新しい働き方

259月

僕がブログ発信をする理由|さんざん独り占めしておいて「今度あげるから今ちょうだい」は通用しない

4歳の娘がおやつを食べていると、2歳の息子が、お姉ちゃんが食べているものが美味しそうに見えて、近づいていきます。娘は大好きなおやつなので、少しも分けたくない。「あげたら?」と言っても「ヤダ!」と拒否して、大喧嘩になります。

そのおやつは一袋しかなかったので、2歳の息子には仕方なく別のおやつをあげます。

すると今度は、4歳の娘が、弟のおやつが欲しくなります。当初は力づくで奪いとろうとするケースもあったので、叱って、「ちょうだいって言ってみたら?」と諭します。

でも、お姉ちゃんが「ちょうだい」と言っても、弟は「イヤ!」と言ってそっぽを向いてしまいます。

まぁそれはそうだよね、と苦笑しながら、娘にだいたいこんな内容を話します。

「意地悪をしたら、同じだけ自分も意地悪されるんだよ。でも、優しくしたら、自分も優しくされるんだよ。どっちがいいか、よく考えてごらん」

判断を委ねると、大抵は泣きながら「優しくする〜(×_×)」と言うんです。

 

8割の損失があっても損ではない

もう少し年齢が上がってくると、この法則は成り立たなくなります。100回優しくしても、20回くらいしか返ってこないかもしれません。

でも、80回の損失があるからと言って、それで損ではないんです。なぜなら、先に自分から贈与しなければ、ほとんどの他人は何もくれないから。

娘のように、自分が欲しくなってから「あのとき意地悪しなければよかった」と気づいても、あとの祭り。さんざん独り占めしておいて、「今度はあげるから、今ちょうだい」は通用しない。

これってまさに、社会の仕組みそのままだと思っています。

 

発信は無償の贈与でもある

僕が個人メディアで発信をする理由は様々で、フリーで働く身としてインバウンドマーケティング的(ライター依頼の受注などに繋げる)意味合いもあれば、年間40〜50万円程度ではありますがGoogle AdSenseやAmazonアソシエイトでの収入に繋げる意味合いもあります。

一方で、無償の贈与という意識もあります。

情報発信ノウハウ記事、学生向け記事、ライフハック記事は、課題を抱える誰かの役に立つかもしれません。

子育てやワーク&ライフスタイル記事は、日常の気づきを(自分の内にしまい込んでおくのではなく)シェアすることで、誰かが考えを整理したり、気づきを得るきっかけになれるかもしれません。

ソーシャルイノベーション関連記事は、ナイスな活動をしている誰かの情報発信を、微力ながらお手伝いしている感覚です。

発信しても8割9割は、何の反応もありません。

独り占めしていればそれなりの値段で売れるかもしれないスキルを、WEB上でオープンに発信しているわけなので、考え方によっては損をしているのかもしれません。スキルレベルが低かった他人が、同じだけのスキルを身につけてしまっては、商売にならないからです。

あるいは、誰かの情報発信を手伝っても、直接的には何の収入にもなりません(厳密にはアフィリエイト収入等に繋がる可能性はありますが、割合としては本当に微々たるものです)。その時間を外部寄稿記事の執筆に当てれば収入が増えるわけで、結果的に損をしているという考え方もできるでしょう。

 

直接収入よりも素敵なお返し

でも、1割2割は返ってきます。

そしてその1割2割の大半は、お金で買うのは難しい貴重なものです。

先月は僕が運営するメディアのひとつであるFutureCenterNEWS JAPANの読者の方から、地方での講演依頼をいただきました。まとまった額の報酬付きだったのもさることながら、ぜひやりたいと思えるような、おそらく現状では自分にしかできない面白い仕事だったのがすごく嬉しかったんです。

FutureCenterNEWS JAPANに関してはマネタイズを一切しておらず、完全に無償の活動です。もし、儲からないから、と発信をしていなかったら、僕は絶対に今回の仕事に出会えなかったでしょう。

 

お菓子を分けてあげなかったら、自分がほしいときにも分けてもらえないよ?

社会は、ひとりひとりが、互いにプラスの影響を与え合うことで回っています。物を売ることも、サービスを提供することも、コンサルティングも、コンテンツ制作も、誰かの課題を解決したり、誰かを満足させたりという価値があるので、対価としてお金が支払われます。

もちろん自分の利益ばかりを優先する人もいるでしょう。でも、自分自身の一昔前を考えても、利己的な生き方しかできないと社会の中で孤立します。自分の利益は望みどおり確保できているのに、なぜか穏やかになれなかったり、生き方に満足できなかったりします。

我が家の姉弟喧嘩ならば「お菓子を分けてあげなかったら、自分がほしいときにも分けてもらえないよ? それでもいいの?」という感じですね。

ちなみに今朝はオモチャの取り合いがあって、4歳の娘は意地を張って、「貸してもらえなくてもいい(から貸さない)!」と突っぱねていました。

それで本当にいいんなら、特にこちらから言うことはないんですよ。

 

無償の贈与は社会での居場所をつくる

発信は、受け手の存在を想定するのが大原則です。誰かにとって役立ったり、誰かが満足したりするからこそ、価値があります。

つまり発信は、それ自体が誰かにプラスの影響を与え、立派な贈与になります。

他人にプラスの影響を与える人は、誰かからお返しが得られます。それが金銭である場合もあるでしょうし、金銭以外の何か(おもしろい活動をする機会であったり、仲間だったり)であるケースもあります。

こうして社会の中で役割が得られると、徐々に自分の居場所が定まってきます。何もせずに居場所がもらえるなんてことは有り得ないんです。

僕はこどもたちに、自分の居場所を自分で見つけて、自分らしく生きられる人に育ってほしいと思っています。だから、「意地悪をしたら、同じだけ自分も意地悪されるんだよ。でも、優しくしたら、自分も優しくされるんだよ。どっちがいいか、よく考えてごらん」と問いかけています。

それにブログ等での発信は、個人的にすごく使い勝手がいいんですよね。

例えば僕は、老人の荷物を持ってあげたり、落とし物を一緒に探してあげたりするのが苦手です。感謝されるのが負担、と言ったら変かもしれませんけど、頭を下げられたりするとむしろこちらが頭を下げたくなります。

インターネット発信なら、発信者と読み手の間に距離があるので、よほどのことがない限り、直接的に感謝の言葉をもらうことはありません。探し物を見つけて相手に手渡しておきながら、気づかれずに逃げられるみたいな、うまいことになります。

197月

好きこそものの上手なれ。フォトグラファーとしても収益化に挑戦。みんなもどう?

ここ数年、妻のデジタル一眼レフカメラをパクって使っているんですが、昨年秋頃だったかにNikon D7000が我が家にきて以来、めきめき写真が楽しくなりまして。

いろいろ知りたくなって勉強して、絞り・ISO感度・シャッタースピードの関係を理解できたりとか、構図の基本的な考え方を学んだりとかしてます。

するとおもしろいもので、『Handmade Future !』や『FutureCenterNEWS JAPAN』でレポート記事を書く際に撮影した写真を、先方に喜んでもらえるケースが増えてきました。

ほとんど毎回のように「Web素材として使わせてもらえませんか」と言ってもらえたり「有料でいいので記録用に撮影してください」と声を掛けてもらえたりするようになってきたんです。

ということで。

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Photo Gallery of Keiichi Yorikane | 寄金 佳一

フォトギャラリーを作って、フォトグラファーとしても収益化を試みることにしました。

 

自分の好みや趣味を、そのまま強味に

僕は我が子も含め、こどもたちが好きなので、こどもの生き生きした様子を撮影するのが好きです。

こういう瞬間を切り取ればいい写真になる、という感覚が自分の中にあって、撮影した子の親御さんに喜んでもらえています。

で、この感覚は、大人に応用できる部分もあります。大人の問題点は、カメラを見ると構えちゃうところ。

“つくり笑顔” って、本人の意図とは裏腹に、魅力が失われるケースが大半です。

イベントの撮影をするときは、なるべく自然な表情を撮影できるように、存在感を消したり、笑わせたりと工夫してます。

 

せっかく好きで続けているなら収益化の工夫を

このあたりをベースにして、経験と評価を積み重ねていって、5年後くらいに収益として化ければ嬉しいなと思っています。

今はまだプロカメラマンを名乗るわけにはいかないですけど、5年も現場で実践していれば上達しますからねー。

好きでやっていることなんで、続けるのはまったく問題ないし。

当面は、今までの活動の延長線上で、こども関係やソーシャルグッド系イベントの撮影を地道にやっていきます。

 

趣味でもなんでもいいんですけど、せっかく好きで続けていて、スキルがある(or 上達する見込みがある)なら、収益化の可能性を考えたほうが得だと思うんですよね。

結果的にうまくいかないかもしれないけれど、態勢だけは整えておく。

数年のスパンで考えれば、例えばフォトギャラリーをつくるくらい大した手間じゃありませんから。

趣味を仕事にする第一歩。どんなことにでも応用できると思うので、みなさんもいかがですかー?

66月

僕が子供を仕事に連れて行きたい5つの理由

子供を仕事に連れて行きたいんです。特に取材の仕事に。理由は5つあります。

 

1. 大学を出てから社会を知るのでは無駄が多い

1つめの理由は、広く世の中を見せたいから。ただ学校と家を往復して、たまにレジャーに出るだけでは、社会を学べないんです。学生になってバイトをしても、その程度ではほとんど意味がない。

これは僕自身の経験からきています。もっと早くから、世の中ってどういうものなのかを知っていれば、20代をもっと有効に使えただろうと思います。親に恨みつらみはありませんし、20代を後悔もしていませんけど、もし学生時代に社会の仕組みを理解できていたら、可能性が遙かに広がっていたのは間違いありません。

ふつうは、大学を出てから、身をもって社会を学び始めます。でも、社会の仕組みを学ぶのって、別に3歳から始めたってなんの問題もないですよね。

最初は、親の傘の下からちょっと覗くくらいでいいんです。小学生や中学生になったら、失敗が許される環境のもと、自分の手で何かをやってみる。徐々にステップアップして、20歳になったら、もう自分がやりたい活動を自由にやれるようになっているのが個人的な理想です。

世の中にはいろいろな人がいて、小さな無数の事象が絡み合って社会は動いていて、自分も自分なりのやり方で社会の中に入っていけるんだという事実を、子供たちには知ってほしいなと思います。人生の最高の楽しみって、学校を卒業してから始まるんです。誰かの庇護から卒業して、自分の手で社会を泳ぐようになってからが本番なんです。

 

2. “嫌だけど我慢して働く”でなく“価値を提供する”が仕事だと知ってほしい

2つめの理由は、仕事ってどういうことなのかを実感してほしいから。

特にサラリーマン家庭の場合、子供は、ただ疲れて家に帰ってくる親の顔しか知りません。どんな仕事をしているのか見たり、その仕事が社会をどう動かしているのか知ったりする機会がないのが一般的なはずです。普通に生活して学校を卒業して、いざ就職するとなったときにネガティブな気持ちにしかなれないのは、

仕事=よくわからないけど大変で、毎日疲れて、嫌だけど生活するためにやらなくちゃいけないもの

という認識になるケースが多いからです。マイナスの一面だけで仕事を理解するのは、不幸でしかないと僕は思うんです。毎日疲れて帰ってくる仕事でも、達成感はあるのかもしれないし、世の中を大きく動かしているのかもしれない。

また、企業の社員として働くだけが仕事ではないとも知ってほしい。価値を提供でき、価値をお金に換える方法を知っていれば、どこからでもお金は稼げるんです。「嫌だけど我慢して働く」が仕事ではないんです。

世の中には、個性的な活動をしている人が山ほどいます。僕の仕事の半分は、個性的な彼らを取材して、広くステークホルダーと繋げ、新たな価値を生み出すことだと思っています。都内、被災地、地方……個性的な彼らを取材するときは、どこへだって子供たちを連れていきたいと思っています。

たとえば、子供たちがもう少し大きくなって、「小学校へ行きたくない」と言い出したら、僕は喜んで全国各地へ引っ張り回すつもりでいます。僕自身の仕事を見せるのもそうですし、世の中の多様な仕事のあり方を見せたいと思っています。

 

3. いろいろな人に会うことに慣れてほしい

「これはいい機会かもしれない」「チャンスかもしれない」と感じたときに、躊躇なくコミュニティに入っていける人になってほしいと思います。

僕自身、それほど人付き合いの良いほうではないのですが、それとは別に、おもしろそうな場所へポンポン飛び込んでいくフットワークの軽さがあります。体感してみなければわからないことって多いと思うからです。期待外れだったら遠ざかればいいだけです。

不安で一歩を踏み出せないとか、そもそも人と会う行動を特別に感じるようだと、多くの可能性を失います。日常的に多くの人に触れる経験をさせてあげたいと考えています。もっとも、これは親の勝手な希望ではあるのですが。

 

4. 他人とは違う経験をさせたい

つくづく子育ては、「いかに他人と違う体験をさせられるか」なんだと実感しています。型にはまらず個性的な活動をしている学生や若者は、話を聞くと、ことごとく一般的とは言い難い環境で育ってきているからです。

両親がともに起業家だった。子供の頃から大人とゴルフに行っていた。学校に行かなくても誰も文句を言わなかった。などなど。

一般的に必要とされるスキルを、ある程度の水準で習得すれば、確かに就職はしやすいかもしれません。でも、そんなどこにでもあるスキルは、いくらでも交換できます。

これからの時代に強味になるのは、ちょっとこういう人材はいないよね、と認識してもらえるような個性です。なぜなら、「人と違う」という強味さえあれば、いくらでも価値を生み出せるからです。雇用されるにしろ、自営するにしろ、必ず武器になります。

 

5. 単純に楽しい

最後の理由は、子供と一緒だと、単純に僕が楽しいからです。

先日はじめて、取材に4歳の娘を連れていきました。

7つのテーマが羽ばたく!『子ども達にいい社会をつくるためのChild Future Session vol.4』レポート | FutureCenterNEWS JAPAN

好きでやっている仕事にもかかわらず、でもやっぱり5倍くらい楽しい実感がありました。

ちなみに、Child Future Sessionに集った人たちは、もちろん、こどもに理解のある人ばかりです。するとおもしろいことに、娘ほか数人の子供たちは、イベントの妨害も、仕事の邪魔もしませんでした。周囲を飛び回っても、ゲストスピーカーの椅子に座っても、なぜか付箋を配りはじめても、みんな笑って見ているだけで、誰も叱らなかったからです。

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「この場に受け入れられている」とさえ感じれば、ちゃんと大人しくしているんです。正直、4歳ではまだ早いかな、という懸念がゼロではなかったんですけど、いい大人たちに恵まれたおかげで問題ありませんでした。

子連れ取材の一発目に、Child Future Sessionを選んで、本当に良かったです。これからもどんどん子供を連れて取材へ行くぞ、という思いを強くしました。

235月

フリーランスが天職だと感じる瞬間

こんにちは。寄金です。今朝、子供たちと妻を送り出してから、どうにも煮詰まったようになってしまって、ちっとも頭が動きませんでした。僕の仕事は、「何をやるか」からして自分ですべてを決めるフリーダムな職業なので、思考停止状態に陥ると「とりあえず目の前の作業を淡々とこなす」すら不可能になります。何をやるかがそもそも決められないわけですね。

実際、用もないのにFacebookのニュースフィードを見たりとか、「おー、昨日書いた記事がGunosyからガンガン流入してる」なんてGoogle Analyticsと睨めっこしたりとか、今やるべき作業ではないなーと薄々感づいていながら、時間だけが過ぎ去っていく有り様でした。

で。

すっぱり仕事を中断して、外出の用事を片付けることにしました。銀行の口座開設のための書類を集めたりとか、お金をおろして支払いをしたりとか、切らしている調味料を買ったりとか、それなりにやらなきゃいけないことが溜まってはいたんですよね。

フラフラと初夏の住宅街を歩いていて、とは言っても、お昼前にこんなにのんびり外出できるなんて、フリーランスになったからこそだよなぁと、しみじみと幸せを感じました。天職ってこういうことなんだろうなぁと。

 

嫌になったら投げ出せる

僕も数年前まで会社勤めでした。実感から言えば、一般的な企業では、身の回りの雑務のために午前中に外出なんてできません。「午前中の分の仕事は、後でちゃんとやりますから」と言ったところで、認めてはもらえないでしょう。仕事をちゃんとやるかどうかという以前の問題で、会社というコミュニティの規律を破る結果になるからです。理解ある上司でも、「わかるけど、そこそこにしとけよ」が限界でしょう。

僕の仕事は、ブログ記事や寄稿記事の執筆が7割8割を占めます。どちらも締め切りが存在せず(幸い、後者も、ある程度好きに書かせてもらっています)、そのかわり書かなければ収益が発生しないスタイルです。当然ながら、取材アポや講師依頼等はすっぽかせませんけど、割合としては僅かでしかありません。

嫌になったら「いつでも」「瞬時に」投げ出せます。もちろん仕事の進捗は自己責任であるわけですけど、自己責任でまったく問題ありません。それがどうした、と言いたい。

 

我慢せずに自分らしく働けている実感

人間、誰だって、肉体的・精神的に、調子の波があります。どんなにセルフマネジメントをしていても、コントロールできない部分は存在します。調子が悪いときに、無理して仕事をしても、効率が良くないし、失敗も増えます。特に僕は、校正者から総務、課のマネジメントまで、事務・デスクワーク歴が長いので、こういった無理が致命傷になる事実を、嫌というほど知っています。

例えば企業では、昼食後に睡魔が襲ってきても、昼寝ができません。数分でも仮眠を取るだけで、劇的に能率が上がるのがわかっているのに、堂々と突っ伏して眠るのは抵抗があります。説明して理解してくれる同僚や上司ばかりならいいですけど、誰に「あいつはサボっている」と思われる結果になるかわからないので、リスクがあります。

書いていてウンザリするくらい、ほんとくだらない理由なんですけど……。

今朝、僕が、頭が回らないからと仕事を止めて外出したのは、無理して続けるより効率がいいと解っているからです。誰の目も気にすることなく、合理的・生産的な手段を選べるのは、最高です。やっぱり僕には、個人で仕事をするのが向いていたんだなぁと思います。

 

仕事と生活を同時に“自分らしさ”と一致させる

加えて、天職にはもう一つ条件があると感じます。生活や人生も自分らしくあることです。僕自身、人生における最優先事項である子供たちとの時間を確保できているからこそ、現在の仕事を天職だと言い切れます。どんなに仕事が楽しくても、子育てができなかったら天職とは思いません。逆に、子育てが充分にできたとしても、クソつまらない仕事を天職と言うには抵抗があります。

もう1つ言うと、僕はワーク・ライフ・バランスという言葉が、いまいち好きになれません。バランスをとるということは、トレードオフで考える前提だからです。仕事と生活を調和させるために、両方を少しずつ犠牲にする前提に聞こえます。自分らしい真の理想の将来像を、「現実的には」という、さももっともらしい台詞で、殺す可能性を秘めています。

本当はみんな、仕事と生活のバランスを取りたいんじゃなくて、自分に向かない事象を可能な限り排除して、徹底的に自分らしく生きたいんだと思います。ワーク・ライフ・バランスではなく、仕事と生活が同時に自分らしさと一致する“ワーク・ライフ・マッチ”こそが天職なのだと思います。

仕事と生活が同時に自分らしくあるのは、かなり困難な条件に見えます。少なくともモデルケースを見つけるのが困難なので、多くは自分で切り拓かなければいけませんし。ただ、理想の将来像さえ意識できれば、あとは目標へ至るまでの解決策を考えるだけというのも事実なんですよね。理想像が見えていれば、犠牲を払うのが苦にならないわけでもありますし。

僕自身のケースを言うと、今の環境を手に入れられたのは、偶然の要素が大きいのは事実です。ただ、「作家のような生活がしたい」という理想のワークスタイル、ライフスタイルだけは、学生の頃から首尾一貫していました。いつの間にかそのとおりになっていました。自分でも不思議ですが、遠回りをして辿り着いたところは、結局、理想像だったんです。

95月

[就職活動]仕事はやりがいや社風で選ぶな。ワーク&ライフスタイルを基準に選べ!

もしこれと言ってやりたい仕事が浮かばないのなら、「自分にはどんなワークスタイル、ライフスタイルが合っているのか?」を考えるべきです。“やりがい” “社風” “企業理念”など、実際に働いてみなければわからない事実は多いですが、職種ごとのワーク&ライフスタイルには傾向があるケースが多く、前もって正確な情報を得られるからです。

 

作家になりたかった理由はワーク&ライフスタイルが合っていたから

こんにちは、寄金です。僕は中高生くらいから漠然と物書きに憧れていたところがありました。大学生になると、もっとはっきり、「作家になりたい」と考えるようになりました。

もちろん、同世代の中では本をたくさん読むほうでしたし、文章に苦手意識もありませんでした。若さから、芸術的な職業への憧れもありました。

ただ、今になって思うと、それらは副次的な要素で、本質ではありませんでした。重要だったのは「作家のような生活が自分に合っている」というワークスタイル、ライフスタイルの合致でした。

当時、僕がイメージしていた作家像というのは、こんな感じです。

1. 好きな時間に好きなだけ仕事をする(とりわけ、早朝に起きて数時間だけ集中して執筆し、午後はのんびり過ごす)
2. 自分と向き合い、徹底的に一人で仕事をする
3. 自分の書きたいことだけを書き、嫌な仕事は一切しない

一方、ライター/ブロガーとしての僕の状況はというと、

1. 早朝4時に起きて仕事を開始し、夕方には終える
2. 仕事のうえでのコミュニケーションは最小限。基本的に一人で仕事をする
3. 自分の書きたいことだけを書き、嫌な仕事は一切しない

生産性の問題があるため、短時間だけ執筆というわけにはいきませんでしたが、それ以外はほぼ希望どおりです。

現在、作家に憧れ以上の魅力を感じなくなった理由は、特に「3」が大きいです。昔ながらのライターというと、雇用主の指示・発注に沿って的確なコンテンツを制作する能力が問われていたかと思うのですが、現状の僕の外部寄稿は、題材から切り口まで、原則的に僕から提案しています。こういう自分の書きたいことだけを書けるライター業もあるのだと理解してからは、作家への執着がかなり薄れました。

※蛇足ですけど、作家への執着が薄れた理由には、ライター/ブロガーのほうが、作家より、遙かに多くの人に読まれるという現実も大きく影響しています。現状の僕レベルでさえ、確実に年間のべ200万人以上には読んでもらえている計算です。が、作家で100万部突破できるのは、今では片手で数えられるほど。一億人中数人という惨状ですから。様々な意見の方がいるとは思いますが、僕は多くの人に読んでもらえるほうが嬉しいんですよね。

 

会社選びは働いてみなければわからない事実がたくさんある

就活の大きなポイントとして、企業をどうやって選ぶかという問題があります。正攻法でいけば、企業理念であったり、社風であったり、将来性であったり、やりがいであったりという基準になるでしょう。

が、就職活動経験者のひとりとして、はっきり言いたいのは、「そんなものは実際に働いてみなければわからない」という事実です。企業理念だって、形骸化している企業だったり、利益が優先されてしまっている企業だったりはいくらでもあります。

もう一つ、現実問題として選り好みができるのか? という点も、疑問符を付けておく必要があるでしょう。少なくとも、自慢できる学歴がなく、(転職においては)アピールできる職歴もなかった僕にとっては、ただ採用してくれる企業に就職するしかなかった、というのが実情です。根気よく丹念に情報収集をして、「これだ!」という企業を見つけたとして、希望どおり就職できる人の割合は、いったいどの程度なんでしょうか。

 

ワークスタイル&ライフスタイルは事前に把握できる

しかしながら、ワークスタイル&ライフスタイルは、職種ごとに傾向がはっきりしているケースが多く、簡単に把握できます。

一日中パソコンに向かい、残業も比較的多いプログラマーやWEBデザイナー。転勤が前提の、全国展開している小売業。人の寝静まっている時間に活動することもある、警察官や記者。どんな職場環境と日常生活を手に入れたいのか、自分に向いているスタイルなのか、理想の未来を思い浮かべてください。重要なのは、妥協しないこと。

例えば、公務員。一見、安定した仕事のように感じるかもしれませんが、僕には絶対に務まりません。平時は定時退社が当然という部署もあるでしょうが、災害など非常時には、家族よりも国民や地域住民を優先しなければなりません。僕は非常時こそ家族を大切にしたいという価値観を持っているので、まったく向きません。

「これなら我慢できるかも」ではなく、「こういう環境で働きたい! 絶対に自分に合っている!!」というワークスタイル&ライフスタイルを見つけるんです。

 

結果として「そんな職業は存在しない」という結論もあり得る

例えば僕のように、一人で仕事がしたいうえに、やりたい仕事しかしない、という条件は、一見すると無謀です。新卒で実現できる人はまずいないでしょう。僕自身も、スキル的にも時代的にも、今だからできることであって、社会に出てすぐでは到底不可能でした。

ただ、「自分はこういう希望を持っている」と明確に認識する作業は、絶対に必要です。現時点で実現不可能なら、5年後10年後を見据えて、実現できる方法を考え、実行すればいいだけです。目の前の就職活動は、希望のワークスタイル&ライフスタイルを実現するために、最適な職場を見つけ、アプローチしていけばいいわけです。

 

理想のワーク&ライフスタイルを前もって実践してみる

僕のケースでは、作家のワーク&ライフスタイルを手に入れるために、働きながらも小説を書き続ける必要がありました。どうせなら少しでも文章に親しんでおけたらと考え、リクルート系列の制作会社で校正を始めました。

働きながらも早朝に起きて小説を書く、ということを数年間(毎日)続けていました。結果的に作家にはなれていないわけですが、この経験が非常に重要でした。例えば、個人で仕事をするとサボってしまいがちになるとよく言われます。僕にはこの懸念は当たらないとはっきり分かりましたし、スランプが来ても乗り越える方法を学べました。波はあったとしても、毎日書き続けられるんだから、これなら職業にできるはずだと自信が深まりました。

可能であれば、希望のワーク&ライフスタイルを前もって実践できると、「希望」を「確信」に変えられます。文章を書き続けた積み重ねが実を結び、また運良く僕のようなスタイルのライターを受け入れてくれる時代になり、理想のワーク&ライフスタイルを手に入れられました。

 

繰り返しますが、就職・転職活動を十数年のあいだ経験してきた実感から言えば、“やりがい” “社風” “企業理念”などは、実際に働いてみなければわかりっこないと僕は考えています。インターンシップ → そのまま入社以外に、自分の希望する職場かどうか前もって知る方法はありません(逆に言えば、インターンシップで運良くいい会社に巡り会えて、運良くそのまま採用してもらえれば、正攻法の就職活動の中ではベストの方法だと思います)。

つまり“やりがい” “社風” “企業理念”などを基準に会社を選ぶと言うことは、運頼みを意味します。

これは人それぞれの価値観になりますが、僕は運頼みで就職 → 離職 → 再就職を繰り返すのは効率がいいとは思いません。もちろん、たまたま入った会社で意外に重要な経験ができたというケースは僕自身もあるので、無駄だとまでは言いませんが、それだけを頼りにするのはどうも性に合いません。

「これだ」というワークスタイル、ライフスタイルを明確に見定めて、それを手に入れるためにはどうすべきなのかを考え、実際に行動する。着実に前進しているという実感こそが、やりがいや充実感を生みます。ひとたび理想のワークスタイル、ライフスタイルを手に入れられれば、後に残るのは「さぁ、なにをやってやろうか?」というワクワク感だけです。

一般的な就活に執着しない学生は、ぜひ目の前の就活活動で希望するものが手に入れられるのか、立ち止まって考えてみてください。

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