぶん、YouTubeでトーマス関連の動画を見ていて覚えたんでしょうね。

こんな素養が、スペシャリストを育てるのは言うまでもありません。

浅い知識はGoogle検索をすればすぐに見つけられる時代ですが、物事を体系的に語るには、深くしっかりとした知識が必要。スペシャリストにしかできない役割は、きっと10年後20年後にも存在します。

「なんて飽きっぽい子なんだろう」
「こんなに色々あるのに、それでしか遊ばないの?」

は、親の姿勢によって、否定的なニュアンスにもなるし、賞賛にもなります。

もちろん我が家は、苦笑しながら賞賛しています。いやぁすごいなぁと。

こどもたちを賞賛しながら見ていると、(どう育つかということよりも)すっごく幸せな気分になれるのが良いんですよね。

親バカでけっこう!

62月

虐待なんてほんの紙一重。どの家庭にでも起こりうる

乳幼児の虐待を、滅多にない特殊な出来事だと考えていませんか?

私は、乳幼児の子育てを経験した親の大多数が、「自分が虐待しなかったのは運が良かった」「虐待が起きるかどうかは紙一重で、どの家庭にでも起こりうる」と実感しているはずだと考えています。

 

金子・八塩夫婦の子育てスタンスに親近感

日経DUALにこんな記事があがっておりました。

金子達仁 子どもを揺さぶり、怒鳴りたくなった日 | トラの子、育ててます。 | 日経DUAL

スポーツライターの金子達仁さんが、奥さんの八塩圭子さんと交代で、子育てについて連載しています。

八塩さんは連載内で小笠原舞さんインタビュー記事言及してくださった過去があり、縁あって連載をちょくちょく読んでいるんですが、金子・八塩夫婦の子育てスタンスには、すごく共感しています。

“「育休3年、万歳」と言って何が悪い!?” という八塩さんの声もそうですし、上記の記事の「子育て頑張りますので、仕事、しなくてもいいでしょうか」という金子さんにも、いや僕もまったく同じ考えです、と声を大にして言いたいです。

仕事しないんでいいんなら、僕もしたくない! こどもたちが中学生になるくらいまでは、こどもたち最優先でいたいと、かなり本気で思っています。

誰か宝くじの当選金だけください。

 

衝撃のタイトルだが、誰にでも訪れる「魔が通る」瞬間

前段の記事タイトル『子どもを揺さぶり、怒鳴りたくなった日』は、かなり過激なタイトルです。

なぜなら、衝動的にこどもを揺さぶれば、殺してしまうかもしれないからです。

揺さぶられっ子症候群 – Wikipedia

ある程度に体が成長した児童では、多少揺すられた程度では、反射的に体をこわばらせるため、そう簡単に怪我をすることはないが、同じことを首が据わっておらず頭蓋骨も隙間の多い新生児で行うと、眼底出血や頭蓋内出血(クモ膜下出血など)・脳挫傷を伴う致命的な怪我を負わせかねない。また身体の組織が成長途上で柔らかく力も弱い幼児でも、過度に揺すられると程度の差こそあれ問題となる場合もあるとみなされる。

揺さぶられっ子症候群では、脳や神経に対して回復不能なダメージがあった場合、運動機能的な障害や発達障害、あるいは最悪の場合では死に至る危険性があることも示されており、こと新生児や乳幼児に対する扱いに注意が呼びかけられている。

金子達仁さんは、こう書いています。

抱っこする。泣きやまない。揺らしてみる。効果なし。そうだ、これならば、と「高い高い」をやってみる。号泣にターボが掛かる。仕事は全く手に着かない。途方に暮れて、暮れまくって……そうこうしているうち、ビックリするような感情が自分の中から込み上げてきた。

「てんめえ泣きやまねえと頭ぐらんぐらんに揺さぶって脳髄かき出したるぞ、このクソボケーーーーっ!」

泣きやまないことなら何回もあった。かわいいな、としか思わなかった。泣き始めると大急ぎでビデオを回したことさえあった。

ただ、それはヨメがいるときだった。

虎蔵(仮)からすると、いつも通りに泣いているだけだったのだろう。だが、一人でそれに対処しなければならないわたしは、いつもと同じようには全く受け止められなかった。途方に暮れて、うろたえて、しかもそれを自分一人で処理しなければならなくなったわたしの中からは、自分でもびっくりするぐらい凶暴な衝動が込み上げてきたのである。

金子達仁 子どもを揺さぶり、怒鳴りたくなった日 | トラの子、育ててます。 | 日経DUAL

これを読んで、「親失格だ」と批判的に捉えるか、「そうなんだよね、わかるわかる」と共感するかは、乳児の子育てを経験しているかどうかで分かれるはずです。

あくまでも経験が重要で、単にこどもがいるだけではダメ。育児に当事者として関わっていなければ、わからない感覚です。

※蛇足ですけど、この感覚を共有できている夫婦は、産後クライシスにならなかったか、大した問題ではなかったはずです

 

虐待はどの家庭にでも起こりうる

我が家では、乳児の虐待死のニュースを見かけるたびに、夫婦でだいたいこんな話をします。

「虐待なんてほんの紙一重。どの家庭にでも起こりうるよね」

これには、我が家で同じことが起きなくて運が良かったという安堵と、ちょっとした掛け違いで虐待が起こってしまう現実へのある種の諦めと、とはいえどうにかならなかったんだろうかというモヤモヤが、ないまぜになっています。

人間、過剰なストレスと抱えると、こどもへの愛情とは別次元のところで、魔が通る瞬間があります。

たとえばこれは、人間は睡眠不足に陥ると、身体機能が低下する科学的事実と同じ。人間であれば避けられない影響で、愛情があるとかないとか、根性論でどうにかなるものではないわけです。

 

なぜか一人で相対していると追いつめられる

途方に暮れて、うろたえて、しかもそれを自分一人で処理しなければならなくなったわたしの中からは、自分でもびっくりするぐらい凶暴な衝動が込み上げてきたのである。

先ほどの引用ですけど、これ本当によくわかります。

特に一人目のこどもだと、「どうにかして泣き止ませなければいけない」と強迫観念に駆られるんです。

乳児の号泣には、明確な理由がある場合もありますし、他人には理解できない要因で泣いている場合もあります。

うちの娘は、夕方にお風呂から出てしばらくすると、なぜか号泣しました。これ、なにをやっても泣き止まず、放っておくしかないんです。

夫婦や親戚、友人など、誰か他人といれば「困ったねー」なんて言えるんですけど、一人だとこれは、得体の知れない過剰なストレスになってしまう。

自分でも気づかないうちに、精神的に追いつめられて、とんでもない情動がこみ上げてきてしまうんですよね。

 

夫婦で投げ出しあいたい

一人目のこどもである娘が生まれたとき、我が家は核家族で暮らしていました。

子育てをしたくて、残業の少ない仕事に転職してはいたのですが、それでも、家に乳児と二人きりで残された妻の憔悴ぶりは、想定を遥かに越えていました。

仕事をいったん辞めました。

このままじゃ、僕らはこどもを殺してしまうかもしれない。

冗談抜きで、そう感じたんですよね。

妻は「家で一人になるのがすごく嫌だった」と当時を述懐しています。余裕を持って向き合えた二人目の子の経験も踏まえて、やはり一人で抱え込まないことが重要だと感じます。

二人目で精神的に余裕があっても、やっぱり泣き止まなくてイライラすることはありました。そういうときは、限度を越えたら投げ出しました。妻に「ちょっと代わって」と。もちろん逆パターンもありました。

相方に頼れないのであれば、頼れる他人やコミュニティを見つけておくことが重要なんじゃないかと、今となっては強く思いますね。

32月

ママもパパも知っておきたい よくわかるオチンチンの話

読みました。これ、意外に需要のありそうな本だなーと思ったので、紹介します。

お父さん、お母さん、ぜひどうぞ。

ママもパパも知っておきたい よくわかるオチンチンの話

岩室 紳也 金の星社 2013-09-13
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包茎への正しい対処法って意外に知らない

我が家には2歳の息子がいます。で、もちろんブラブラ付いているわけですよ。

包茎です。こどもは基本的にみんな包茎なので、当たり前ですが。

ふと気づいたんですけど、包茎に対してどう対処すればいいのかって、よくわからないんですよね。

自分の子供の頃はあんまり覚えていないし、覚えていたとしてもケースバイケースなわけで参考にできるとも限らないし。

もう一つ、一昔前は、包茎というと手術が当たり前だった気がするんです。

が、これももしかしたら変わっているかもしれない。

どうしたもんかなーと思っていたら、この『ママもパパも知っておきたい よくわかるオチンチンの話』という本を見つけました。

 

30分で読めて、図や絵も多く、わかりやすい

結論から言うと、なかなかいい本でした。

手に取ってみればわかるとおり、すごくシンプルなつくりで、わかりやすい。

丸々一冊を1時間もかからないくらいで読めるんじゃないでしょうか。後半はQ&Aと病気のトラブルシューティングなので、包茎の対処法だけなら熟読しても30分以内で読めます。

こんな感じで、マンガも挿入されています。
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笑っちゃうような話ですけど、実際あるんでしょうねえ(^^;;
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手術はせず「むきむき体操」を推奨とのこと

『ママもパパも知っておきたい よくわかるオチンチンの話』の著者、岩室紳也医師は、基本的に手術は必要なく、“むきむき体操” をすれば必ずむけるようになる、と書いています。

本書は、泌尿器の仕組みからしっかり解説し、

・赤ちゃんはみんな包茎
・清潔にして病気を予防する観点から、早めにむけるようにするメリットがある
・真性包茎でも “むきむき体操” を続ければ必ずむけるようになる
・乳児から小学生まで、いつから始めても問題ない

と、だいたい、このような主旨で書かれています。

もちろん、“むきむき体操” の詳しいやり方も、図付きで解説されています。

男である私が読んでも、「なるほどね」という感じでした。昔からのやり方が正しいとは限らないので、こうしてしっかり医師が教えてくれるのはいいですね。さっそく妻に渡して、いま読んでもらっています。

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32月

“仕事はお金のために我慢してやるもの” という先入観を捨てよう

新卒一括採用には、「100社応募したけど、すべて落とされた。死にたい」というような話がつきまとうわけですが、とは言え、ごく一部の例外なのだろうと、さしたる根拠もなく思っていました。

が、この数字を見ると、100社に落とされるケースも、それほど珍しい事例でもないのかもしれません。

就活エントリー、1人平均44社 過去10年で最多:朝日新聞デジタル
1人平均44社 …

就職情報会社のマイナビは16日、昨年12月に解禁された2015年3月卒業予定の大学生と大学院生の就職活動状況調査を発表した。入社試験の応募資料を取り寄せるなど就職情報サイトや企業の採用ホームページからエントリー(登録)したのは、就活生1人当たり平均44・3社で、前年より3・3社増えた。

 

おかしいものはおかしい

以前、『17,200時間、地球約17周の無駄について。』という記事を書きました。

17,200時間、地球約17周の無駄について。

もし、往復2時間の通勤を年間200日、22歳から65歳まで続けたら、17,200時間(約2年間に相当)。仮に片道40kmだとしたら、688,000km(地球約17周)の移動距離になります。

もちろん、通勤する人をゼロにできるとは思いません。物理的に移動しなければならない立場・役割は存在するでしょう。

が、現在の状況は、企業に勤める大半の人間が、けっして短くはない時間をかけて通勤しているわけです。

“17,200時間、地球約17周” という数字を見たら、(現実問題としてどうしようもない、という事情はともかくとして)本当にこれでいいんだろうか? と感じるのが、素直な感性だろうと思うんです。

本当に、みんながみんな、これほどの労力をかけて通勤しなければならないんでしょうか。

 

主流なのは「就職できればどこでもいい」という就職活動

「就活で1人平均44社もエントリーしている」という事実からも、似た印象を受けます。

本当に、みんながみんな、こんなに大量にエントリーしなければいけないんでしょうか。

普通に考えて、どうしても入りたい会社が44社平均もあるわけがありません。

僕なんか、どうしても入りたい会社なんて、1社もありませんでしたからね。はは。

必然的に、世の中の就活生の多くは、「就職できればどこでもいい」という就職活動を展開していることになります。

 

「新卒で就職できれば勝ち組」は価値観の一つでしかない

当然と言えば当然なのかもしれないですね。私たちが子供のころから見てきた大人たちの多くは、楽しそうに働いているようには見えなかったですから。

実際、好きではない仕事でも、一家を養うために稼がなくてはならないからと、我慢して働いてきた大人は少なくなかったはずです。終身雇用という恩恵を考えれば、トレードオフで犠牲にするのもアリな選択肢だったのでしょう。

でも現在では、新卒で就職できれば勝ち組という考えは、ある一つの価値観でしかありません。「就職できなければ、のたれ死んでしまう」というなら話は別ですが、もっと世の中を広く俯瞰してみるのも、おもしろいと思います。

よーく見てみると、あちこちに楽しそうな仕事が転がっています。最初はそれがアルバイトだって、何の問題もないと個人的には思います。

そもそも、5社や10社ならまだしも、30社も50社も落とされたら「これは何かおかしいぞ」「自分にはこのやり方は合わないのかもしれない」と疑うのが、まともな感性というものではないでしょうか。

“仕事はお金のために我慢してやるもの” という先入観は捨てて、フラットな目で世の中を見てほしいなと思います。

241月

家入一真・都知事選出馬について| “焼け野原” の向こう側にあるもの。

政治には人並みに関心を持っているつもりの私ですが、正直なところ、今回の都知事選からは目を背けたくなっています。

私は都民ではなく、隣の神奈川県民なので、実際に他人事ではあるのですが、「他人事で良かった」という気すらしてしまうんですよね。もし、当事者だったとしたら、投票先に悩んだ挙げ句、棄権していたかもしれない。

なぜ、(副知事時代から)ここ10年 5・6年の東京を支えた、最も有能な都知事が、都政のうえでは何の瑕疵もないまま、辞める事態になってしまったのか。

都民は、こんなどうしようもない選挙に臨むくらいなら、猪瀬直樹を辞めさせるなと運動をするべきだったんじゃないのか、とまあ、お隣の神奈川県民ながら思うんです。

猪瀬さんが、お金の問題をしっかり説明できなかったのは、だから痛恨でした。仕方ないですね。

 

選挙後、インターネット空間は焼け野原になる

都知事選にあたり、様々な人が、色々な意見を表明しています。

私がざっと見渡した限りでは、今回は東浩紀さんの意見にシンパシーを感じました。思いの根本にあるものは全く違うはずなんですけど、ただ結論は似ているように思うんです。

インターネット上の一部で話題になっているのが、家入一真さんの都知事選出馬です。立候補を賞賛したり、歓迎したりする声を、たくさん耳にしました。

ただこれは、若い世代を中心に、「選挙だとか政治だとかは、自分には場違いだ」と思っていたところに、よく知っている、やはり場違いな人が出てきたので、ちょっと興奮して、神輿を担いでいるだけなんですよね(家入さん本人も、それを自覚している)。

でも、祭りが終われば、あの高揚感はいったいなんだったんだろうか、というほどの静寂が訪れて、そこにあるのはいつもと変わらぬ、寂れた公園なんです。

いや、単に静寂が戻って来るだけだったら、まだいい。

たぶん、都知事選のあと、家入一真さんを熱狂的に支持した(一部の)インターネット空間は、焼け野原になります。

あれだけ盛り上がったのに、結局は何の意味もなかった、これしか票が取れなかった、という絶望感。猫じゃらし一本残らないでしょう。

 

家入一真は選挙に勝とうとしていない

たとえば、こんなグラフを作成している方がいました。

これを見て、妄想たくましく、盛り上がる人はいるでしょうね。

でも、ちょっと立ち止まってみてください。たぶんあなたの家族に、家入一真を知っている人はいないんじゃないでしょうか。

イケダハヤトさんは、自分のことを知っているのは日本中で1,000人に1人くらいだ(から炎上を恐れずに発言するべきだ)と言っていますが、これは感覚値としてそんなに間違っていないだろうと思います。

家入さんが、仮にイケダハヤトさんより10倍有名だとしても、100人に1人です。彼を知っている人が1人いたら、知らない人が99人いるんです。

もし、本気で人口ピラミッドを活かそうとするのなら、家入一真さんが真っ先にやるべきなのは、マスメディアへの露出であり、知名度を高める作業です。

が、家入さんに、そんな気はないでしょう。

そもそも、短期決戦の都知事選では、のんきに知名度を高めているような余裕はないわけです。元から知名度が高い候補を擁立して、人気投票合戦を制する。これが仕組み上の王道にならざるを得ない。

圧倒的大多数の家入一真を知らない人が、家入一真をどう見るか。常識を知らず、場違いな、キワモノの泡沫候補以外の何者でもない。

得票数は、過去の投票結果を見る限り、5桁が現実的な目標で、せいいっぱい背伸びをして6桁を目指すと言ったところでしょうか。

平成24年 東京都知事選挙 開票結果

平成19年 東京都知事選挙 開票結果

仮に6桁(10万票)に届いたとして、得票率はおおよそ2%前後です。

 

落選にともなうマイナスを軽視するべきでない

前回の参議院選挙で、佐々木俊尚さんをはじめ、インフルエンサーが投票を呼びかけたのにもかかわらず、鈴木寛氏は落選しました。インターネット空間では、これ以上はなかなか考えられない規模のキャンペーンだった印象を受けたのにもかかわらず、です。

インターネットは、選挙で現実を動かすには、無力。

だからと言って、家入一真さんの立候補が無意味だとは思わないんですよ。

たぶん彼がやろうとしているのは、小さいけれど無数に聞こえてくる声に応える、ということ。その声が、中二病の延長であったり、無知蒙昧の極みであったとしても、問題ではない。

出馬に何か具体的な意味があるとか、物事を実際に動かせるのかとか、一切考えていないに違いないと思います。

彼の行動によって、政治という空間にも居場所を得るということを、身体的に理解する人が出て来るわけです。

なぜぼくが家入一真を応援するのか? – トークのイチロー就活日誌

だからこそ家入一真の都知事選出馬には意味がある、という意見もあるでしょう。

が、同時に、落選にともなうマイナスを軽視するべきでもないとも思うんです。

盛り上がれば盛り上がるほど、「当落にかかわらず出馬した意味があった」と口では言っていても、“結局、自分たちの投票は政治には何の影響も与えられなかった” という事実は、重くのしかかります。

必ず。

絶対に。

家入一真が出馬し、たくさんの人を巻き込んだからこそ、本当の意味で政治に絶望する人が続出するんです。

 

焼け野原から “本物” が芽吹くかもしれない

そして、私はそれでいいと思っています。だって、近代民主主義は限界なんだから。

インターネットが世界にあまねく浸透したからといって、家入一真のようなカリスマが登場したからといって、その程度の変化で修復できてしまうような、簡単な話ではない。

近代民主主義の次はどうするんだ、と、そういう根本的な話をしなきゃいけない。

心ある人は、とっくの昔に政治に期待するのをやめ、自分なりの関わり方で、物事を前に進めようとしているわけです。

だから、焼け野原でいいと思う。

いったん灰燼に帰してこそ、太陽が差し込む余地が生まれ、今まで人目に触れることがなかった雑草が芽吹くはず。

政治のせいにしても、無駄だ。

絶対数は少ないかもしれないけれど、焼け野が原からそんな「気づき」が芽生えたとき、家入一真の都知事選出馬も成功だったと言えるのかもしれない、と、複雑な気持ちを抱きつつ、お隣の県から見ているところです。

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