書籍紹介

307月

『「便利な」保育園が奪う本当はもっと大切なもの』長田安司 書評

扇動的なタイトルが目を引く本書は、議論の起点として価値を見出せる本です。しかしながら、非常に評価の難しい本でもあります。

「0〜2歳の子供たちが、保育園に入りたくて待機しているなどという現実は全くありません」という指摘には、これ以上ないほどの納得感があります。利用者本位のサービスといいながら、その実は、親にとっての利便性しか考えられていない、というわけです。

一方で、著者の長田安司氏の、自らの正しさを信じて疑わないようにすら思える物言いには、身構えてしまう瞬間があります。意見の異なる人物や団体を名指しで批判しているのも、大声に対して怒鳴り返している印象が拭えず、個人的には建設的でないように思えました。

多くの方の意見が聞きたい本であるのは間違いありません。


※Kindle版もあります

 

親のニーズのみに応えてサービスが提供される危険性

『「便利な」保育園が奪う本当はもっと大切なもの』に書かれた長田安司氏の主張は、以下の引用に集約されると考えます。

 子供は生活や活動を通して成長し、発達していくものです。保育園は、単に子供を預かる場所ではありません。保育園には子供たち同士の人間的関わりがあり、同時に成長していく場としての大切な生活があるのです。しかし、現在のビジネス保育では、その視点が欠けているように思えてなりません。保育を時間とお金だけで計算していないでしょうか。ビジネスが応えようとしているのは、親や会社のニーズであって、子供たちのニーズではないと思われます。

 子供たちの視点に立ってみると、非常に単純なことなのですが、本質が見えてきます。0〜2歳の子供たちが、保育園に入りたくて待機しているなどという現実は全くありません。お母さんと一緒にいたいに決まっています。子供が夜の8時に、保育園にいたいなどと思うわけがありません。早くお家に帰りたいに決まっているのです。

 こうした根本的な問題について、保育ビジネスの方々や経済学者の方々がお考えになっているか、問いたいと思います。
『「便利な」保育園が奪う本当はもっと大切なもの』長田安司 P.170

これは単純明快な指摘です。

「早くお家に帰りたいに決まっている」という決め付け方は、反感を生みやすいかもしれません。私も読んでいて違和感を覚えました。

が、基本的には事実だと思います。もし違うという方は、こどもに直接尋ねてみればいいでしょう。1歳半にもなれば、YES or NOの意思表示ができるようになります。3歳になれば明確な言葉で語ってくれます。「おうちにいるのがいい? 保育園にいるのがいい?」と聞いてみてください。

同時に、親の親としての成長にも言及しています。

 親は、子供を育てることによってはじめて親として育っていきます。0歳の子を持った親は、親としては0歳です。子供が一人前に育っていくまで、親は親としての役割を果たさなくてはなりません。それが、私たち人類が何万年にも渡ってつないできた生き方です。

 そして、親は子育てをすることによって一人前の人間として成長していくのです。その機会は失ってはいけないものです。正にこのことが、マイケル・サンデル教授のいう「保育サービスが商品となることによって、何か大切なものが失われる」の意味するところなのです。
『「便利な」保育園が奪う本当はもっと大切なもの』長田安司 P.169〜P.170

上から目線で、カチンとくる書き方ではありますが、「親は子育てをすることによって一人前の人間として成長していく」のも、子育て中の実感から事実と断言できます。

これらが無視されれば、子供の成長に問題が出て、日本社会に悪い影響を与える結果になるはずだ、と長田安司氏は主張します。

 

溝が深まるような言説には疑問も

非常に重要な指摘であると感じます。

しかしながら個人的に残念なのが、力に対して力で反撃しようと試みているように見える点です。『北風と太陽』のイソップ寓話で言えば、北風のアプローチなのです。

実は上記1つ目の引用、「こうした根本的な問題について、保育ビジネスの方々や経済学者の方々がお考えになっているか、問いたいと思います。」の直後には、こうした文が続きます。

 こうした根本的な問題について、保育ビジネスの方々や経済学者の方々がお考えになっているか、問いたいと思います。例に出して大変申し訳ないのですが、他の企業にも大きな影響を与え、国も全面的に支援している企業保育所の代表として「JPホールディングス」の保育について、問題提起をさせていただきます。

 この問題提起は、便利な駅ナカ保育園を推進するJR東日本、小田急電鉄、京王電鉄などの鉄道会社、これから保育事業に参入しようとしている第一生命や損保会社、すでに参入を始めているニチイ学館、小学館、ベネッセ、アート引越センター、そして病児保育を推進しているNPOフローレンスなどの企業保育サービスが、事業内容こそ違うものの、子育て・保育・教育に関して共通して持っている問題として考えていただきたいと思います。
『「便利な」保育園が奪う本当はもっと大切なもの』長田安司 P.170〜P.171

以下、文章量を割いて、JPホールディングス・山口代表の考えが利用者のニーズ本位であり、問題のあるものであると、ときにアンフェアな印象すら与える理屈で言及していきます。

率直な印象として、このやり方では、企業系保育事業者は聞く耳を持たないでしょう。長田氏の本意がどこにあるのかはわかりません。議論を巻き起こす目的であればこれでいいという解釈もできます。しかし、自らこれほど溝を深くしてしまっては、対話によって議論を深め、将来的に手を取り合って活動していく、という道を閉ざすようにも思えます。

 

“こども視点” の重要性の指摘には共感できる

0〜2歳、3歳くらいまでのこどもの発達について言及している第1章、第2章は、個人的にはとても共感できる内容でした。

子育てを最優先に生活している我が家でも、私や妻が子供と接している時間は約6時間に対し、子供が保育園で活動している時間は約7時間と、半々程度か、保育園の時間のほうがやや長くなっています(睡眠時間中をのぞく)。

これが例えば、親が子供と接する時間が2時間になり、子供が保育園で活動する時間が10時間以上となれば、子供にとって大きな試練になるだろうと簡単に想像できます。3歳児神話や、愛着障害を持ち出すまでもなく、「そこまでして働かなきゃいけないのかな……」と、世の中のあり方に違和感を覚える人は少なくないはずです。

私は、3歳児神話や、愛着障害については、専門家ではないので、詳しいことはわかりません。ただ、日々こどもたちと接している中で、家庭と保育園が半々程度であれば、 “親の仕事” と、“こどもたちが一緒にいたいという気持ち” のバランスをなんとか取れるかなと感じています(もちろん、家庭によって、こどもの性質によって、バランスは異なるはずです)。

それも、これなら絶対に安心というわけではなく、定期的に「保育園に行きたくない」という気持ちが生まれていないか、こどもたちに確認しています。もし「保育園に行きたくない」と言い出した場合は、すぐにでも休ませるつもりです。そのために仕事を変えました(もっとも、友達と喧嘩したり、好きな保育士に怒られたりしたことが原因のケースが多いですけどね。その場合は、言い分を聞いて、解消のヒントを示すと、元気に保育園に向かいます)。

0〜3歳がこどもにとって重要な時期であるというのは事実でしょう。私自身そうですが、日常生活に流されていると、我が子が保育園でどんな気持ちで過ごしているのかを考えないようにしたり、都合よく解釈してしまいがちです。ちょっと立ち止まって、我が子の気持ちと向き合うきっかけとして読むのもいいかもしれません。


※Kindle版もあります

257月

何よりも命が大事だというのはおかしい – 佐野洋子『死ぬ気まんまん』に語られる死生観の凄味

日本文学史が誇る傑作絵本『100万回生きたねこ』の作者として知られる佐野洋子さん(2010年11月死去)。死後に出版されたエッセイ『死ぬ気まんまん』に語られる死生観が凄味を感じさせる内容で、たいへん素晴らしいので、紹介します。

 

“死” にフタをする現代の日本社会

人に死に触れる機会って、そうそうありませんよね。特に、命が消えていく様子を目の当たりにするようなことは稀です。病気の場合は病院で亡くなるのが一般的ということもあって、葬式で遺体に対面する程度でしょう。

これが戦中戦後では、大家族で兄弟が多く、栄養状態が悪いケースも多々。医療技術も制度も未発達。しかも死ぬのは自宅が一般的である時代でしたから、バタバタと身の回りで人が死んだといいます。

 私の家族は目の前で、スコンスコンと何人も死んだ。昔は皆、病人は家で死んだ。
 三歳の時、生まれて三十三日目の弟が、鼻からコーヒー豆のかすのようなものを二本流して、死んだ。あんまり小さかったので顔も覚えていない。

(中略)

 それから私の下の下の弟が大連から引き揚げて三ヶ月目に、またコロリと死んだ。
 名をタダシと言った。その時、家は子供が五人もいて、八歳の私は四歳のタダシの子守係だった。
 今でも私はタダシの柔々と丸っこい小さな手の感触がよみがえる。

(中略)

 次の年の六月の大雨の日に兄が死んだ。兄は一週間くらい寝た。母は半狂乱だった。
 あまり母が泣き続けるので、父は寺の坊さんの所に母を連れていった。今にして思うが、母は宗教心のまるでない人だったから、坊さんは何の役にもたたなかった。二度行ってやめ、そして泣き続けた。

佐野洋子『死ぬ気まんまん』 p.59〜p.62

子育てをしていて、やはり死はタブーというか、極端に遠ざけられ、隠されるモノになっているのを感じます。もし子供たちが、死を身近に感じないまま大人になって、突然誰か大切な人の死に直面したら、大変なショックを受けるんだろうと思うんです。

我が家では、子供たちに「目の前にある日常はいつ消え去ってもおかしくない」という事実を認識してほしいので、なるべく生き物の死に触れさせるようにしています。

ペットの死に際して子供たちに伝えたかったこと

人の死となるとなかなか難しいのですが、機会を見つけて、なるべく触れられるようにしたいと考えています。

 

何よりも命が大事だというのはおかしい

人の死は、もちろん大切に扱われるべきものです。が、一方で、必要以上に神聖視・タブー視されているようにも感じます。

平井 いま日本は、死ぬということをあんまり考えなくていいような世の中になってしまってますよね。

佐野 それで、死ぬということが悪いことのように考えられていますよね。

平井 そうですね。六十年前は赤紙が来たら戦争に行っていたわけですよ。家人も子供たちも死について真剣に考えていたわけです。ところが今は死ぬということを全然考えない。ガンになり突然、「あと一年で死ぬよ」と言われるもんだから、びっくりして焦るわけです。

   死の哲学的な問題はいろいろありますが、「デス・エデュケーション(死の準備期教育)」といって、子供のころから教えることが大事だと言われています。要するに動物が死んだりすれば、「死とは何だ?」とやるわけです。

佐野 でも、いまはそういうのを隠すようになっていますね。

平井 ええ。タブー化するんですね。

佐野洋子『死ぬ気まんまん』P.89〜P.90 佐野洋子×平井達夫(築地神経科クリニック理事長)対談より

そんななか、佐野洋子さんは、「何よりも命が大事だというのはおかしい」と言い切ります。

佐野 やっぱり嫌なのは脳卒中ですね。それから考えると、私、ガンってとってもいい病気だと思いました。

平井 本当にそうなんですよ。脳卒中も予防が大切で脳ドックは絶対に受けたほうがいい。我々の静岡県藤枝市の病院にも療養病棟というのがあって、重症脳卒中で寝たきりとか、胃を切ってチューブを入れて栄養をやっている。それを法律的、倫理的にもどうするかがなかなか難しいんですよ。

佐野 生きているということは何かというのがありますでしょ?

平井 そうですね。

佐野 ただ息をしていればいいのかというと、人生の質というものもあるじゃないですか。それを、何よりも命が大事だというのはおかしいですね。

平井 おかしいですよ。

佐野 そう思いますか。

平井 思います。

佐野 嬉しい!

平井 医者はほとんどそう思っています。

佐野洋子『死ぬ気まんまん』P.86〜P.87 佐野洋子×平井達夫(築地神経科クリニック理事長)対談より

平井 日本人の死の準備教育の一環として、もう少し佐野さんにいろいろ言ってただけると、医者としては非常にありがたいです。

佐野 そうですか。要するに、自分なんて大した物じゃないんですよね。同様に、誰が死んでも困らないわけ。例えば、いまオバマが死んでも、必ず代わりが出てくるから、誰が死んでも困らないわけですよ。

   だから、死ぬということをそう大げさに考える必要はない。自分が死んで自分の世界は死んだとしても、宇宙が消滅するわけでも何でもないんですよね。そうガタガタ騒ぐなという感じはする。

佐野洋子『死ぬ気まんまん』P.119〜P.120 佐野洋子×平井達夫(築地神経科クリニック理事長)対談より

普通の人が口にしたら、袋叩きにされるかもしれないような、かなり突っ込んだ発言です。でも、余命宣告をされた後の佐野洋子さんが言うのだから、説得力があります。

 

100万回生きたねこは、どうして生き返らなかったのか?

僕は佐野洋子さんの絵本『100万回生きたねこ』が大好きです。というか、絵本の中で一番好きかもしれません。

100万回生きたねこ – Wikipedia

読んだ経験のない方は、Wikipediaのあらすじを見ていただくか、本屋さんで立ち読みしてほしいと思います(きっと夢中で読んでしまって、欲しくなりますよ)。ひょうひょうと輪廻転生を繰り返すねこは、最後に、自分に興味を示さなかった白猫と一緒になります。白猫が寿命を迎えたとき、人生で初めて悲しみ、本当の意味で死を迎えます。

100万回の人生を、ねこはどんな気持ちで生きていたのか。どうして最後に生き返らなかったのか。豊かな読後感が素晴らしいんですよね。

なお、子供が読んでも理解できないという指摘もあるみたいですが、僕はその意見には反対です。子供を過小評価しないでほしいなぁと思います。僕自身、子供の頃に読んで、『百万回生きたねこ』から受けた印象は別格でした。感動するとか泣けるとかではなく、うまく言葉にできないのですが、静かな驚きに満ち溢れていたのを覚えています。

 

明日死んで後悔する人はいないか?

人は誰でも100%死にます。しかも、いつ誰が死ぬかもわかりません。親兄弟や親友はもちろん、我が子や自分自身だって、不慮の事故で明日突然消えてしまうかもしれないわけです。

僕自身、死から目を背けないようにしたいと常々思っています。なぜなら、死の可能性を考えずにいると、後悔を生む可能性が高くなるからです。「あのとき●●しておけば良かった」「もっと●●すべきだった」などなど。

この世から誰かが消えてしまうのは、とても喪失感のあることですが、絶対に避けられません。だとしたら、喪失感以外に悲しみを生まないよう、全力で生きたいものです。

僕はときどき立ち止まって、明日死んで後悔する人はいないか? を問いかけるようにしています。これは我が子に対しても同様です。今まで子供たちが無事に成長してくれているのは、単なる幸運に過ぎないという事実を忘れないようにしたいと考えています。

たまには死生観について思いを巡らせてみるのも悪くないと思いませんか。佐野洋子さんのエッセイ『死ぬ気まんまん』と絵本『100万回生きたねこ』。どちらも素晴らしい作品です。人生の余暇にいかがでしょうか。おすすめです。

 

186月

もしあなたが日本社会に違和感を覚える若者ならば必読|『レイヤー化する世界』佐々木俊尚著 書評

佐々木俊尚著『レイヤー化する世界 – テクノロジーとの共犯関係が始まる』の書評です。日本社会に違和感を覚える若者たちが、日々感じているストレスの理由を論理的に理解するために、現時点で最高の書物です。

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『レイヤー化する世界』はそもそも誰が手に取るべき本か?

『レイヤー化する世界 – テクノロジーとの共犯関係が始まる』の価値は、冒頭の一行に凝縮されています。

この本は、いま新しい世界の構造がつくられようとしている、ということを解説した本です。

しかしながら、これでもまだ、ピンとこない人は多いだろうと想像します。『キュレーションの時代』や『当事者の時代』を書いた佐々木俊尚さんの最新作だから気になるが、どうにも一歩を踏み出すべきなのか確信が持てない。なぜなら、新しい世界の構造がつくられる事実を知ったところで、自分にどんなメリットがあるのか、想像しにくいからです。

たとえばこれが、“国民国家が終焉を迎える時代の行動指針”だとか、“富が増えない時代に私たちはどうすべきか”というタイトルであれば、世の中の最新の動向を把握したいと欲するビジネスパーソンを中心に、躊躇なく手に取る人はもっと多かったでしょう。

でも、別のタイトルが付けられました。具体的には、内容の要約です。本書を読み終えた後なら、タイトルの言わんとする内容が理解できます。ソーシャルメディアで影響力を持ち、読者との関係性構築に注力する佐々木俊尚さんでなければ、まったく売れなかっただろうと想像します。メインターゲットすら、タイトルからはうかがい知れないのですから。

おそらくジャーナリストとしての立ち位置、「煽動ではなく、事実を提示するのが役割」との倫理観や価値観が理由ではないでしょうか。

 

働き盛り層の圧倒的大多数は、読めば息苦しくなるだけ

本書を読んで一つ確実なのは、働き盛りの40代前後はメインターゲットではない事実です。「次の時代のサバイバル術」的なタイトルをつける必然性はなかったと言えます。

佐々木俊尚さんはいつも、ほんの少しだけ未来に見えている事実を、誰よりも早く体系的論考にまとめて世の中に発信します。ちょっとだけ敏感な人々が薄々感づいている世の中の状況を、わかりやすく形にして提示してくれるのです。

個人的には、情報社会の構造を描き出してみせた『キュレーションの時代』から受けた納得感は尋常ではありませんでした。いろいろな立場のいろいろな人が、今までのやり方がうまくいかなくなった原因を糾弾していましたが、どうしても違和感が拭えませんでした。『キュレーションの時代』を読んで、すべてがつながり、違和感が解消できた経験があります。

佐々木俊尚さんが語るのは、いつも、現在の延長線上の必然です。未来予測や、ましてや予言ではありません。実際にいま目の前で起きている事実を統合すると、自然と見えてくる、近い将来を描き出しているだけです。

だからこそ問題になるのは『レイヤー化する世界』が紡ぎ出す一歩先の未来像が、旧来的社会システムの残滓で生きている圧倒的大多数にとっては、絶望的な内容である事実です。誰だって「あなたのやっていることは限界で、そのうち上手くいかなくなるよ」と言われれば、気分を害するし、とうてい納得できないでしょう。

おまけに崩壊するのは、音楽業界や地方行政といった限定的なものではなく、国民国家であり民主主義です。あまりに根底的かつ大きな概念が対象であるため、「そんなはずがあるわけはない!」と驚き憤り、「阿呆だ」「ほら吹きだ」「浅慮すぎる」と罵倒し、「議論に値しない」と無視しようとする人は少なくありません。(現時点では数は少ないですが)Amazonの書評にも現れています。個人的に、彼らの心情は痛いほどに理解できます。

 

あなたが日本社会に違和感を覚える若者ならば溜飲を下げる

佐々木俊尚さんはTwitterで「10代が想定読者層」と明言しています。

私は上記ツイートの存在を、本書を読んだ後で知りました。が、読みながら「『レイヤー化する世界』を読むべきなのは、これから社会に踏みだそうとする若者か、子育てをする親だろう」と考えていました。

私は仕事や活動の関係で、学生と接する機会がふつうの社会人よりは多いのですが、彼ら若者は等しく日本社会に、矛盾や、もどかしさを感じています。

実は若者たちは、『レイヤー化する世界』に描かれる、新しい社会に適応した生き方を、すでに自然に行いつつあります。しかしながら彼らがひとたび社会に出ようとすると、いまだ影響力が残り続ける旧来的な社会システムとの衝突が避けられません。例えば、就職にポジティブになれない若者の存在や、就活自殺は、彼ら若者が本能的に覚える日本社会への違和感が大きな原因の一つになっている、というのが、学生に触れていての実感です。

日本社会に違和感を覚える若者たちが、日々感じているストレスの理由を論理的に理解するために、『レイヤー化する世界』は現時点で最高の書物です。学生や、社会に出て間もない若者は、深く頷いて納得し、溜飲を下げるに違いありません。働き盛りのビジネスパーソンが反感を覚え、「いや、でもそれは」と言いたくなるような要素も、彼ら若者にとっては当たり前の状況でしかないはずです。

また、これから子供を育て社会に出す親にとっても、明確に読む価値のある本です(私自身、4歳と1歳の子育て中です)。自分自身は旧来的社会システムの残滓で逃げ切れても、子供の世代はそうはいかない可能性が高いからです。具体的にどんな子育てをするべきなのかは、親それぞれが試行錯誤するしかありません。が、『レイヤー化する世界』は、決断において、重要な材料になってくれるでしょう。

 

気になるのなら、手に取らない理由は見当たらない

10代を想定読者にしている、わかりやすい本です。

誰にとっても読む価値があります。一歩先の未来を的確に描き出しています。『レイヤー化する世界』を読まずに、現在進行形で起きている世の中の変化を理解するのは、間違いなく骨が折れるでしょう。

内容に反感を覚えるか、納得するかは、旧来的社会システムへの依存度次第です。ビジネスパーソンの圧倒的大多数にとっては楽しい本ではないでしょう。若者にとっては、キャリアを考えるうえでの又とない材料になります。

同時に、タイトルの影響で、つまらなそうに見えてしまっている本でもあります。もし、「ピンとこない」程度の不確かな理由で手に取るのを躊躇っているのなら、心配はいりません。いつもの佐々木俊尚さんの本と同じように、手に取った者の洞察を広げ、決断の糧になる種類の本です。

【Kindle版】

【書籍版】

155月

実務家・馬淵澄夫がいなかったら福島第一原発はどうなっていたのか

なぜ、こんなにつまらないタイトルをつけてしまったのでしょうか。『原発と政治のリアリズム』だなんて、まるでイデオロギー本にしか見えません。

実際には、福島第一原発事故当時の、大混乱の様子を詳細に伝え、実務家ならではの鋭い分析を加えた、おもしろすぎるドキュメンタリー。ぐいぐい引き込まれて、夢中で読んでしまいました。

当時の政府や東電の対応は、事故調による総括が終わった今も、多くの謎が残ります。現場で対応に当たり、福島原発4号機建屋にも足を踏み入れた馬淵代議士の視点は、とても貴重なものです。

馬淵代議士が、その実直さを遺憾なく発揮して、釣りタイトルを嫌ったのかもしれませんが、これではあまりにももったいない。

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原発と政治のリアリズム (新潮新書)

 

買収した企業を一から立て直す手腕を発揮した実務家

馬淵澄夫代議士は、奈良1区選出の衆議院議員で、当選4回。大逆風だった2012年総選挙でも生き残った、数少ない民主党議員です。2011年と2012年の民主党代表選挙に立候補しているので、名前だけは知っている、という人も多いでしょう。

東日本大震災後の2011年3月26日には、首相補佐官に任命され、福島第一原発事故対応に当たっています。

馬淵代議士は、ビジネス界出身です。建設・不動産会社で「雑巾がけ」から勤め上げ、買収した印刷機器関連会社の経営と再建を任されます。本のタイトルになっていますが、ここでの経験から、収益を上げ社員の雇用を守る徹底した“リアリズム”と、マネジメント力を身につけたようです。

 

実務家から見た大混乱の原因は統合本部の存在そのもの

『原発と政治のリアリズム』の前半では、細野豪志補佐官(当時)から前触れなく携帯に電話がかかってきた3月25日から語り起こし、当時の現場の大混乱の状況と、その原因の分析に紙が費やされています。

混乱の最大の原因は、端的に言うと、法的権限のない統合本部の存在だったと分析しています。政府と東京電力が一体となって対応に当たるために設置されたはずの統合本部ですが、政府側には指示や命令といった権限がありません。

例えば政府側が、国民第一の姿勢や、諸外国への配慮から、「こう対処してほしい」と要請しても、東電側は「持ち帰って検討します」と応じます。決めるのは東電というわけです。

すれ違いが生じ、政府と東電は、別々にプロジェクトを進め始めていた……という信じられない状況のなか、馬淵代議士が着任します。

 

馬淵代議士がいなかったら一体どうなっていたのか

会社で働いた経験のある人なら、当時の絶望的な状況が、嫌というほど想像できると思います。『原発と政治のリアリズム』を読んでいて感じるのは、「いま福島第一原発がなんとか持ち直しているのは、実は奇跡だったのか……」という、愕然とした感情です。

馬淵代議士は、企業を再建してみせたリアリズムとマネジメント力を発揮して、最悪の現場を、それでも一つ一つ、根気強く解きほぐしにかかります。

本を読んだだけでは、馬淵代議士が全体の中でどの程度の影響力だったのかまでは、計れません。それでも、もし馬淵代議士が事故対応に指名されていなかったらと思うと、マネジメントに優れた政治家の絶対数の少なさを考え合わせても、ぞっとせずにはいられません。本当に次から次へと、目を疑うような状況が浮き彫りにされていきます。

 

原子力ムラの独特の思考回路と、東電の巨大企業ならではの組織論理

『原発と政治のリアリズム』を読んでいて、常に印象的なのは、馬淵代議士の極めて真っ当な感覚です。東電や原子力ムラについても、

彼らの論理に戸惑い、怒りを覚えたことがあったし、今回の事故発生には彼らが大きく関係していることは間違いない。

『原発と政治のリアリズム』p.5

とはしながらも、イデオロギーで批判はしていません。

例えば、東電は「メルトダウンはしていない」と主張していました。これは、意図的に欺こうとしていたというより、“原子力の敗北を認めたくない”という業界の危機感があったり、なぜか“最悪の事態を想定=最悪の事態の発生を宣言”と捉えていたりするせいで、データから明るい材料を積み上げて楽観論を形成しているからだと指摘しています。

 

きちんと反省している数少ないだろう民主党議員

馬淵代議士は、最終的に、2011年6月27日に任を解かれます。菅総理(当時)から提示された経産副大臣のポストを固辞しているのですが、当時の様子も、

菅総理に「申し訳ありませんがお受けできません」と告げると、これまでにない調子で叱責された。その発言の詳細は控えるが、たいそう激昂した様子だった。

最終的には、「ならば補佐官を降りてもらう」との言葉が返ってきた。そもそも補佐官就任の要請は官邸からだった。それを思い出しては矛盾と理不尽さを感じながらも、なんとか落ち着いて「それは、総理がお決めになることです」と言った。

『原発と政治のリアリズム』p.176

と、詳細に記し、経産副大臣を断った理由にも踏み込んでいます。

また、「誤った政治主導」というセクションを設け、民主党政権の反省にまで誠実に言及しています。先日の大反省会でも多くの失望のコメントを目にした民主党ですが、馬淵代議士が代表になっていれば、政権再奪還とまでは言わずとも、少なくともまともな政党には改革できただろうに……と素直に思います。

「なるほど、こういう民主党議員もいるのか」という視点からも、読んで損のない一冊です。

13月

スマホですぐに読める芥川賞受賞作一覧(2000年〜)

阿部和重、川上未映子、綿矢りさ、朝吹真理子、西村賢太などで有名な芥川賞は、才気溢れる若手の純文学作家に与えられる傾向の賞です(直近の第148回では、例外的に75歳の新人が受賞して話題になりました)。

今回は、Kindle化されている芥川賞受賞作を紹介します。

なお、Kindle書籍は、Amazonの端末『Kindle Fire』等がなくても、無料のKindleアプリをダウンロードしたスマートフォンやタブレットがあれば読めます。必要なのはスマホとAmazonアカウントだけです。

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第148回芥川賞(2012年下半期) – 黒田 夏子『abさんご』

■内容紹介(Amazonより。以下全作品同様)

「途方もないものを読ませていただいた」──蓮實重彦・東大元総長の絶賛を浴びて早稲田文学新人賞を受賞した本作は、75歳の著者デビュー作。昭和の知的な家庭に生まれたひとりの幼子が成長し、両親を見送るまでの美しくしなやかな物語である。半世紀以上ひたむきに文学と向き合い、全文横書き、「固有名詞」や「かぎかっこ」「カタカナ」を一切使わない、日本語の限界に挑む超実験小説を完成させた。第148回芥川賞受賞作。小説集『abさんご』より表題作のみ収録。

■感想(Amazonカスタマーレビューより一部抜粋。以下全作品同様)

  • 読んでいて、まったく面白くない。読む意欲が生まれない。これが文学というものか、これが純文学なのかと、何度も溜息つきながら……
  • 意味わからん。面白くもない。まずい高級ラーメンをドヤ顔で……
  • 他、詳細はこちら

 

第147回芥川賞(2012年上半期) – 鹿島田真希『冥土めぐり』

■内容紹介

あの過去を確かめるため、私は夫と旅に出た――裕福だった過去に執着する母と弟。彼らから逃れたはずの奈津子だが、突然、夫が不治の病になる。だがそれは完き幸運だった……著者最高傑作!

■感想

  • 芥川賞受賞作、という情報以外は入っていないほとんど先入観のない状態で本書を読みました。まず、文章が読みやすく、描写が的確。流れるようにすらっと読めて……
  • 恵まれない家庭環境には同情するが、それに立ち向かうでも逃避するでもなく、延々と不満が語られる物語。始まりと終わりで主人公に何か変化が起きたのか、私には読み取る事が……
  • 他、詳細はこちら

 

第146回芥川賞(2011年下半期) – 円城塔『道化師の蝶』

■内容紹介

第146回芥川賞受賞作! 無活用ラテン語で記された小説『猫の下で読むに限る』。希代の多言語作家「友幸友幸」と、資産家A・A・エイブラムスの、言語をめぐって連環してゆく物語。SF、前衛、ユーモア、諧謔…すべての要素を持ちつつ、常に新しい文章の可能性を追いかけ続ける著者の新たな地平。

■感想

  • 美と智で織られた、捩れた織物に入り込むワクワクする体験だった。夢中になったのは芥川賞だったからか。この小説に魅せられ、のめり込み、行きつ戻りつし、その姿を眺め続けた……
  • では、この本は一体いつどこでどのように読むべきなのでしょうか 私には読めませんでした 何が言いたいのかが……
  • 他、詳細はこちら

 

第146回芥川賞(2011年下半期) – 田中 慎弥『共喰い』

■内容紹介

話題の芥川賞受賞作、文庫化! セックスのときに女を殴る父と右手が義手の母。自分は父とは違うと思えば思うほど、遠馬は血のしがらみに翻弄されて──。映画化が決定した、第146回芥川賞受賞作。瀬戸内寂聴氏との対談を新たに収録。

■感想

  • 思春期の頃の親や異性や自分に対する葛藤やうまく処理できない感情がズブズブ伝わってきた。ヘドロの臭いや酸い匂いがまとわりつく。純文学を味わうとはこういうことなんだと、鈍りつつあった嗅覚を……
  • 芥川賞は小説家としての文章表現力を競う賞なのか。それだったら合格だ。しかし小説として読む者の立場に立って書くのであれば、最低の……
  • 他、詳細はこちら

 

第144回芥川賞(2010年下半期) – 朝吹真理子『きことわ』

■内容紹介

葉山の高台にある別荘で、幼い日をともに過ごした貴子と永遠子。ある夏、とつぜん断ち切られた親密な時間が、25年後、別荘の解体を前にしてふたたび流れはじめる。ふいにあらわれては消えてゆく、幼年時代の記憶のディテール。やわらかく力づよい文体で、積み重なる時間の層を描きだす、読むことの快楽にみちた愛すべき小説。

■感想

  • 作品テーマでもあるでろう、まるで夢の中を読んでいるような文体。数多ある比喩表現の中から、選びに選んだ比喩、レトリック。ひらがなから漢字への移り変わっていく瞬間などなど、視覚的にも非常に計算されて作られた作品であり……
  • 読んでいて、疲れた。文章がすっと頭に入らない。美しい文章だと?わざと分かりにくくしてるのでは?芥川賞って…ほんと意味不明……
  • 他、詳細はこちら

 

第144回芥川賞(2010年下半期) – 西村賢太『苦役列車』

■内容紹介

劣等感とやり場のない怒りを溜め、埠頭の冷凍倉庫で日雇い仕事を続ける北町貫多、19歳。将来への希望もなく、厄介な自意識を抱えて生きる日々を、苦役の従事と見立てた貫多の明日は――。現代文学に私小説が逆襲を遂げた、第144回芥川賞受賞作。後年私小説家となった貫多の、無名作家たる諦観と八方破れの覚悟を描いた「落ちぶれて袖に涙のふりかかる」を併録。解説・石原慎太郎。

■感想

  • 読み終えて、ただただ圧倒され、出版社宛てに、初めてファンレターのようなものを書きました。「ようなもの」というのは、まだファンになったのかどうか自分でも定かでなく……
  • 父親が性犯罪を犯して逮捕され、いびつな性格になってしまった主人公が友人がほしいんだけど、わざとききょうな行動に走ってしまうというか、内容はそれだけ……
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第138回芥川賞(2008年上半期) – 楊 逸『時が滲む朝』

■内容紹介

梁浩遠と謝志強。2人の中国人大学生の成長を通して、現代中国と日本を描ききった力作。『ワンちゃん』に次ぐ期待の新鋭の第2作!

1988年夏、中国の名門大学に進学した2人の学生、梁浩遠(りょう・こうえん)と謝志強(しゃ・しきょう)。様々な地方から入学した学生たちと出会うなかで、2人は「愛国」「民主化」「アメリカ」などについて考え、天安門広場に行き着く――。大学のキャンパスで浩遠と志強が出会った「我愛中国」とは。同窓の友人たちとの議論や学生生活を通して、現代中国の実像を丹念に描きつつ、中国人の心情がリアルに伝わってくる力作です。物語の後半では日本も登場し、国境を越えるダイナミックな展開から目が離せません。衝撃の前作『ワンちゃん』から半年、スケールアップした新鋭の最新作です。

■感想

  • 「芥川賞を取るレベルの日本語ではない」という批判を聞いていたいので、どうかなと思いつつ読んだが立派なものだ。変にくだけて、それを独創性だと勘違いしている昨今の作家に、見習ってもらいたいぐらい……
  • 題材は面白いと思うが、人物描写が余りにもいい加減で、ストーリーに感情移入出来ないばかりか……
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第136回芥川賞(2006年下半期) – 青山七恵『ひとり日和』

■内容紹介

20歳の知寿が居候することになったのは、71歳の吟子さんの家。奇妙な同居生活の中、知寿はキオスクで働き、恋をし、吟子さんの恋にあてられ、成長していく。選考委員絶賛の第136回芥川賞受賞作!

■感想

  • 私は21歳だから主人公と同い年。それはもう共鳴してしまって、一気に読んだけれど三度も涙し……
  • いや~何が面白いのかわからない作品だった。退屈だった。主人公が美しくない……
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第135回芥川賞(2006年下半期) – 伊藤 たかみ『八月の路上に捨てる』

■内容紹介

暑い夏の一日。僕は30歳の誕生日を目前に離婚しようとしていた。愛していながらなぜずれてしまったのか。現代の若者の生活を覆う社会のひずみに目を向けながら、その生態を明るく軽やかに描く芥川賞受賞作!他一篇収録。

■感想

  • 全体がテンポよく進んで、とにかく文章にキレ味がある。帯にもあるような 『…一日をまとめた』というようなフレーズがここかしこに現れる。著者の感性と力量が……
  • まったく深みのない本と言っていいでしょう。作文として提出したら、小学校の先生にも駄目だし食らい……
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第129回芥川賞(2003年上半期) – 吉村 萬壱『ハリガネムシ』

■内容紹介

吉村萬壱はデビュー作『クチュクチュバーン』において、個体としての人間が他の生命や物質と同化・変態し、巨大な集合体の中に溶け込んでいくプロセスを通して、人類進化の壮大なビジョンを初期筒井康隆の作品世界を彷彿(ほうふつ)とさせるグロテスクかつドタバタふう筆致によって描き上げた。芥川賞受賞作『ハリガネムシ』において、吉村は物語の舞台を近未来から現代(1980年代後半)へ移すとともに、前作において顕著だった暴力と破壊のテーマをさらに発展させ、それらをひとりの人間の内に発する過剰な欲望のありようとしてリアルに表現することに成功している。

物語の主人公は、高校で倫理を教える25歳の平凡な教師中岡慎一。アパートで独り暮らしをする慎一の前に、半年前に知り合った23歳のソープ嬢サチコが現れる。サチコは慎一のアパートに入り浸り、昼間は遊び歩き、夜は情交と酒盛りの日々を送る。サチコの夫は刑務所に服役中で、ふたりの子どもは施設に預けたままだが、詳しい事情は明らかでない。慎一はサチコを伴い車で四国に旅立つが、幼稚な言葉を使い、見境なくはしゃぎまわり体を売るサチコへの欲情と嫌悪が入り交じった複雑な感情は、慎一の中で次第に暴力・殺人願望へと変容していく。慎一は、自身の中に潜在する破壊への思いを、カマキリに寄生するハリガネムシの姿に重ね合わせる。

カマキリの尻から悶(もだ)え出る真っ黒いハリガネムシ、風呂屋の洗い場でロゼワイン色の血尿を放つ男、奇っ怪な叫び声をあげる登場人物など、グロテスクな人物や不穏なイメージに彩られた本作は、すべての読者に平等に支持されるものではないかもしれない。しかし、人間の内に発する欲望や衝動をありのままに記述していこうとする吉村の作家としての姿勢は実直なものであり、倫理的であるとさえいえる。

人間の本性として備わる「欲望」の本質に鋭く迫った問題作である。(榎本正樹)

■感想

  • サチコがいい。サチコが面白い。サチコに泣けた。これはいい本。今年のベスト1かも……
  • 人間のゆがみを描いたつもりなのだろう。そこにセックスや暴力の描写を交え、新感覚で奇才という賞賛を得たかったのかも……
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第128回芥川賞(2002年下半期) – 大道 珠貴『しょっぱいドライブ』

■内容紹介

芥川賞受賞作の表題作を含む3つの作品を収めた本書は、『背く子』や『裸』など、九州を舞台にした作品によってみずからの文学世界を築きあげてきた大道珠貴にとって、新境地となる短編集である。

「しょっぱいドライブ」は海沿いにある小さな町を舞台に、34歳の実穂と60代前半の男性九十九さんの微妙な恋愛関係を、語り手である実穂の視点から描く。実穂は家族ともども、長年にわたって九十九さんの人の良さにつけ込み多大な世話を受けてきた。父が亡くなり実家で暮らす兄とも疎遠になる中で、実穂は隣町でアルバイトをしながら独りで生活する日々を送っていた。実穂は地方劇団の主宰者の遊さんと関係をもつが、気持ちは次第に九十九さんに傾いていく。九十九さんの運転する車に乗って、生まれ故郷の潮の匂いの漂う町でデートを重ねる実穂。実穂の揺れ動く感情の流れと九十九さんの関係の機微を、作者の筆は正確に描き出す。30代女性と60代男性の恋愛という枠組みの中に、性や介護や経済の問題が示唆される。読者は、タイトルに含まれる「しょっぱい」に込められた多重的な意味内容に注意を向けるべきだろう。

このほか、中学2年生の不登校の少女と26歳の相撲取りという不思議な組み合わせのカップルを描いた「富士額」、若い女性同士の密着感のある奇妙な主従関係をつづった「タンポポと流星」を収録。現代人のさまざまな関係の有り様を描いた、つまりは「人間」を描ききった短編集である。(榎本正樹)

■感想

  • この人の文章は非常に特徴があります。飄々としていてユーモアがあって温かくて。疲れた時にたまらなく好い。内容なんてどうでも……
  • 収録されている作品の女性の類似が閉口。受身で希望や意欲なく、でもセックスは……
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第127回芥川賞(2002年上半期) – 吉田 修一『パーク・ライフ』

■内容紹介

昼間の公園のベンチにひとりで座っていると、あなたは何が見えますか?スターバックスのコーヒーを片手に、春風に乱れる髪を押さえていたのは、地下鉄でぼくが話しかけてしまった女だった。なんとなく見えていた景色がせつないほどリアルに動きはじめる。『東京湾景』の吉田修一が、日比谷公園を舞台に男と女の微妙な距離感を描き、芥川賞を受賞した傑作小説。役者をめざす妻と上京し働き始めた僕が、職場で出会った奇妙な魅力をもつ男を描く「flowers」も収録。

■感想

  • 毎日同じようなライフスタイルをおくっていると、形骸化してくるような感覚になってくるが、この小説はそんな日常の形式化からある女性との偶然の出会いによって目を覚まさせてくれ、そして最後は前向きになれるような、さわやかな小説だと……
  • にかくダサいです。作者の地元の九州を描いた「悪人」の素晴らしさを考えれば、小説家としての力量は疑うまでもないはずなのですが、この芥川賞受賞作はもう耐え難いダサさと……
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第126回芥川賞(2001年下半期) – 長嶋 有『猛スピードで母は』

■内容紹介

文學界新人賞受賞作「サイドカーに犬」と芥川賞受賞作「猛スピードで母は」がカップリングされた長嶋有の第1作品集。

「サイドカーに犬」は、語り手の女性が小学4年生の夏休みに体験した、母親の家出に始まる父親の愛人との共同生活を回顧(懐古)する物語。ムギチョコや500円札、パックマンといったアイテムとともに描かれる1980年代初頭の時代風景が懐かしさをそそる。父の若い愛人である洋子さんの強烈な個性と存在感は、「猛スピードで母は」の母親の姿と相まって、自立的で自由な新しい女性のイメージを提示している。「サイドカーに犬」というタイトルには、大人と子どもの間の微妙な距離感がメタファー(暗喩)として込められている。大人と子どもの相互的なまなざしの交錯が、すぐれて文学的な「間」を演出している。

「猛スピードで母は」は、北海道で暮らす小学5年生の慎と母親の1年あまりの生活を描いた作品。大人の内面にはいっさい立ち入らず、慎の視線に寄り添う三人称体による語りが、子ども独特の皮膚感覚や時間感覚をうまく描き出している。さまざまな問題に直面しながらも、クールに現実に立ち向かう母親の姿を間近で見ることで、自らも自立へと誘われていく慎の姿が感動的だ。先行する車列を愛車シビックで「猛スピード」で追い抜いていく母親の疾走感覚は、この作品のテーマに直結している。物語の結末で示される国道のシーンは、読者の心に強く残るだろう。(榎本正樹)

■感想

  • 文庫になるまで読まなかったことが悔やまれる傑作。「人とのつながり」という手垢のついた言葉の意味を根底から……
  • 何にも中味がない。風雅や洗練さ、緊迫性を好む読者は、極力排除したいらしい「文壇」のお歴々は……
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第125回芥川賞(2001年上半期) – 玄侑 宗久『中陰の花』

■内容紹介

第125回芥川賞受賞作。予知能力を持つという「おがみや」ウメさんの臨終に際して、禅寺の住職則道とその妻圭子の織り成す会話から、「死とは何か」「魂とは何か」を見つめた作品。先に発表された第124回芥川賞候補作『水の舳先』では、死を間近に控えた人々がそれぞれに救いを求める様子を描いていたが、本作は肉体的な死を迎えた後、いわゆる「死後の世界」を主なテーマにおいている。

虫の知らせ、三途の川、憑依、そして成仏。それら、生きている者には確かめようのない民間信仰や仏教理念に、僧・則道が真摯に向き合っていく。ともすると、専門的、宗教的すぎてしまう題材ではあるが、「人は死んだらどうなんの」といった無邪気な言葉を発する妻の存在が、一般の読者にも身近な内容へと引き寄せてくれる。また、則道が、ネットサーフィンで「超能力」を検索する様子や、病院でエロ本を眺める場面など、自らが現役の僧侶である著者ならではの宗教人の等身大の姿が、物語に親近感を持たせていると言えよう。

表題『中陰の花』のイメージとして使われている妻が作る「紙縒タペストリー」の幻想的な華やかさが、いまひとつリアルに伝わってこないのが残念ではあるが、これまで追ってきた厳粛なテーマをすべて包み込むような関西弁の台詞でのエンディングが、読後にやわらかく、心地よい余韻を与えてくれる。(冷水修子)

■感想

  • 文章がすぐれていて、思想性が深い。芥川賞作家を読み続けてやっと本物の文学に辿りついた。オアシスに到着した遊牧民の境地……
  • 現役僧侶によって書かれた、生と死、そして成仏やあの世をテーマにした芥川賞受賞作。確かに丁寧に語られる文章には好感が持てるが、遥かな昔から考え続けられている主題に、現代的なインターネットや先端科学情報を交えて多少新しく見せているだけという印象を……
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第123回芥川賞(2000年上半期) – 町田 康『きれぎれ』

■内容紹介

「―― 大きい俺や小さい俺、青空に円形に展開、みな、くわっとした格好で中空に軽くわなないている ――」。親のすねをかじりながら無為の日々を送っていた「俺」はかつて、ともに芸術家を志し、その才能を軽視していた友人が画家として成功したことを知る。しかも、美貌と評判高い彼の妻は、「俺」が見合いをして断った女だという。よじれて歪んだ心が生むイメージが暴走した果てに「俺」が見たものは…。

著者は、パンク歌手であり詩人であり俳優であるという異色作家。『夫婦茶碗』 『へらへらぼっちゃん』など、独特のビート感あふれる作品を意欲的に発表し、個性派作家として注目を浴びている。若い世代を中心に「ストリート系」、「J文学」などともてはやされる一方で、ナンセンスなストーリー展開やメッセージ性の希薄さなどから「キワモノ」であるという冷ややかな評価も受けていた。ところが、一見、一貫性を欠いているようにも思われる言葉の連射の間隙に、透明感を与えることに成功した本作で芥川賞を受賞したことで評価は一変し、純文学の新たな地平を開く作家としての栄誉を得た。好悪の分かれる作家ではあるが、繰り出される言葉のリズムに身をまかせて一種のカタルシスを得ることができるか、違和感を抱くか、それは作品に触れて確かめてほしい。(梅村千恵)

■感想

  • 間の思考をぐるっとひっくり返したような文体です。考えてることなんて本当は小説みたいに整然としてなぞない。言葉や思考の色んなこまかい断片が集まると、整然とした文章よりも、かえってものすごく的確な……
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以上、2000年以降の受賞作でKindle化されているものは、29作品中15作(51.7 %)でした。

 

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