新しい働き方

1712月

楽しいと思える仕事を見つけろ。心の底からやりたいと思えることだけやればいい。

Yahoo!トップに上がっていた記事『「綺麗ごと」を真に受けるな! 「キラキラワード」が日本をダメにする(横山 信弘)』への賛同と異論。

個人は企業と違い、多くの失敗が許されます。個人は、無理だと思ったらすぐに止めて、次々に新しい方法に手を出してみるべきです。

「綺麗ごと」を真に受けるな! 「キラキラワード」が日本をダメにする(横山 信弘) – 個人 – Yahoo!ニュース

こちらの記事がYahoo!トップにあがっていたので、見物に行ってきました。

コンサルタントとして現場に入る際の違和感として「小さな労力で大きな成果を手に入れたい」と考える輩へ警鐘を鳴らしています。

「大数の法則」という言葉をご存知でしょうか。夥しい量の試行を実践することで、経験的確率が理論的確率に近づくことを言います。つまり、少量の試行、短期間の実践で、そのプランが正しいかどうかは決め付けられないということです。個人でも企業でも、ダイエットでも営業改革でもかまいません。誰かの考え、方法論にのっとって新しいことをスタートさせたはいいが、なかなか期待成果が得られない、ということはあります。しかしだからといって、途中でやめてしまうことはナンセンスです。小さなマネジメントサイクルを回しながら改善していきましょう。その歴史が個人や組織を成長させていくのです。

要するに、成果が出ないからと、次々に新しいことに手を出そうとするような、移り気な経営姿勢はいかん、と言っているわけです。

すごくよくわかるんですが。

 

個人は、企業に比べて多くの失敗ができる点で決定的に違う

でも、一方で、なぜそこに言及するんだろう? と疑問符が付く部分もあるんですよね。

● 「楽しいと思える仕事を見つけろ」
→ 成功者が発する最も多い「キラキラワード」。人が幸福感、充足感を覚えるのは過去との相対評価です。他人との比較ではありません。過去できなかったことができた。昔苦しいと思っていたことが楽になってきた。その相対評価によって自分の成長を実感するのです。そうしてはじめて「楽しい」と感じるのです。「ひたむき」に頑張っていた人が何事も楽しいと思えるわけで、掲げた目標を達成した過去がないのに、楽しいと思える事柄はかなり限定的になってしまいます。

● 「心の底からやりたいと思えることだけやればいい」
→ 同上。そんなはずはありません。「やりたいこと」「やるべきこと」「やれること」の3つを並べたとき、「1.やるべきこと」「2.やれること」「3.やりたいこと」の順序にならないといけません。まず「やるべきこと」を実践し続けることで自分の「やれること」が増えていきます。そうして「やりたいこと」ができるようになるからです。特に若い人、これから社会人になる人はこういう「キラキラワード」に惑わされないようにしてもらいたいです。

なぜか、企業経営の話から、個人の生き様の話になっています。

ここはちょっと、異論があるんですよね。

個人が企業と決定的に違うのは、いくらでも失敗が許される点です。無限にではないでしょうが、企業よりもはるかにキャパは大きいわけです。

例えば、お金を掛けた施策に失敗したからと言って、株主に怒られるようなことは、自立した大人にはありません。

失敗が自己責任でしかない個人は、どんどん新しいことに手を出して、やりつくしてみるべきです。

しかも個人の場合、それが自分に合っているかどうかは、それなりに経験を積んできた大人であれば、短期間で直感できます。企業ではそもそも、直感では許されず、間違っていると気づいても効果が無いと実証してからでないと動けません。

機動力がまったく異なるんです。だから企業は、一つ一つの失敗の影響が大きく、それほど多くの失敗はできません。個人のものではないので、すぐに「誰が責任を取るんだ」という話になり、動きを縛ります。

 

心の底からやりたいと思えることだけをやれ。ただし即断即決で

個人は、無理だと思ったらすぐに止めて、違う方法を試してみるべきです。少なくとも、「小さなマネジメントサイクルを回しながら改善していく」だけが正解だとは思いません。

「相対評価で幸福感や充足感を覚える」という見方には同意します。そうやって無数に試行して、可能性をどんどん限定していく中から、本当に自分に合った楽しいと思える仕事が見つかります

不思議と自分に合った要素って、細々ながらも続けていたりするんですよ。でも、そんな本当に自分に合ったものって、やはり相対評価でないとなかなか認識できないんですよね。

結論は、心の奥底にストレスを抱えたまま働きたくないのであれば、心の底からやりたいと思えることだけやればいい

ただし、即断即決で。

個人だからこその機動力は最大限に活かす。

「心の底からやりたいと思ったことだから」と言い訳をして、違和感を見ないふりするんじゃ、横山氏の言う通り、ただ楽をしたいだけです。

1312月

心の奥底では誰も仕事と生活のバランスを取りたいなんて思っていない

本当は仕事なんかしたくないよね、というところから話を始めませんか。本当に大切なもの、譲れないものが認識できなければ、自分らしく生きられている実感が持てないからです。

 

女性リーダーを無理矢理つくる?

2013年11月、リクルートワークス研究所が、『提案 女性リーダーをめぐる日本企業の宿題』という文書を発表しています。

元も子もない言い方をすれば、企業側が女性を恣意的にコントロールして働かせよう、という戦略です(企業以外への提言も含まれていますが、本質はそう表現して差し支えないはずです)。

読みましたが、正直に言ってあまり好きではないですね。違和感の根源は、女性を無理矢理リーダーにする必要はない、という一点につきます。リーダーになりたい女性が、なれるようにすればいいだけです。

「なりたい人がなれるようにする」という意味では、上記の提言は、かなり逸脱しています(もちろん、なるほどと思わせる部分もありますが)。

結婚や子育てなどに対する想定不足から、合理的な人生選択ができないでいる女性に対し、企業側の論理に基づいた情報を積極的に提示して、働くことが当然であると誘導しようという印象が否めないからです(“女性をリーダーにするための企業への提言”なので、当然ではありますが)。

 

得られるものと失うものを同時に提示しなければフェアではない

子育て一つをとっても、育休は一年間を基本とし、その一年間という数字も世界的に見て長く、「アメリカでもアジアの多くの国でも、子どもを産んだ女性は3ヶ月以内に職場に戻ってくるものなのです」などと断定的に書いています。

しかしながら、3ヶ月で子どもから離れてしまえば、失われるものも当然あります。

直後に、長過ぎる労働時間を是正するために、8時間労働を目指すという提言がなされていますが、通勤を含め10時間も拘束されてしまっては、子どもとすごす時間は(眠っている時間を除いて)どれほどだと思いますか?

家事炊事の時間は、当然ながら子どもとべったりなんてわけにはいきません。下手したら、子どもをゆっくり抱っこしてあげる時間を3分しか取れない、という人もいるでしょう。

それを納得の上でやるんなら、いいんです。他人がとやかく言うべきことではありません。

が、それが当たり前と思い込んで、早くから子どもを預けて働きに出た人に限って、自身の子育てに後悔します。

得られるものと、失うものを同時に提示しなければ、まったくフェアではないというのが僕の意見です。

 

キャリアは子ども二の次にするほど大切なのか、という視点

それから、これは個人的な思いですが。上記提言には、子ども視点が一切含まれていない事実も、付け加えておきます。

3ヶ月や1歳で親から離れたいと思う子どもはいません(発達心理学の見地から、これは明らかです)。

キャリアって、子どもの気持ちを無視してまで守るべきものなんでしょうか。

成長に悪影響が出るとか、そんなことは気にする必要はないと思います。本当に仕事が好きだとか、一家が路頭に迷ってしまうとか、働くべき理由があるのなら働くべきでしょう。

が、何となくそうしなければいけない雰囲気だから、と確固たる理由もなく働きに出て、意図せず我が子の気持ちを無視する結果になってしまうのは、なんともやるせないですね。

おまけに、このときしか味わえない乳幼児期の成長にともなう感動や、子育ての楽しさを感じる機会も減ります。「いま、子どもの成長を一番目の当たりにしているのは保育士」という現職保育士の意見もあるくらいです。もったいないですね……。

育休が長くなれば、キャリアに悪影響が出る、と上記提言に書かれています。その分、収入も下がるんでしょう。

では一方で、キャリアを優先したとき、いったい何が失われるんでしょうか。言及しなければ、やはりフェアではありません。

 

ワーク・ライフ・バランスは妥協の思考である

もっともこれは、女性リーダーを増やすべきかどうか、女性労働力の活用は必要かどうか、という価値観の問題に集約されます。『提案 女性リーダーをめぐる日本企業の宿題』は、女性リーダーを増やすべきである、という信念に基づいて、発信されているわけです。

だから、是非は置いておこうと思います。

でも、たった一つだけ言っておきたいことがあります。

本当はみんな、心の奥底では、仕事と生活のバランスを取りたいなんて思っていない、という事実です。

そんなんじゃなく、自分に向かない事柄を可能な限り排除して、徹底的に自分らしく生きたいんです。

ワーク・ライフ・バランスって、なんだか格好いい言葉のように思われていますが、実際には妥協の思考でしかないと企業も社員も自覚するべきです。

 

妥協において切り捨てる部分を間違えてはいけない

人生において、ときに妥協が必要なのはもちろんです。

が、妥協というのは、最初から望むようなもんじゃありません。最初から妥協してしまうから、不満を抱えながら働き続けるハメになります。

企業が女性に何かをすべきだとしたら、体のいいマインドコントロールではないと僕は思います。

必要なのは、それぞれの心の奥底に潜む欲求としっかり向き合う機会を作ることです。

本当に大切なもの、譲れないものが認識できてはじめて、正しく妥協ができるようになります。切り捨てる部分を間違えてはいけないんです。

正しく妥協できれば、自分らしく生きられている実感が生まれ、心置きなく仕事に専念できるようになります。自ずとリーダーも生まれやすくなるでしょう(同時に、上記提言にあるように経験の積ませ方等を再考すればなおさら)。

 

企業は社員の「本当は仕事なんかしたくない」と向き合うべき

企業としては、社員の心の奥底に潜む欲求を見るのが怖いかもしれません。

それはそうでしょう。

だってみんな、本当は仕事なんかしたくないと思っているわけですから。

でも、だからと言って働かないという人はいません。

安心して、社員の「本当は仕事なんかしたくない」という根源から掘り起こして、社員それぞれが自身の欲求に気づけるように仕向けるべきです。

その結果、この会社では働けないという結論もあるかもしれません。が、それは社員にとってはもちろん、企業にとっても幸せな結論でしょう。

何より、社員の鼻先に人参をぶら下げて無理やり働かせる後ろめたさがなくなります。ロイヤリティの高いメンバーのみで構成される組織は、そうではない組織よりも生産性が高いはずであるわけで、採用・教育に関わる損失もすぐに埋められるでしょう。

みなさん、本当は仕事なんかしたくないよね、というところから話を始めませんか。

1012月

2013年に学生が最も注目した働き方や情報発信に関する記事ベスト7

『Handmade Future !』の学生向け、働き方カテゴリの記事のうち、2013年に平均ページ滞在時間が最も長かった10記事を紹介します。

アクセス数ではなく、熟読された順にランキングにしました。

 

学生向け、ワークスタイル/2013年平均ページ滞在時間ランキング

1. 僕がフリーランスを天職だと感じるのは、我慢せずに自分らしく生きられている実感があるから

平均ページ滞在時間|00:07:13(1,298PV)

僕がフリーランスを天職だと感じるのは、我慢せずに自分らしく生きられている実感があるから

僕はワーク・ライフ・バランスという言葉が、いまいち好きになれないんですよね。なぜなら、バランスをとるということは、トレードオフで考える前提だからです。バランスを取るために両方を少しずつ犠牲にする、というニュアンスに聞こえる。

本当はみんな、仕事と生活のバランスを取りたいんじゃなくて、自分に向かない事象を可能な限り排除して、徹底的に自分らしく生きたいんです。

 

2. 「やってて楽しいこと」が少ない人は趣味を仕事にできない

平均ページ滞在時間|00:07:06(10,137PV)

「やってて楽しいこと」が少ない人は趣味を仕事にできない

ボールを投げて的(まと)に当てるには、2通りのアプローチがありますよね。1つは、もちろん、慎重に狙う方法。もう1つは、的を増やす方法。つまりたくさん的があれば、いい加減に投げても当たる可能性は高まるわけです。

趣味を仕事にするには、そもそもそれがお金になる水準であること、それからお金に繋げる手段を知っている(マーケティング感覚がある)必要があります。お金になる水準の趣味が多ければ多いほど、趣味を仕事にできる可能性が高まります。

結論は、徹底的に楽しいことだけをやれ、やるんなら全力で。

 

3. 心機一転。学生がブログを始めるべき7つの理由

平均ページ滞在時間|00:06:09(5,153PV)

心機一転。学生がブログを始めるべき7つの理由

ブログ歴15年の僕の経験から、今すぐブログを書き始めたほうがいいと思う7つの理由を紹介。「情報発信くらい、できなきゃまずい」という意識の学生向け。

 

4. 学生を立派な社会人に育てあげている大学は存在するよ。

平均ページ滞在時間|00:06:02(1,081PV)

学生を立派な社会人に育てあげている大学は存在するよ。

世の中では、「大学にキャリア教育なんかできない」と当然のように語られているんですけど、実際に学生を立派な社会人に育てあげている大学は存在するんです。

静岡県立大学経営情報学部・国保ゼミの事例を紹介。

 

5. [就職活動]仕事はやりがいや社風で選ぶな。ワーク&ライフスタイルを基準に選べ!

平均ページ滞在時間|00:04:45(4,344PV)

[就職活動]仕事はやりがいや社風で選ぶな。ワーク&ライフスタイルを基準に選べ!

就職・転職活動を十数年のあいだ経験してきた実感から言えば、“やりがい” “社風” “企業理念”などは、実際に働いてみなければわかりっこないです。インターンシップ → そのまま入社以外に、自分の希望する職場かどうか前もって知る方法はないと断言します。

やりがいや社風よりも、自分に合ったライフスタイルの職業かどうかで判断するのを、個人的にはおすすめします。

 

6. 17,200時間、地球約17周の無駄について。

平均ページ滞在時間|00:04:32(7,346PV)

17,200時間、地球約17周の無駄について。

通勤時間です。往復2時間の通勤を年間200日、22歳から65歳まで続けたら、17,200時間。40年ちょっと働いて、うち2年間に相当する時間は、通勤のためだけに費やされるんです。仮に片道40kmだとしたら、688,000kmの移動距離。地球約17周です。

僕はおかしいと思います。

 

7. 学生が10年後に成功できる2つのモデル

平均ページ滞在時間|00:04:00(2,825PV)

学生が10年後に成功できる2つのモデル

業界で上位数%のプロになるか、それとも自分だけの強味を持ったプロになるか。もちろん、専門家だけが成功の道だけではないので、これらが自分には合わないという可能性もあります。

ただ、未来がどうなるか誰にもわからない中で、この2種類ならば成功できるだろうと僕は考えています。

3011月

新卒で天職を見つけられなくても何も問題はない

天職を見つけるためには、

1. 環境に縛られず、自分の欲求に耳を傾ける
2. 広く社会を見渡して、世の中の多様性を知る
3. さまざまな可能性を消していき、自分の “玉” を見つける

という3つの手順を踏む必要があります。1はともかく、2と3は社会に出てから学ぶ結果となるのが一般的です。新卒で「天職を見つけなければ」と焦る必要は一切ありません。

 

新卒が天職を見つけられないのは当然

僕が新卒で就職活動をしたのは、もう10年以上も昔です。当時から、終身雇用の神話は崩れつつあり、また景気減退の影響で、売り手市場から買い手市場へとシフトしつつある状況でした。

ここ数年に比べれば、まだマシだとはいえ、就職活動に悩む同世代は少なくなかった印象があります。「こうするのが当然だ」と疑わない層と、「ホントにこれでいいのかな?」と自信を持てない層が、混在していた感じですね。

僕自身、会社が一生の居場所であるようには思えませんでした。周囲に流されるように、就職活動を少しはやってみたものの、違和感がありありで、すぐにやめてしまいました。

もっとも、卒業するのに単位がギリギリだったという影響もありますが。卒業が決まってもいないのに、悩むのはバカらしい、と。

僕は今では、自分らしく生きられています。

僕がフリーランスを天職だと感じるのは、我慢せずに自分らしく生きられている実感があるから

が、これが天職だと自信を持てたのは、30歳を過ぎてからです。つまり、大学を卒業してから10年前後ものあいだ、あーでもないこーでもないと試行錯誤を繰り返してきました。

振り返ってみれば、「新卒で天職など見つけられるはずがなかった」と断言できます。なぜなら、社会がどんな場所であるかわからないのに、自分の居場所を想像できるはずがないからです。

大学を卒業して社会に出て初めて、社会はどんな仕組みで回っているのか、どんな可能性があるのかを知り、自分らしく生きる方法にたどり着けたわけです。

 

環境に縛られず、自分の欲求に耳を傾ける

天職を見つけるには、大前提として、「自分がどうしたいのか」をしっかり意識する必要があります。

人間、“環境” や “常識” に、知らず知らず流されます。

新卒で就職するのが当たり前だから、と自分の内側に寄生している違和感を封殺するのではなく、しっかり真正面から向き合うんです。

僕自身は学生時代、作家になりたいと思っていました。より正確に言えば、作家みたいなワークライフスタイルが自分に合っている(自分にはこれしかできない)、と直感していたんです。

[就職活動]仕事はやりがいや社風で選ぶな。ワーク&ライフスタイルを基準に選べ!

とりあえず夢中で働いてみたり、こどもが生まれてからは生活のために働いてみたり、と紆余曲折はありましたが、結果として “作家みたいなワークライフスタイル” にたどり着いています。

正直、狙っていたわけではないので、振り返ってみると驚きます。「自分がどうしたいのか」を意識できていなければ、こうはならなかったでしょう。

 

広く社会を見渡して、世の中の多様性を知る

学生のあなたが、自分にあった生き方を想像できないのは、当然です。

基本的に、小学校、中学校、高校、大学と、教育現場には、社会との接点がほとんどありません。教育現場は、社会の荒波から守られなければならないので、これは「悪」ではありません。

ただ、度が過ぎているんです。

社会科見学や、学生アルバイト程度では、社会の極めて限られた一部分しか知れません。

【課題に気づいて、優れた取り組みをしている現場もあります】
学生を立派な社会人に育てあげている大学は存在するよ。

結果として、仕事=よくわからないけど大変で、毎日疲れて、嫌だけど生活するためにやらなくちゃいけないもの、という印象しか持てないハメになる。

こんな状況で、自分が社会の中でどう生きていけばいいのかを、想像できるはずがないんです。

もしあなたが、小さい頃から広く社会を見られる環境に育っていて、「自分はこうしたい」という思いがすでにあるのなら、幸運です。

圧倒的大多数の学生はいま、途方に暮れているでしょう。

でも、心配はいりません。大学を卒業して社会に出てから、広く世の中を見渡していけばいいんです。

世の中には様々な生き方をしている人が存在します。

 

さまざまな可能性を消していき、自分の “玉” を見つける

たくさんの可能性を知ることで、相対的に自分に合っているものと、そうでないものが見えてきます。

だから躊躇することなく、おもしろそうと感じた存在、魅力的に見える対象に突撃してください。

僕は作家になりたいと思っていたので、企業に就職するのではなく、小説を書き続けながら校正のアルバイトを始めました。それくらい自由に発想していいと思います。

いちばんの遠回りは、「あのときこうしていれば良かったかも……」という後悔です。

人間、体験しなければ割り切れないものです。

割り切れない、とネガティブな表現をしているのは、人生の大半は可能性を消していく作業だからです。

こどもの頃は、宇宙飛行士になりたいだとか、総理大臣になりたいだとか、自由に宣言できます。

が、現実には、環境であったり、自分自身の能力であったり、運であったりを無視することはできません。徐々に「これは無理だ」「あれも無理だ」と悟っていきます。

可能性が消えていくのは、別に不幸ではありません。なぜなら、そうやって磨き上げていくことで、本当に自分らしい “玉” が自身の内側にはっきりと現れてくるようになるからです。

あれもダメ、これもダメ……やっぱり自分にはこれしかないな!

明確に意識できたとき、恐れるものは何もなくなります。無敵です。

 

何事もモノになるまで10年かかるのが普通

若干20歳という史上2位の若さで第130回芥川賞を受賞した、小説家の金原ひとみさんは、実は12歳から小説を書いていたそうです。

父(金原瑞人:翻訳家・児童文学研究家)が法政大学で開講していた小説創作ゼミに、中学3年生で参加するなど、小説を学ぶ環境も申し分なかった。

「20歳で芥川賞受賞」とだけ聞くと、天才と言いたくなりますけど、実際は約8年もの積み重ねがあったわけです。

趣味でも、スポーツでも、仕事でも、なんでもそうですが、モノになるまでには、約10年かかるのが普通です。

学生のあなたが今、得意としている何かがあるとすれば、それは1年2年で身についたものではなく、幼少期からそれらが身につく環境にいたからでしょう。

「自分がどうしたいのか」をしっかり意識し、広く社会や世の中を知り、積極的に可能性を潰していって、自分の “玉” を見つける。

天職に出会うまでには、5年や10年はかかります。

焦る必要はありません。

自分の欲求に素直に、大学卒業後の未来を考えてください。

1910月

僕には公務員なんて絶対に務まらない。

みんな、子供たちや妻や大切な人よりも「公」を優先できる? 僕にはできません。

 

公務員の仕事の重さは非人間的ですらある

伊豆大島(東京都大島町)が土砂崩れの危険のなか、住民に対して避難勧告を出せなかった件で、行政のミスが指摘されています。

【伊豆大島】「過小評価」「予測甘い」 被害拡大は行政の不作為か +(1/3ページ) – MSN産経ニュース

僕は今回の台風災害で、漠然と、東日本大震災のときの感覚を思い出したんですよね。

「公務員の仕事の重さって、ほとんど非人間的なんだよな」と。

公務員というと、まるで楽な仕事の代名詞のように語る人もいるかもしれません。

僕自身、社会の中での自分の役割をうまく見つけられなかった数年前は、「公務員にでもなるか」と思っていました。

実際、転職のタイミングでは、市役所の求人を見たりもしましたね。ここになら居場所があるかもしれない、と。

とんでもないですよね。今思うと、まかり間違って採用されていなくて、本当に良かったと感じるんです。迷惑をかけるか、すぐに辞めていたに違いない。

人間として、どこを拠り所としているのか、どこにベースがあるのかと考えると、僕には公務員なんて絶対に務まらない(もちろん、公務員と言っても様々なので、職種にはよるのだと思いますが)。

 

「私」より「公」を優先するのが公務員

東日本大震災のとき、当事者となった自治体の行政関係者、そして国家公務員の方々は、それこそ不眠不休に近い状態で対応に当たったと聞いています。

公務員の中にも、家族の安否を確認できない人がたくさんいたはずです。もし安否を確認できたとしても、顔を見に帰るわけにもいかないわけです。

これって、ブラック企業どころじゃないですよね。ほとんど非人間的と言ってもいいと思う。

僕だったら100%、現場を捨てて、家族の元へ向かいますね。絶対に。間違いない。

僕は家族、とくに子供たちが最優先の人間なんです。子供たちより大切にすべきものは他に存在しない。

危機的状況、非日常的な状況に陥ったときこそ、子供たちの側にいてあげたい。

 

責任の重さは計り知れない

僕はいま現在はフリーなので、心配ありません。いくらでも、思う通りに行動できます。求める環境に落ち着いたんだよなぁとしみじみ思います。

もし会社づとめでも、多くのケースでは現場を捨てても問題ないでしょう。少なくとも、僕のキャリアの中では、僕が突然消えたからと言って、誰かが死ぬような仕事は、ありませんでした。

でも、行政に関わっていたら、そうはいかない。

大災害が起きれば、自治体の職員が対応に当たらなければならない。情報を伝えなければ避難が遅れて大惨事になる、救助が遅れれば誰かが死んでしまう、などなど。

伊豆大島の台風災害では、確かに、行政の対応や、気象庁の情報伝達に問題があったのかもしれません。改善できる点はもちろん存在するでしょう。

それとは別のところで、僕は、公務員の仕事の重さを実感せずにはいられなかったんです。

体制不備、判断ミスが、救えたかもしれない命を消してしまう結果になる。

大島町長や、現場責任者が、どれほどまじめな人だったのか、あるいは怠惰な人だったのか、僕は知りません。ただ、「自分たちがもっとうまくやっていれば死ななかったかもしれない」という十字架を背負うのは、並大抵のことではないですよ。

総人口8,000人しかいない島社会で、肩身も狭いだろうし。

自殺したりしなければいいけれど。

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