子育て

275月

こどもをハーネスで繋ぐのはあり?|アリだけど、同時に手も繋げばいいと思うよ。

こどもをハーネスで繋ぐなんて、ありえない?

危険防止や迷子防止のために、こどもにハーネスを付けるケースについて、あなたはどう思いますか?

ただいま5歳と2歳半の子育て中である私は、これは簡単に答が出ると思っていて、「ハーネスを使ってもいいけれど、あくまで緊急時の保険なんだから、普段は(ハーネスを付けたまま)手を繋いで散歩すればいい」と考えています。

 

犬じゃねーんだから vs 命の危険を考えれば背に腹はかえられないだろ

フジテレビ『とくダネ!』でこども用セーフティハーネスについて特集されたようです。

とくダネで放送した迷子ひも(ハーネス)特集に賛否両論。みんなのツイートまとめ – NAVER まとめ

大雑把に言えば、犬じゃねーんだから vs 命の危険を考えれば背に腹はかえられないだろということだと思うんですが。

犬を3匹・20年くらい飼っていた私としては、「犬じゃねーんだから」という感覚はすごくわかります。妻も同様です。

が、こっちの立場の方の場合、じゃあ犬みたいなペットがこの世に存在しなかったらどうなのか、それでも拒否反応が生まれるのか、と考えなくては、ただの感情論だと思うんですよね。

逆に、危険防止派の人は、なぜ感情的な批判があるのか、理由を考えなくてはいけないと思うんですよ。危険を防げるかわりに、トレードオフで失うものはないのか、と。

 

ハーネスで防げる危険は極めて限定的

いちおう、気になる点を潰しておきたいと思うんですけど、どんなにフェアな視点で見ても、私は個人的には、ハーネスを利用する気にはなりません。なぜなら、ハーネスで防げる危険って、極めて限定的だからです。

ハーネスを付けていても、目を離してしまえば、(自動車には轢かれないかもしれないけど)自転車には轢かれます。これ、子育て当事者なら、わかりますよね。歩道を歩いているだけで死ねるのが、こどもなんですよ。

一方、目を離さないのであれば、ハーネスはそもそも必要ないわけです(もちろん、障害や病気など個別の事情があるケースは除く)。

怒鳴ろうが、言うことをきかないのであれば担ぎ上げようが、危ないものは危ないんだ、と根気よく伝ていく。ここは親として何より優先すべきところで、削ってしまうのはうまくないと思うんですよね(詳細な理由は後述します)。

また、その方が早くから街中の危険を覚えてくれるし、危ないと言えば止まってくれるようになるので、長期的に見てもベターなんじゃないかと。

「危ない!」とか言ってハーネスを引っ張るのが常態化しているほうが、怪我させる可能性が高まるんじゃねーの、という感覚です。まあ人それぞれでしょうが、私は安全に使える自信がないですね……。

 

ハーネス使ってもいいけど、手も繋げばいい

いろいろな考え方があるので、万が一、百万が一に備えて、ハーネスを使うんだ、という親がいてもいいと思うんですよ。

ただ、その場合に問題になるのは、これですよね。

犬じゃねーんだから。

親、サボってんじゃねーの。

たとえば、誰がどう見ても危険な場所を、どうしても歩かなくてはいけないケースなら、そんなに拒否反応も出ないと思うんです。

同じく、衝動性が強い子で、見ているほうがハラハラするようなケースなんかも。

ただ、「ハーネスなんてあるんだ、じゃあ繋いどけ」くらいに気軽に考えている(ように見える)親が、少なからずいるのも事実で。

だからハーネスなんか撲滅しろというのは極論だとは思うんですけど、ただ「楽している(ように見える)」という見方に一理あるとも思うんですよ。

つまり、ハーネスはあくまでも緊急時用の道具なんだから、何でもない普段から紐だけ持って歩くのを止めればいいだけだと思うんですよ。

ハーネスを付けたままで、たとえば手を繋いで散歩すればいい。公園で遊んでいるのなら、こどもと視線の高さを合わせて、こどもが見ているものを、親も一緒になって見て、遊べばいい。

 

こどもたちと手を繋いで歩くのって、すごく幸せ

つい昨日も、ちょっと駅前まで用事を済ませに出かけて、5歳の娘と、2歳半の息子と、手を繋いで歩きました。

ただ手を繋いで歩いているだけなのに、楽しいというか、幸せというか、すっごく満ち足りた気分になるんですよね。

5歳の娘は、もう手を繋がなくても平気なので、いい迷惑そうでしたけど。

2歳半の息子は、親と手を繋いで歩くという行為そのものが楽しいようで、飛び跳ねたり、寄り道をしたり、ウキウキでした。

こんなふうに、こどもたちの成長を実感できる時間こそが、子育ての最大の醍醐味だと私は思うんです。

もちろん、スキンシップだったり、親と子が互いに意識を向け合う時間は、(共働き家庭のようなケースでは)多ければ多いほどいいわけですし。

ハーネスを使うことで、もし見失ってしまうケースがあるのだとしたら、もったいないな、と思います。

なかなかうまく言語化できる人は多くないと思うんですけど、「こどもにハーネスをつける=親が楽をしている」への反感って、本質は「貴重な時間なのに何してんのオマエ!」ということなんですよ。

 

こどもとちゃんと向き合っている自信があれば、ハーネスは使える

だからね、

こういう意見は、ちょっと筋違いだと私は思います。

私も含め、楽している(ように見える)ケースに否定的なのは、単に、こどもと向き合ってるの? くらいの意味なんです。

実際、こどもとしっかり向き合ってる自信がある方は、何を言われようと気にならないと思いますし。

私としては、

・ハーネスを使うのはOK
・ただハーネスは緊急時の保険なんだから、普段はハーネスはないと思ってこどもと接する

これで問題ないんじゃないかなと思います。

まさに今、子育て当事者となっているお父さん、お母さん。こどもをハーネスに繋ぐことについて、どう思いますか?

184月

[子育て]ディズニーで必死に元を取ろうとする親と、全力でグズるこども

我が家は、年間パスポートで通っている東京ディズニーリゾートのファンです(ご存じの方はご存じのとおり、関連の仕事もしているし、ブログも書いています)。

するとパークでよく見かけるのが、必死に元を取ろうとする親の姿です。

「元を取らなきゃ」という感覚、私もよくわかるんですよ。

ワンデーパスポートは、大人6,400円。けっして安くはないですよね。なかには、関西や九州から来ていて、年に1回遊びに行ければいいほう、という人もいるはず。

アトラクションもパレードもなるべく効率良く回らなければいけない、1分でも惜しい、という強迫観念に駆られるんです。

 

全身全霊で不満を表明してグズるこども

私の場合、年間パスポートで遊びに行くようになって、なにが一番のメリットに感じたかと言えば、「いつでも遊びに行けるから」と、心に余裕が生まれたことでした。

ピリピリしてしまうと、自分も楽しくないし、こどもたちを犠牲にしてしまうケースも増えます。

たとえば、元を取ろうとする親は、こどもとこんなやりとりをします。

こども「あれで遊びたい!」
親「え? ●●なんてつまらないでしょ。さっさと行かないと××に乗れなくなっちゃうよ」

●●には、「チップとデールのツリーハウス」「ドナルドのボート」などのこども向けアトラクションが、××には「モンスターズ・インク」や「プーさんのハニーハント」などの人気アトラクションが入るわけです。

こどもは大抵、全身全霊で不満を表明して、グズります。

だってそうだよね、目の前におもしろそうなものがあるのに禁止され、よくわからんところへ連れて行かれようとしている。ときには人混みに揉まれたり、長時間並ぶハメになったりするわけです。

 

大人だから子供よりも正しい判断ができるとは限らない

大人からすると、こども向けの「チップとデールのツリーハウス」「ドナルドのボート」は、どこにでもあるような陳腐なアトラクションに見えるでしょう。

人気の「モンスターズ・インク」や「プーさんのハニーハント」のほうが、乗るべきアトラクションなんです。

でも、ぶっちゃけ「モンスターズ・インク」なんて、暗い室内をガッタンガッタン移動して、体が痛いだけで、クソつまらない(あくまでも私見です)。

なんであんなのが3時間待ちになるのか、私には意味が分かりません。

だから、「チップとデールのツリーハウス」で遊んでいる場合じゃない、「モンスターズ・インク」に乗らなければ! という判断に、揺るぎない合理性があるわけではありません。

単に「待ち時間が長いんだから面白いはずだ」くらいな話でしかないのかもしれないわけです。

 

こどもにとっては「やりたいこと」こそが最高におもしろい

私自身、反省することがしばしばなのですが、親だから我が子よりも正しい判断ができると思い込んで、こどもの意思を無視してしまうケースがあります。

でも、「やりたい」と思ったことを禁止され、意思に関係なく連れ回されるのは、こどもにとっては苦痛でしかないんですよね。

こどもにとっては「やりたいこと」こそが、おもしろいんです。

本当に、道ばたのワゴンで売っているかぶり物で遊んだり、「イッツ・ア・スモールワールド」のからくり時計が動いているのを見たり、なんて些細なことが、掛け値なしにおもしろいんです。

東京ディズニーリゾートに関しては、大人でさえ魅了するので、「自分がメインで楽しみに来ていて、こどもは “ついで”」というケースもあるとは思います。

が、こどものために遊びに来ているのなら、いま我が子は何がやりたいと思っているのか?に目を向けてあげると、最高に楽しい時間にできます。これは、東京ディズニーリゾートに限らず、あらゆるレジャーやアウトドア、エンターテイメント等にも共通して言えることだと思います。

結論は、首都圏在住でディズニーを楽しむなら年パスを買うべきだ、ということですね。(笑)

184月

大人の決めつけは、我が子の “可能性” や “意欲の芽” を摘んでいる

asobi基地の共同設立者で、カウンセラー&子育て・育児アドバイザーである、よしおかゆうみさん。asobi基地つながりの知り合いです。

※ゆうみさんの旦那さんは、“プロゴルファー石川遼” の育ての親である吉岡徹治氏です。

ゆうみさん自身も、アジアジュニアゴルフ協会のカウンセラーとして国内外遠征に帯同し、アスリートジュニアたちの心身をサポートしているそうです。

ブログなどを見ていると、たまに遊びにきた石川遼も登場しているんですよ。

そんなよしおかゆうみさんが、琴線に響くブログ記事をUPしていたので、紹介します。

新学期はギアチェンジを!

特に子どもの変化は、大人の”何十倍”もの速度なので、目に見える体の成長はもちろん、脳の発達は著しく、心はどんどん大きく育つ時期、感情も複雑になっていきます。

ということは、親子や夫婦の関係も常にギア・チェンジが必要ですが、実際はどうでしょう?

生活に追われ、ついつい同じパターンの繰り返しに。

例えば、何気なく軽い気持ちで「この子、恥ずかしがり屋だから~」「何でいつも○○なの!」などと日々口にしてしまいがち。

積み重なって来ると「ぼくは○○な子だ」と自分で思い込み、積極的に自分が出せなくなることも。

こういった大人の決めつけは、知らず知らず可能性や意欲の芽を摘んでいます。

 
これ、すっごくよくわかります。

我が家では、「この子、○○だから~」はあまりないんですが、「何でいつも○○なの!」はつい言ってしまうので、意識して気をつけるようにしています。

 

「何でいつも○○なの!」は人格の全否定

5歳になるうちの娘は、軽くADHD的な素養があり、たとえば何かを思いつくと、結果を考えずに衝動的に行動してしまうケースがあります(とは言っても、保育園ではそれなりにちゃんと集団生活ができているようです)。

たとえば、梱包されているものを、誰の許可も得ずに空けてしまう。怒られるのがわかっているのに、お菓子を食べてしまう。

これ、我ながら未熟なんですが、カチンときてしまうんですよねえ。

つい、「何でいつも○○なの!」と叱ってしまうケースがあります。

でも娘としては、「何でいつも○○なの!」と言われても、「やりたかったらやった」「衝動的にやってしまった」以外の理由はたぶんありません。

となれば、人格を全否定されているのと変わりません。

これを続けていれば、自己肯定感の弱い人間になってしまいます。

妻とも「何でいつも○○なの!」は絶対に止めようと話しています。つい言ってしまうときは、お互いに諫め合うことにしています。

 

短所ではなく個性。ポジティブな反応をしたい

では、どう叱ればいいか。

衝動性というのは、脳の機能に偏りがあったり、神経伝達物質がうまく働かないから現れる性質です。

つまり、3歳で身長95cmある子もいれば、80cmしかない子もいるのと同じで、個体差であり、個性なんです。

また、風邪をひけば熱を出してしまうのと同じで、気合いで治せるものでもありません。

だから我が家では、どうしても “しつけ” として必要な部分に関しては、なぜやってはいけないのかを根気強く(なるべく冷静に)説明するようにしています。

・自分がもらったプレゼントを、お友達が勝手に空けてしまったらどう思う?
・自分のお菓子を、知らないうちに誰かが食べてしまったら嫌でしょう?
・ご飯前にお菓子を食べてしまったら、ご飯が食べられなくなっちゃうよね? 大きくなれなかったり、病気になってしまったりするかもしれないよ

などなど。

でも、しつけ以外では、なるべくポジティブな反応をしたいと思っています。

 

“こどもの短所” とは親の狭い了見がねつ造するもの

たとえば、思いつきを即座に実行できるというのは、探究心が旺盛で、それだけ世界を広げやすいことを意味します。

実際、娘は、知らない場所に行くとまず探検を始め、基本的に人見知りをしません。どんな環境でも、誰とでも、瞬時に遊び始めます。

この適応力の高さには、夫婦でいつも舌を巻いて、感心しています。

ぜひともこの衝動性を武器にして、豊かな人生を送ってほしいですね。

“こどもの短所” とは、どんな場合でも、親の狭い了見がねつ造するものだと考えています。

見方を変えれば、すべてが愛すべき個性であり、長所なんですよね。

74月

こどもにゲームをやらせている言い訳を探す必要はない

子育て・育児ライターの狩野さやかさんの記事を、いつも楽しみにしています。

狩野さんは、母親が抱えるモヤモヤを解きほぐして、わかりやすく描写する感性に長けておりまして(と、私は感じています)、つい先日も、とても興味深い記事がUPされていました。

子どもとゲームをめぐる悩み ――いつから?どうする? : MAMApicks -子育て・育児・教育ニュース&コラムサイト-

 

こどもとゲームについて、親が抱えるモヤモヤが的確に表現されている

記事を楽しみにしている、とは言っても、必ずしも全面的に論旨に同意するわけではありません。賛同する部分もあれば、考え方が違うと感じる部分もあります。

見解・価値観の相違は、言わばどうでもいいことであり、特に話題にするつもりはありません。言うまでもありませんが、いろいろな考え方の人が共存するのが社会というものだからです。

今回のこどもとゲームについての記事も、親が抱えるモヤモヤを実に的確に表現していまして、あくまでも一般論として、このように考える親は少なからずいるだろう、と感じました。

そして、個人的に思うところがありました。

 

前向き思考の得手・不得手

私は比較的、強い自己肯定感を抱いている人間だと感じています。迷っているときは弱さがあるものの、いったんこうと決めたら、物事をポジティブに考えることを、一切ためらいません。

見方によっては「自信過剰で危うい……」と感じる人も、きっといるだろうと思います。

これは本当に、自分の親に感謝しなければいけないんですが、誰もが自分と同じようにポジティブになれるわけではない、ということは、何となく今までの経験から理解しています。

だから、これから書く内容について、「これが正解だ」と言うつもりはありません。あくまでも「こういう考え方もある」というスタンスにとどまるものです。

 

完璧主義すぎると、都会に住んで保育園に預けることすら否定しなければいけなくなる

今回の狩野さんの記事『子どもとゲームをめぐる悩み ――いつから?どうする?』を読んでいて、私が最も発言をしたくなったのは、以下の部分についてでした。

■大切なことがほかにある
幼児のうちにこそ経験した方がいい大切なことは、ほかにたくさんある。

色々なものを触り、自分の足で歩き、耳を澄まし臭いを嗅ぎ、周りのあらゆるものをよく見て観察する。寒い、暑い、痛い、たくさんの感覚を体で知る。人と手をつなぎ、人と会話をして、喧嘩もする……。やっぱりそういうことは、絶対に必要。

そういうことが大切な時期に、まだ知らなくても困らないゲームにばかり心が向くのはもったいない。

せめて、時間感覚が身につき日常のルールを守れる精神年齢くらいまでは、ゲームとの付き合いを待ちたい気はする。子どもが幼いほど、ゲームをめぐる親子の攻防ストレスは大きい。

これは一見、同意する方も多いかもしれません。

ただ私は個人的に、あまりこのように、完璧主義的な方向で考えるのは、得策だとは思わないのです。

“幼児のうちにこそ経験した方がいい大切なこと”

確かにそれはあります。山ほど存在します。

でも現実には、それぞれの環境、仕事、能力などによって、どこかで割り切らなければいけません。

もし妥協をしないとすれば、都会の狭いアパートの一室に住んで、保育園に預けながら働くということすら、とんでもない!という話になるはずです。

 

我が家では無制限にiPadで遊ばせている

参考までに、我が家のゲーム事情を紹介しておきます。

我が家には5歳と2歳半のこどもがいますが、ふたりとも自由にiPadで遊ばせています。むしろ、積極的に与えました(理由は後述します)。

ルールは1つだけ設けています。

他に優先すべき用事(たとえば、歯を磨いたり、着替えをしたり、ご飯の時間になったり、出かける時間になったり)がある場合は、ただちに中断して、先に用事を片付けてしまうこと。

モバイル機器の特徴は、細切れの時間でも充分に実用的である点です。ゲームをやっていても、YouTubeを観ていても、すぐに中断でき、いつでも再開できます。

こどもたちは、時間が許せばいつでも好きなだけ遊べると体験的に分かっているため、大抵はルールを守ります。

2歳半ではまだグズるケースがありますが、5歳になればしっかり守れています。ルールを守れないときは絶対に妥協せず、根気強く一貫して叱っているのも、効果的なのかもしれません。

 

積極的にiPadを与えた理由1:ゲームは優れた娯楽である

こどもたちに積極的にiPadをやらせている理由は、大きく3つあります。異論も反論もあるとは思いますが、私は以下のように考えています。

第一に、「ゲームはおもしろい」という揺るぎない事実があります。

私自身、スーパーファミコンはよくやりましたし、メガドライブやセガサターン、学生時代にはパソコンのオンラインゲームにのめり込みました。今はさすがに、遊ぶのにまとまった時間が必要なゲームはやっていませんが、iPhoneで少し前はパズドラ、今はディズニー ツムツムなどで、ちまちま遊んでいます。

これだけゲームで遊んでいれば、「良質なゲームは、優れた娯楽である」と知っています(すべてのゲームが、とは言いません)。単純に、これを我が子に教えないのはありえない、と感じています。

これは、ディズニー・ピクサーやドリームワークス、ジブリのアニメーション映画でも一緒だし、東京ディズニーリゾートのショーやパレードでも一緒だし、あるいはキャンプやスノーレジャー、あるいは仕事(これとか、これとか)に連れ出して、「ほら、楽しいんだぜ!」というのとも完全に同じです。

ゲームをするとバカになる、と信じているのであれば話は別ですが、私は昭和の迷信だと考えているため、気にしていません。ゲームだけをことさら差別的に扱う理由などないと感じています。

 

積極的にiPadを与えた理由2:制限すれば欲求が強くなる

現実問題として、こどもをゲームから遠ざけておくのは不可能です。前段のとおり、優れた娯楽であるからです。

そして制限すればするほど、欲求が強くなり、結果的に依存しやすくなります。たとえば、「不確実な報酬は依存性が高い」という事実は、依存症の研究で証明されています(その意味では、最悪な状況は、ゲームを制限する場合に、親に一貫性がないことです)。

[依存症の研究]親に一貫性がないと、こどもの「あれ買って」「これ買って」は激しくなる
こうした依存症の解明を目的とした動物実験のなかで、不確実あるいは不定期の報酬は依存性が高い、という結果が出ているそうです。 …

我が家のこどもたちは、「いつでもできる」という感覚があるからこそ、“優先すべき用事があるときは、すぐに中断する” というルールを守れています。

そして、意外かもしれませんが、好きなだけ遊んで飽きれば、別のことを始めます。無制限に与えたら延々とそればかりをやっているかというと、通常はまずそんなことはありえません。

iPadが好きなだけできる環境でも、本を読んだり、おままごとをしたり、プラレールで遊んだり、そのときに本当にしたいことを自分で見つけて遊んでいます。

幼少期にゲームを制限されれば、自分で自由にできるようになったときに、逆にゲームにのめり込み、依存してしまう可能性が高くなるはずです。むしろ、ゲームを日常的なものにしておくことで、相対的に優先度が低くなる、というのが、我が家で見られている現実です。

 

積極的にiPadを与えた理由3:時代への適応

モバイル&インターネットが当たり前のように隣にある、というのが、これからのスタンダードになると私は考えています。

ご存じのとおり、インターネットは使いようです。

一般家庭にインターネットが普及し始めたのは、おおよそ2000年前後です。このとき50歳前後だったいわゆる団塊の世代は、(あくまで一般論ですが)思うようにインターネットを使いこなせていないように見えます。

私の場合、母親が先進的で、2000年よりもう少し早く(10代半ばくらい)から、パソコンに触れていました。おかげで苦にした経験がありません。

が、それでも、物心ついたときからインターネットが普及していた、一回り下の世代と比較すると、インターネットやSNSの捉え方が大きく違っているのを感じます。

モバイル、そしてインターネットが当たり前の環境にこどもたちを置いてあげることが、将来の利益になるはずだ、と直感しています。

もちろん、これが成長にどんな影響を与えるのか、未知数な部分も多くあります。親としては、今まで誰もやったことがない育児をしようとしているわけで、不安もあります。様々な要素を呑み込んだ上で、常にiPadが手元にある、という環境を選択しました。

 

「ゲームが日常のすべて」でなければ、何の問題もない

親である私たちは、こどもの頃からゲームをやっていたせいで、バカになったのでしょうか。

もちろん、ゲームが無かった昭和の時代と比べれば、失ったものもあるはずです。が、昭和の古風な子育てを理想としているのでなければ、現代にあった能力や感性が代わりに伸びている点を喜んでいいのではないでしょうか。

狩野さんの記事に、「ゲームに熱中するこどもを見て、親がイライラする」という描写があります。親はなぜか、ゲームをするこどもに後ろめたさを感じているように見えます。

でも、「ゲームが日常のすべて」という事態に陥っているのでなければ、なにも問題はないはずです。ゲームは別に、悪者ではありません。世の中にありふれている娯楽の一つでしかないのですから。

ゲームを制限するよりもむしろ、いっしょに夕飯を作ったり、おもちゃで遊んだり、謎の踊りをしたり、寝る前に本を読んだりと、しっかりこどもたちと向き合う時間を作るほうが、後ろめたさを感じなくなるケースがあるかもしれません。

あるいは、ゲーム以外にも様々な体験をさせてあげられている(我が家で言えば、プール&体操教室だとか、asobi基地だとか、地方の古民家に泊まるだとか、アウトドアだとか、一緒に仕事に行くだとか)という自信が持てれば、こどもがゲームに熱中していても、イライラしないのではないでしょうか。

こどもにゲームをやらせている言い訳なんか、探す必要はない。

私はそう考えています。

44月

こどもにシャンプーやボディソープを使うのは虐待なんじゃないか……と思えてきた

少し前に、外部メディアにこんな記事を書いたんですけど、

シャンプーを使わない“湯シャン”を2ヶ月試したら、予想外に髪の毛がいい匂いになった(1/3) – ウレぴあ総研

いま僕は、基本的に、シャンプーやボディソープや洗顔料を使っていません。

 

合成界面活性剤で毎日ゴシゴシ洗わなければならないように人体が設計されているはずがない

大雑把な理屈としては、

1. 皮脂は、皮膚にとって必要なものである
2. しかし、合成界面活性剤は強力すぎて、皮脂を根こそぎ洗い流してしまう
3. 皮膚が必要以上に乾燥してしまう。頭皮ならフケが増える。髪の毛なら痛む
4. 皮膚環境を回復しようとして、皮脂が過剰分泌され、ニキビや吹き出物になりやすくなる。頭皮なら、ベタつきやすくなる
5. 皮膚常在菌にとって最悪の環境になり、悪玉菌が繁殖しやすくなる。“わきが” など、臭いの原因になる

なんですが、まあ、あんまり難しく考える必要はない気がしています。

そもそも、合成界面活性剤で毎日ゴシゴシ洗わなければ皮膚や頭皮の状態を保てない、なんて非合理的に人体が設計されているわけがないんですよね。

実際、シャンプーを使わなければベタつきはなくなるし(それまで皮脂の分泌が多い体質だと思っていたのに……)、フケも目に見えて減ります。

ボディーソープで体を洗わなくても、ちっとも臭いません。

洗顔料なんか使わなくても、一切ニキビができません。

やってみれば、合成界面活性剤で神経質に洗う無意味さが、よくわかります。

 

とはいえ多くの社会人にとっては必要なコスト

もっとも、街中には様々な臭いが充満しています。煙草の臭いだったり、香水の臭いだったり、あるいは焼き肉屋やお好み焼き屋の油汚れだったり。

これらは、シャンプーやボディーソープでなければ、なかなか落ちません。

また、整髪料も、物によってはお湯だけで落とすのが難しいケースあります。

だから、会社員として毎日通勤している方など、街中に出る機会が多い人、身だしなみに気をつかう必要がある人は、合成界面活性剤を使わざるを得ないのかもしれません。

また、女性で髪の量が多い場合、湯シャンだけで済ませるのはけっこうな手間です。

皮膚や髪が傷むとしても、仕方のないコストと言えるケースも多々あるでしょう。

僕が湯シャン生活をできるのは、ほぼ自宅で仕事をするフリーであり、なおかつ、あまりお洒落に興味がないから、という理由があるのは間違いありません。

 

がしかし、こどもがシャンプーやボディソープを使う必然性はない

で、本題なのですが。

街中に積極的に出る社会人が合成界面活性剤を必要とするとしても、こどもは、まず当てはまりません。

うちの子たちは、せいぜい保育園の園庭で遊んで泥だらけになって帰ってくるくらいで、これはお湯だけでしっかり落とせます。

喫煙エリアにもまず近づかないし、整髪料も使いません。

唯一、焼き肉やお好み焼きを食べに行ったときに、臭いが気になるくらいですかね。

そもそも我が家では、娘の髪が細くて、シャンプーを使うと目に見えて痛んでしまうという事情がありました。

これはちょっと、おかしいだろうと。なんで洗ってからリンスで人工的に潤いを追加しなければいけないのか?と。この疑問が、我が家の湯シャン生活の発端です。

 

こどもの湯シャン生活も、何の問題もなし

自分で実験して、合成界面活性剤の無意味さがよくわかったので、5歳の娘と、2歳の息子も、シャンプーやボディーソープを使わないことにしました。

湯船に入る前に、頭も身体も、シャワーで埃等の汚れを流してあげるだけ。

もう2ヶ月か3ヶ月は経つと思うんですが、皮膚トラブル的なものは一切起きていません。

もちろん、臭くもありません。

むしろ、こども特有の、気持ちのいい体臭がして、親は毎日のようにクンクンして幸せな気分に浸っています。

おまけに、風呂に入って頭や身体を洗う手間がなくなり、こどもたちも喜んでいます。(笑)

うちの2歳の息子。湯シャンで、髪の毛は健康的につやつや。

うちの2歳の息子。湯シャンで、髪の毛は健康的につやつや。もちろん、いい匂い。

 

こどもに洗剤を使うのは、むしろ虐待なのではないか……と思えてきた

こうなると、なんだか、今までシャンプーやボディソープを使っていたのが、こどもたちに悪い気がしてきてしまいいます。

必要ないばかりか、娘の場合は明らかに髪を傷めていたわけですから。

もし、このままシャンプーを使い続けていたら、ダメージが蓄積されて、大人になったときに髪質で悩んでいたかもしれない。

知らなかった、とはいえねえ。

これは湿潤治療でも同じことが言えるんですよね。

傷を消毒せず、乾かさずに、早くきれいに治す “湿潤治療” のやり方まとめ

マキロンで消毒をしたり、傷を乾燥させたりするのは、傷を悪化させて治りを遅くするだけ、という。

 

こどもの湯シャン生活のすすめ

ぜひ、こどもの湯シャンを試してみてください。

たぶん、大人になったときに、肌質や髪質に差が出ると思うんですよねー。

注意点としては、大人もそうですが、シャンプーやボディソープを常用している状態では、皮脂の分泌が過剰になっている可能性があります。

いきなり100%使わないようにするのではなく、皮膚や頭皮の状態を確かめながら、徐々に減らしていくと安心です。

また、髪の毛の場合、リンスを使わなければ、(あの不自然な)サラサラ感はもちろんなくなるので、毎日の定期的なブラッシングは必要です。

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