政治

113月

3.11に振り返りたい翻弄される六ヶ所村と核燃料サイクル

青森県上北郡六ヶ所村とは……


大きな地図で見る

下北半島の付け根の辺りにある。冬は、地を這うような吹雪が、何日も続く。遅い春が来ると、『やませ』が吹いて、霧が立ち込める。

ホーム – 六ヶ所村 Official Web Site

厳しい冬。日照時間不足。冷害。お世辞にも恵まれているとはいえない自然環境のせいで、根菜以外の農作物は、ほとんど育たない。人口は約1万1000人。徐々に減り続けている。

このような土地柄、核燃料サイクル施設の受け入れが選択肢として浮上したのもやむなしと考えられる。なお、受け入れ決定までには、村民を二分しての長い対立があった。下の書籍に詳しい。

現状では、村内に反対派はごく少数と言われる(震災前の情報による)。再処理工場稼働反対等の運動があるときも、村外の人間が引率しているようだ。核燃料サイクル施設の恩恵は、主に電源三法交付金で、20年間で約300億円。村税も年間60億円ほどの収入がある。生活がかかっているのだから、当然だろう。

 

核燃料サイクル

日本は核燃料となるウランを、オーストラリアやカナダ等から輸入して、原子力発電を行っている。震災以前、原子力発電で賄っている電力は、日本全体の三割から四割だった。

ウランを原子力発電で燃やすと、《使用済み核燃料》に変わる。放射性廃棄物、つまり、核のゴミだ。核燃料サイクルとは、ゴミであるはずの《使用済み核燃料》を、「リサイクルしよう」という構想。理論上、実に97%もの大部分を、再利用できると言われる。

 

核燃料サイクルの仕組み

肝となるのが、リサイクルの課程で取り出せる、プルトニウムだ。プルトニウムは、高速増殖炉での発電に使用する計画になっている。高速増殖炉には、「消費した以上のプルトニウムを生成する」という特性がある。核燃料サイクルが実現すれば、日本は「数千年はエネルギーに困らない」とさえ、言われている。

 

核燃料サイクルの問題点

高速増殖炉は研究中の技術で、実用化にはほど遠い。実験炉『もんじゅ』ではトラブルが続出している。2010年には、重さ3.3トンの炉内中継装置が原子炉容器内に落下するという致命的事故を起こし、再稼働の目処はついていない。

この問題については、『世界』2011年3月号に掲載の、元京都大学原子炉実験所講師・小林圭三『もんじゅ破綻 もはや廃炉しかない』に詳しい。

六ヶ所村の核燃料サイクル施設の肝となる、再処理工場も、当初は二〇〇五年に稼働する予定だったものが、トラブルが多発し、未だに試験運転中であり、実用化の目処はついていない。改修費用は嵩み、建設予算7000億円のはずが、既に2兆円以上が投入されている。

六ヶ所再処理工場 – Wikipedia

 

日本の原子力行政と、翻弄される六ヶ所村

東日本大震災を経て、日本の原子力発電所は全て停止しています。徐々に再稼働が行われる可能性はありますが、新設が困難を極める現状を見れば、原発は40〜50年で廃炉となるわけで、基本的に日本の原子力行政の命運は尽きたと見る人が多いのではないでしょうか。

仮に原発が更新されたとしても、核燃料サイクルの要である高速増殖炉は頓挫していて、当初は1990年代前半としていた実用化目標は延びに延び、現在は公式見解で「2050年頃から商業ベースでの導入を目指す」という有り様です。

どんどん遠くに逃げていく|河野太郎公式ブログ ごまめの歯ぎしり
2050年頃から商業ベースでの導入を目指す …

とするならば、どのみち六ヶ所村の核燃料再処理工場は不要となります。

 

六ヶ所村民の存在を忘れずに議論していきたい

今回、3.11に六ヶ所村を取り上げたのは、原子力行政に翻弄されてきたマイノリティの存在を意識するきっかけになればと考えたからです。

実は震災以前に訳あって六ヶ所村について調べる機会がありました。「金が欲しくて核燃料サイクル施設を受け入れたんだろ」と批判するのはあまりに想像力に欠けている、というのが正直な感想です。

少なくとも上記で紹介した『六ヶ所「核燃」村長選―村民は“選択”をしたのか』にあるとおり、受け入れが決まるまでには熾烈な反対運動があったのは事実です。

また、国からは「国策のエネルギー事業であり、資源問題が解決すれば日本中の人々ためになる」と言われてきたのですから、それを引き受ける選択を批判できないと私は思います。今でこそ核燃料サイクルは荒唐無稽であると実証されつつありますが、当時は国の利益だからと誇りを持って引き受けようとした人たちがたくさんいたはずです。

現状、どのように好意的に解釈しても、六ヶ所村の核燃料サイクル施設が必要だという結論を出すのは難しいと思います。これは事実として受け入れるべきです。

しかしながら一方で、核燃料サイクル施設がなくなれば、好きで受け入れたわけではない(現実問題として他に選択肢がなかった)六ヶ所村民の生活は大きなダメージを受けます。これは個人的な意見ですが、六ヶ所村が好きで、そこに住み続けたいという人がいる限り、六ヶ所村民が捨て置かれるべきではありません。

例えば河野太郎衆議院議員も、

国の政策にきちんとコミットしてくれた地域に対しては、その後、国の政策が変わっても、その地域に対する国のコミットをしっかり守るということを伝えなければならない。

青森視察 – ごまめの歯ぎしり

と発言しています。

 

 

いま何を思いますか?

岩手で神職をしている友人が、「被災地を意識しなくなるより、震災を受けて大きく変容したはずの価値観を忘れつつあるほうが問題では」と提起していました。

あのときの“非日常”、簡単に思い返せますよね。

みなさんは六ヶ所村や、核燃料サイクル、原子力行政について、いま何を思いますか?

仮に原発が更新されたり、核燃料サイクルが完成したりしたとしても、使用済み核燃料、いわゆる「核のゴミ」の最終処分場を引き受けようとする自治体は存在しません。忘れようと思っても、問題は山積しているのが現実です。

 

※こちら、動画のドキュメンタリー映画です。原子力行政とは直接関係がありませんが、マイノリティに目を向けるきっかけとなりました。人生で五指に入る大きな影響を受けた映像作品です。

272月

田中ゆうたろう杉並区議はなぜ炎上したか?

政治家にとってWeb発信は武器になります。例えば、野田聖子議員。

「少子化対策は妊娠中絶問題から」はミスリード。野田聖子議員はいいことを言っている。

Web上に記事があったお陰で、それほど苦労せずに発言の真意を探ることができました。もし日経ビジネスの記事がなかったら……朝日新聞の発言切り取りだけが一人歩きして、誰も検証・反論できなかったはずです。

メディアの力を借りるのでもいいですし、自分でブログを書くのでもいいですけど、政治家はWeb上に、誤解を生まない程度にまとまった形で意見を表明しておくべきだと思います。

野田聖子氏は、自民党総務会長に就任してから、多忙を見越してブログもTwitterも止めてしまっていますけど、止めないほうがいいんじゃないでしょうか。山本一太内閣府特命大臣は、就寝前の僅かな時間でブログを続けていますし、世耕弘成官房副長官は、激務ながら首相官邸の一日を淡々と綴るのみと割り切って続けています。

普段から発信していて注目されていれば、発言切り取り報道や、誤報の被害にあったときに、瞬時に反論できます。実際、すぐに反論して炎上を未然に防ぐ例はよく見られます。

 

なぜ杉並区議会議員のブログが炎上したか? 3つの理由

一方で、伝え方がまずいせいで炎上してしまっている方もいらっしゃいます。

一抹の忸怩なき待機親に一抹の疑義あり: 田中ゆうたろうブログ

政治家は自分の考え方や信念をWeb発信しておくべき、と書いてきました。田中ゆうたろう区議のWeb発信も、その行為自体は正しいと思います。ただし、上記ブログには大きく3つの問題があります。

 

炎上した理由1 サイトデザインで教育現場出身という情報を伝えられていない

田中ゆうたろう区議は、略歴を見ると、教育現場出身の方だそうです。政策も、幼稚園勤務の経験から、「家庭」「教育機関」「地域」の3つを柱に子供を育てていこうという信念があるようです。

つまり、今回主に炎上の原因となった「子育ては本来は家庭で行うもの」という記述は、家庭だけで育てろ、という意味ではなく、「教育機関」「地域」だけでなく「家庭」でも育てるのだという意識がおろそかになっていないか、という主旨だったと想像できます。

また、もしこれが、教育現場からの意見だと知っていたとしたら、なるほどと納得するまではいかずとも、「目に余るモンスターペアレントもいるんだろうな」と想像してくれる方もいたはずです。

しかしながらWebページでは、記事を読む前に書き手の経歴をしっかり把握しよう、などという面倒をする人は、ほとんど存在しません。読み手の圧倒的大多数は、区議会議員=政治家の意見だ、としか捉えないわけです。

そもそも、サイトデザインからして、区議会議員である事実のみを前面に打ち出す設計になっています。たとえば、経歴を見ないほうが悪いという反論は、これではけっして正当化できません。

 

炎上した理由2 一記事だけで完結させる意識で書いていない

あるいは田中ゆうたろう区議は、自身が教育現場出身だと読み手は知っているだろうと思ったか、少なくとも掲げている政策を見れば誤読なんか起きないと考えたのかもしれません。

確かに、よく見れば、政策を知ることができる『信念』というカテゴリへのリンクを見つけることができます。

ところが、今回のように特定記事が炎上した場合はもちろんのこと、平時でも、読み手の大多数は記事単体しか見ないのが普通です。これはブログのアクセス解析を見ている人ならば誰でも知っている常識です。

ユニークユーザー数とページビュー数を比較すれば、1人何ページ見ているのかはすぐにわかります。ちなみに2月のHandmade Future !は直帰率が85%程度で、10人中8、9人は1ページしか見ていない計算です。

この事実に対応するには、まず一記事だけで完結させる意識を持つことです。以前に別の記事で書いた内容だったとしても、面倒がらずに丁寧に説明する必要があります。今までの経験や実感から持論を展開するのであれば、その考え方がどこから来たのかをしっかりと説明して、その記事だけで完全に理解できるようにしておきます。

次に、政策や経歴を知ることができるページへの導線をしっかり作る必要があります。じっくり探せば見つけられる、というのでは、誰も見てくれません。読者の視線をコントロールできない両サイドバーはやめるべきです。ヘッダーに見やすいメニューバーを設置するのが王道でしょう。

 

炎上した理由3 リーダビリティ無視が「誤読」や「記述の切り取り」を助長している

記事ページを見てほしいのですが、非常に読みにくいのです。

2013-02-27_1130

段落と段落のあいだに改行(空白)を挟む配慮もなければ、行頭を一字下げしているわけでもなく、文と文の切れ目がはっきりしません。また、冒頭から東京新聞の引用なのですが、どこからどこまでが引用なのかもわかりにくい、という始末です。

このような読み手の存在を軽視している印象を与える文章の場合、ストレスが溜まるばかりで、まず頭から丁寧に熟読しようとする人はいません。斜め読みをして、それでも意味がほとんどとれないので、例えば「子育ては本来は家庭で行うもの」という炎上ワードを見つけて、その前後だけ読むというふうになりがちです。

これではどんなに一記事で丁寧に説明したとしても、炎上が起きる可能性があります。

解消するのは極めて簡単で、リーダビリティを向上させる努力をすればいいのです。方法論に関してはこちらにまとめてあります。興味のある方はご覧ください。

一目瞭然。読まれるブログ記事の書き方

 

政治家はWeb発信に真剣に取り組むべき

インターネット選挙活動がなかなか解禁されないのは、主にインターネットがよくわからないベテラン議員が、どう対処したらいいのかわからず不安だから抵抗しているせいだと、どこかで読んだ記憶があります(ソース探し出せなくてすみません)。

でも、Web発信は確実に武器になるし、それどころか、いまや政治家がWeb発信できないのは致命傷にすらなりかねません。

「Web発信ができない」には、単にブログを書けないというだけでなく、Webマーケティングの知識や情報発信ノウハウが無いのも含まれます。

田中ゆうたろう区議のケースでも、一記事でしっかり説明しきる意識を持ち、経歴や政策情報への導線をしっかり作っておき、なおかつリーダビリティに優れたブログだったとしたら、(もちろん持論の表明なので賛否はあれ)ここまで炎上しなかったと思います。

今や政治家にWeb発信は必須。自前で発信するのであれば、本腰を入れて学ぶか、学ぶ余裕がなければプロに任せてもいいと思います。どちらにしても、インターネット選挙運動の解禁も迫り、真剣に取り組むべき時期に来ていると感じさせます。

※蛇足ですけど、田中ゆうたろう区議って、風にあおられまして、船から落ちてしまいまして、無我夢中で泳いだ先が魚釣島だった。たどり着いた時は非常に運が良かったなという思いもありますけども、まあそういったことですの方なんですね。(^^;)

252月

野田聖子議員はいいことを言っている。

Twitterでは罵詈雑言が飛び交っていますが、朝日新聞の下記記事は完全なミスリード。
 

 
朝日新聞デジタル:「少子化対策は妊娠中絶問題から」 自民・野田総務会長 – 政治
年間20万人が妊娠中絶しているとされるが、少子化対策をやるのであればそこからやっていかないと。 …
年間20万人が妊娠中絶しているとされるが、少子化対策をやるのであればそこからやっていかないと。

 

 
「少子化対策は妊娠中絶問題から」

「少子化対策に本気で取り組むのなら、エグいけれど妊娠中絶問題から切り込むくらいでなければいけない」
 

 
発言主旨を調べると、こう表現するのが適切と思われます。朝日さん、これは釣り針が大きすぎます(^^;)
 

 

 

発言の意図を調べていたら判明

個人的に少子化について深く考え始めたところだったので、野田議員がどういう意図で言っているのかが知りたくて、はてブのコメント欄を見ていたところ、下記の記事の存在を知らせてくれていた方がいました。
 

 
中絶禁止が少子化対策? 野田聖子議員の発言をめぐって   米津知子 | WAN:Women’s Action Network
自民党の野田聖子衆院議員が、インタビューに答えてこう語っています。掲載したのは「日経ビジネス オンライン」。 …
自民党の野田聖子衆院議員が、インタビューに答えてこう語っています。掲載したのは「日経ビジネス オンライン」。

 

 
日経ビジネスオンラインの該当記事がこちら。
 

 
自民党が少子化を加速させた:日経ビジネスオンライン
関心も高まり、様々な施策を講じながら、少子化はなぜ止まる気配がないのか。自民党で長年、少子化問題に取り組んできた野田聖子衆院議員に聞いた。

 

 

日経ビジネス記事の内容

なお、記事は2010年2月のもので、自民党が野党に転落した今、自民党の少子化対策の誤りを野田聖子議員に聞く、というスタイルになっています。
 

 
1ページ目では自民党が高齢者よりの価値観の政党である、という問題点が語られています。その後、「少子化は女性のせい」という古い価値観を論じ、子ども手当と夫婦別姓を題材に、(単発でなく)なりふり構わない包括的対策の必要性へと話が進んでいきます。
 

 

 今は理屈じゃなく、ありとあらゆる手立てを使って、去年より1人でも子どもを増やす努力をしなければいけない。私は、思い切って母体保護法に手をつける、つまり中絶禁止までコミットしてもいいぐらいの気持ちです。

 例えば私もかかっていた不妊治療は、助成金が出ます。でも体外受精児は新生児約100万人のうち年間に2万人弱です。

 一方、1年間の中絶件数は公称で20数万人と言われています。保険適用外なので実際には2~3倍近い堕胎があるのではないかと、NPO(非営利団体)法人などが言っています。変な話、これを禁止したら、産まざるを得ない人が出てくる。

 もちろんこれは相当極端な話で、現実には難しいです。私が言いたいのは、それぐらい「えぐい」テーマにしないとだめだと言う事です。今は、まだ議論がきれいごとで終わっています。

 でも即効性を求めるなら、20万人のうちもし半分が中絶できなければ、10万人が生まれてきますよね? そういう極端な議論もひっくるめた、本気の、包括的な議論が必要だと言いたいのです。

 でもそういう真正面の議論は出来ない。自民党はずるくて、「中絶は女性の権利だ」と言って逃げていた。でも本来、女性の権利はちゃんと避妊できることで、中絶できることではない。問題をすり替えている。

 中絶を厳格化するのと引き換えにピルの自由化をしたら、適正に子どもが生まれてくるでしょう。でもなぜかしていない。ピルが認可されるまでに数十年かかりました。バイアグラは1年ぐらいで認可されたのに(笑)。

 少子化は、今ないものを作ること。保育園を作るなど「今いる人」向けの対策を施しても増えません。

日経ビジネスオンライン – 自民党が少子化を加速させたより

 

 
つまり、「少子化対策は妊娠中絶問題から」というのは、妊娠中絶禁止に優先的に取り組むという意味ではありません。
 

 
本当に深刻な問題として捉えてもらうために、表面的なきれい事だけの議論ではなく、“中絶禁止というアンタッチャブルな議論からして責任を負っていく覚悟がある”という意味であるわけです。与党に復帰したいま、過去に語ったとおりに実行しようとしているのでしょう。
 

 

野田議員の発言は、なりふり構わず少子化対策に取り組む決意表明

もう1回だけ引用しますけど、
 

 

 今は理屈じゃなく、ありとあらゆる手立てを使って、去年より1人でも子どもを増やす努力をしなければいけない。私は、思い切って母体保護法に手をつける、つまり中絶禁止までコミットしてもいいぐらいの気持ちです。

(中略)

 もちろんこれは相当極端な話で、現実には難しいです。私が言いたいのは、それぐらい「えぐい」テーマにしないとだめだと言う事です。

 

 
いかがでしょうか。野田聖子議員の発言主旨、極めて真っ当どころか、かなりいいことを言っていると個人的には思います。
 

 
少子化問題は当事者意識を生みにくく、問題があると知っていても無関心になりがちです。なりふり構わず、聖域を作らずに議論していこうという姿勢に、とても共感します。ぜひ議論を巻き起こし、国や行政、そして私たち国民の間に、本気で少子化対策に取り組む機運を育んでほしいと思います。
 

 
中絶禁止に反対する人はもちろんいるでしょう。それは議論が始まった中で、メリットとデメリット(ピルを使いやすくしたり、養子制度を整えたりという改革とセットなら、現状の批判の半分は解消できます)をきちんと比較検討して声を上げていけばいいだけですよね。本当に日本社会に受け入れられないのであれば、しっかり反発が起きるはずです。それこそが民主主義です。
 

 
それにしても、朝日新聞の誰かさんのタイトルづけ、これでは小学校のテストでも×がつけられてしまうレベルですよね。(^^;)
 

 
釣果は、Twitter(調べられませんけど、たぶんFacebookも)で反応している方々の9割以上という大漁っぷり……。
 

 


 

 
短すぎる文章には要注意です。

2012月

小選挙区をやめてどうするの?

津田大介さんがインターネット国民投票サービスをつくりました。

ゼゼヒヒ – インターネット国民投票

いいですねー。みんなの考え方が可視化されることで、話題に興味を持つ人が増える。ソーシャルメディア時代を象徴するようなサービス。

蛇足ですが、一方で、国民の総意を示す「国民投票」として見ると有意ではないですよね。例えば先日の総選挙前、Twitter界隈では、周囲に自民党支持者が見当たらないので、マスコミの「自民大勝」報道に疑問を呈していた方がちらほらいました。

それは当然で、Twitterをやっている層は多く見積もって全国民の1/5程度。有効投票の半数を占めるシニア世代のほとんどはTwitterなんかやっていません。現時点では「ネット界隈がこんなことを言っている」以上の意味はないわけです。

僕もみなさんの意見を見ていて、一言発言したくなりました(まさにこれこそが津田さんの狙いだと思うんですけど)。

9割以上の人が「現行の小選挙区制は変えるべき」と回答。

本当に?

小選挙区をやめて、いったい、どうしたいと考えているんでしょうか。

問題点があるのはわかります

死票が多い。民意が反映されているとは言えない。結果が大きく振れすぎる。政権が安定しない。

確かに完璧な選挙制度ではないですよね。

異論ありません。

個人的にも、死票が多い=有権者の満足度低下、政治不信の一因になっているのが気になります。

民意が反映されているとは言えないという主張をきほぐしてみると、要は「自分が応援した候補者が当選しないじゃん」という不満があるわけです。そこへ「43%の票で79%の議席を獲得した」というような、不満を正当化できるような数字が出てきたから、声高に叫んでいる人が多いんだろうと思います。

 

民意が反映されたら……余計に混乱するかも

選挙直後に、こんな記事があがっていました。

もし全国1区比例代表ドント方式なら議席配分はどうだったか – what_a_dudeの日記
もし死票が最も少ない形で選挙が行われていたら、どうなっていたか? といシュミレーションです。ちょっと図をお借りするんですけど、

正直言って愕然となりました。

これ、政権が安定するどころの話じゃないですよね。一定勢力の政党がないんで、「どことどこが手を組む」という政局次第で、政権がコロコロ変わることになります。あるいは政権を維持するために、主義主張の合わない政党が手を組む、なんてことも日常茶飯事になりそうです

みなさん、政局は嫌いじゃありませんでしたか。僕は嫌いです。こうなったらこうなったで、国民不在だなんだって文句を言う人がたくさん出てくるでしょう。

 

trial and errorが可能な社会がいい

これは好き嫌いの話になるんだと思うんですが、僕は55年体制のような停滞は嫌です。これじゃダメだ、と思ったら即座に別の方法にチャレンジできるほうが好きです。

仕事でも何でもそうですが、失敗しないようにやるより、やってみて改善するほうが遥かに効率よく前に進めます。

古い社会システムを刷新していかなければいけない現代に向いているのも、trial and errorできる社会だと思ってます。

もし小選挙区を止めて、政権交代が起きにくい制度にしてしまえば、試行錯誤できなくなります。

本当にいいんでしょうか。

 

小選挙区の功罪を見極めるのはこれから

民意をより反映させるかわりに、政権交代を起きにくくする。あるいは中政党が拮抗する国会をつくる。それも一つの考え方です。

でも、それでどうするつもりなんでしょう。メリットがちゃんと見えているんなら、僕が言うべきことは何もありません。が、一時的な感情で小選挙区はダメだ、という人には「小選挙区をやめてどうするの?」と問いかけたい。

 

僕は「正しい選択」なんて幻想だと思ってます。失敗しないように慎重にやろうとしたって、それが正しい保証なんかありません。そう考えていない人もいると思いますが、僕は失敗したら試行錯誤できる小選挙区のほうが、まだ魅力的に見えます。

小選挙区制を見限るにはまだ早い。

上の記事にも書きましたけど、少なくとも、小選挙区の功罪を見極めるには時間が短すぎます。まだ2回しか政権交代が起きていないんですから。

例えば、政権から転落するという経験が、政党や政治家を成長させる可能性に期待してもいいんじゃないでしょうか。従来の政治家の成長の仕方とは違いますけど、それでいいんじゃないでしょうか。

もちろんデメリットが大きすぎるという結論だってあると思いますけど、そうなったらそうなったで議論すればいいんじゃないでしょうか。

みなさんはどう思いますか?

1712月

小選挙区制を見限るにはまだ早い。

自民党は43%の票で79%の議席を獲得した。だからこのシステムはおかしい。

そんな声がちらほら聞こえてきますね。

衆院選:得票率と獲得議席に大きな乖離- 毎日jp(毎日新聞)
今回の衆院選で小選挙区に出馬した自民党候補は、300選挙区の有効投票総数のうち43%の票を得たのに対し、獲得議席数は300議席の79%にあたる237議席と大勝した。一方、民主党は有効投票総数に占める総得票率が22.8%だったが、300議席の9%にすぎない27議席しか獲得できなかった。

でも、小選挙区制というのは元来、そういう思想でつくられています。

メリットは、政権交代が起きること

もう少し言えば、与党が政権から転落することにより、自らを省みる機会が与えられるという大きな利点があります。

 

もし小選挙区制じゃなかったら

未だにずーっと自民党政権が続いていたかも。

中規模政党が乱立して、今より格段に決められない政治になっていたかも。

「こりゃダメだ」と思っても、他の政党に政権を任せるなんて不可能だったかも。

 

死票が多いのは問題点の一つだけど

個人的には政治制度がどうこうより、投票の満足度が低下し、政治不信の一因になっている点が気になります。完全無欠の制度でないことは事実です。

でも、完全無欠の選挙制度なんて、多分ないですよね。

死票が少なければ政治がうまく回るという保証があるわけでもないですし。

池田信夫 blog : 民主政治はなぜ衆愚政治になるのか – ライブドアブログ

 

僕たちはまだ小選挙区制のメリットを検証できていない

すなわち、大敗を喫して自らを省みる機会が与えられた自民党が、どんなふうに党改革に取り組んだのか。

結果が出るのはこれから。

少なくとも安倍晋三、菅義偉-石破茂というラインは、自民党の中では改革派。彼らに期待してみてもいいでしょう(これで族議員や派閥領袖に取り込まれるようじゃ、お話にならないけれど)。

この結果は、ですね。「自民党に対して信頼が戻ってきた」というよりも、3年間の民主党の政治の混乱にNO、ということだろうと思います。自民党が果たして国民の期待に応えていくことができるかどうか? かつての自民党とは変わったのかどうか? 当然国民の厳しいチェック、評価があるだろうと思います。その中で我々が国民の皆さまの期待に応えていくことができるかどうか。大きな責任があると思います。

安倍晋三

自民党の各議員も、これだけ大勝したのに慎重な発言が目立ちます。安倍総裁も、石破幹事長も、(少なくとも今のところは)自民党の置かれている立場をわかっているように思います。

 

「どうせ民主党の二の舞になる」なんて面白味のない予想に興味はない

すぐに支持率は下がる? 来夏の参院選では惨敗する? いやー、くだらないですよねー。そんなことは誰にだって言えます。

もちろん議員たちだってわかってます。そうやって国民の視線を意識せざるをえなくなるからこそ、国会議員も手を抜かずに仕事をするようになるんじゃないでしょうか。

少なくとも現時点では、そんな兆候が見て取れます。

 

小選挙区制の是非を判断するのは、安倍政権を評価してから

さらに言えば、今回政権から転落した民主党の党改革を見てからです。

私たちの責務は、地元の議員一人ひとりをしっかり見ていること。もし脱線したと思ったらきちんと意見を伝えること。

そこまでしっかりやって、それもやっぱり「小選挙区って問題ありすぎるよね」となったら、本格的に議論をはじめればいいんです。

今の時点で小選挙区制を見限るのは、いくらなんでも気が早すぎます!

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